133.疲れました。もうこんなのは御免ですよ。
「きつかったっ~」
ヴィー達が負けを認める言葉の後。
私は大きく息を吐きながら、心の底からの本音を盛大に漏らす。
無理やり納得したとはいえ、ど素人の私が、何の因果で職業軍人並みに戦闘訓練した人と、しかも攻撃魔法抜き、防御用のブロック魔法の制限付きで模擬戦をしないといけないのかと思ってしまう。
ええ、だからこの鬼のような縛りルールを決めた当人に文句を言いますよ。
納得はしたけど、断固抗議です。
「コッフェルさん、幾らなんでも酷いルールですっ!
何回か死ぬかと思ったじゃないですかっ!」
「勝ったから良いじゃねえか」
「そう言う問題じゃないですよっ」
「まったく、あの条件で勝っちまうとはな」
「うわー、この人、人非人です。 極悪人です。 外道の人畜生です。
きっと店の裏の庭には、数知れずの物言わぬ躯が埋まっているに決まっています」
「人聞きの悪い事を大声で喚くなっ。
まったく、あの無茶ルールには、ちゃんと意味があるんだよ」
模擬戦闘の前に話した通り、一度きちんとした訓練を受けた人間の戦い方を肌で感じる事。
それも余裕でもってではなく、ギリギリまで肉体的にも精神的にも追い込んで、必死に思考させる事で、私の持つ対人戦の引き出しを広げさせるための下準備とし、その思考方法を学ばせるため。
そのためには、簡単に勝てるようではいけないのだと。
なるほど、確かに実践に勝る経験はないと言います。
その考え方そのものは、分からないまでもないですよ。
「それでも条件が厳しすぎです。
だいたいヴィー達もヴィー達ですよ。
あんな魔導具、練習用の木剣の意味が無いし、投擲用のナイフなんて、そのまんま本物じゃないですか。しかも攻撃魔法を封じ込めた魔導具まで持ち出すなんて。
私、魔物でも屈強の戦士でもなく、少しだけ魔法が使えるだけの普通の子供ですよ」
「「「「「「「……」」」」」」」
あの、なんで其処で皆んな黙り込んで、ジト目を向けるんですか。
私、間違えた事は言ってませんよ。
事実で、全部本当の事です。
「あの、セレナ、ラキア、なにか言ってください」
「いやー、無理じゃないかな。
ユゥーリィが魔法さえ使えなければ、か弱い女の子だという点には納得できるけど」
「そうだよねえ。
今まで見た事なかったけど、魔法さえ使えなければだよね」
酷い裏切り者である。
そして、何故、そこを二人して強調する。
女の友情は何処にいったんですか?
三人でギモルさん達を精神的に追い詰めた、あの日の友情は?
「アドル、お前あの動きについて行ける自信あるか?」
「無理に決まってるだろ。
あっちの二人だって、見た感じついて行けねえのを、技術と先読みで補ってただけだったぞ」
ああ、アドルさんとギモルさん、そう言う答えは聞いていないので、一層の事、黙っていて下さいませんか。
まるで私が規格外の人間みたいに聞こえるじゃないですか。
「あー、ユゥーリィ、危険な武器を使った事は心から謝罪する。
だけど、それでも私達が勝てる見込みは無かったんだ。
コッフェル殿の提示した条件で、やっと勝機が見えたと言うだけでね」
「あっ、口調が戻った」
ヴィーの言葉に、どうでも良い事なのだけど、つい思ってしまう。
ヴィーはヴィーで気にしていたのか、慌てて、気持ちの切り替えで、ついああなってしまうとか一生懸命言い訳している辺り、やはり年相応の男の子なのだなぁと微笑んでしまう。
ジッタに何方かと言うと先程までのが地だと言われたのを切っ掛けに、お互いにバラシ合戦している辺りが特にね。
たしかに攻撃魔法有りなら、幾らでも手があったのは確かだけど、逆に封じられたからこそ、色々と再確認できた事もあれば、思い知らされた事があったのも確か。
アレだけ酷い目にあったから、素直にコッフェルさんに感謝をする気持ちは湧かないけど、それでもこうして教えられた事は覚えておこうと思う。
あっ、そうそう酷い目と言えば、二人の事だった。
「ジッタ、やっておいてなんですが、身体の方は大丈夫ですか?」
「手加減してくれたから大丈夫、と言いたいですが、すみません出来れば治癒魔法の方を頼みます」
いくら自分から飛んでいたとはいえ、アレだけ派手に吹き飛んで、しばらく身体が起こせなかったのだから、それも当然だと思う。
私に皮鎧越しに打たれた胸は当然ながらとして、背中と御尻もそれなりに地面に強打しているはず。
痛い所を一通り聞いた後に、地面に腰掛けてもらってから治癒魔法を掛け……、立ったままだと背が届きませんからね。
続いて、火炎の壁を掻い潜るなんて馬鹿な真似をしたヴィーにも、治癒魔法を掛けてあげるんだけど、ブロック魔法の壁に真面に激突した箇所はともかく……。
「すみません、髪の焦げた部分は流石に……」
一瞬だったからとはいえ、髪の毛の彼方此方で熱によってチリチリと縮れた部分があり、治癒魔法で、皮膚の露出部分の火傷とかは、綺麗に治せているだけに、余計に痛々しく感じる。
ヴィーの髪の焦げた部分をそっと指先で撫でながら、申し訳なく思う。
「髪なんかそのうち伸びるし、最初から此れくらいは覚悟の上で突っ込んだから、気にしないでほしい。
私にとっては、これも良い思い出になるしね」
「そう言ってもらえると助かります。
あっそうだラキア、此処ちょっと見てくれない?」
「ん、何処?何処?」
気にするなと言うヴィーは放っておいて、ラキアに指で指して見せるのは、ジッタの動きを止めるために、引き抜いた髪の毛の根元あたり。
量の多い私の髪の毛を掻き分けながら、問題の辺りを念入りに見てくれる彼女に、その事を説明した後。
「剥げてない?」
「剥げてない、剥げてない。
それにしてもユゥーリィの髪って艶々のサラサラねえ。
此れは流石に羨ましいわ」
私の問いかける言葉に、相手を安心させるような、明るい口調で言うラキアの言葉にホッとする。
いくら中身が中年男性でも外観は女の娘なのだから、十円剥げが出来ていたら、両親に申し訳ないし、流石の私でも恥ずかしい。
「ん? ジッタ、今ヴィーに何か渡していたようですが」
「い、いや、落ちていたヴィー様のナイフをお返ししていただけです」
なにか、怪しい。
あの手の魔導具の投げナイフは、基本的に使い捨てのはずなのに。
怪しいけど、それがなにか分からないし、嘘だと思う根拠もなしい。
単に危ないから拾っただけの可能性もあるので、放置しておく。
今はそれよりも、改めてお願いしたい事がと思っていたところに、コッフェルさんが。
「それはそうと嬢ちゃん。
目に掛けている魔法をいい加減に解除してくれんと、周りの人間がどうにもやりにくくて、落ち着かなさそうにしてるぞ」
その事に、魔眼の魔法を掛けっぱなしだった事を思い出して、魔法を解除する。
魔法を掛けている時は、基本的に意思に反映して精度が変わるので、魔力の流れに意識を向けなければ、ごく普通の視界とさして変わらないため、つい忘れがちになる。
「それにしても、よく分かりましたね、私が魔法を掛けっぱなしだった事を」
「あのなぁ嬢ちゃん、その一言だけで十分に嬢ちゃんのヘンテコぶりが分かるセリフだぞ。
あと自分で気が付いてねえ様なら言っといてやるが、その魔法を掛けている時のオメエさんの瞳の色が変わっているぞ」
「え? そうなんですか?」
教えてくれたコッフェルさんではなく、敢えてセレナとラキアに聞くのは、こういう時、コッフェルさんは時折冗談という名の嘘を吐くので念のため。
「うん、赤じゃなく金色にね」
「しかもうっすらと光っている様にもね」
「ほら、人の身体的特徴を言うのはよくないし」
「ただ慣れていないからだけでね」
ああ、どうりでどこか余所余所しい訳だ。
だから、私が普通の子だよと言った時も、無反応で黙っていいたんですね。
うん、そう言う事にしておく。
あと、ちゃんとそう言うふうに、私を受け入れてくれてありがとう。
結構、この世界は、私みたいな色なしへの偏見と忌避は多いから、気にはならないけど、受け入れてくれる人がいる事は嬉しく思ってしまう。
それにしても、金色の瞳って……。
「なんて、厨二仕様なの」
「ちゅう…に?」
独り言だから気にしないでと、言ってからアドルさん達に改めてお願いする。
明日からも早朝鍛錬で指導をお願いしますと。
今日、ヴィー達と模擬戦をして、ますます今のままでは拙いと実感した。
「おいおい、今更俺達の指導なんているのか?」
「そうよね。あれだけ動けて、其処に攻撃魔法が加わる訳だし」
「私達必要ないんじゃ?」
「……ゔっ」
ギラルさん、セレナとラキアの言葉に呻くしかない。
あれだけ暴れた後だし、セレナの言う通り身体強化の出力に加え、攻撃魔法や弓矢が加わるけど、別にそれだけのために、自分を鍛えたい訳じゃない。
今のままではいずれ……。
「まぁ、そう言ってやるな。
今のオメエさん達は、この嬢ちゃんのヘンテコぶりを見て、そう思っちまっているだろうが、落ち着きゃ嬢ちゃんの欠点も見えてくるはずだぜ。そうだろ、
そこの坊主」
コッフェルさんが私を擁護する様に、言葉を紡いだ後に語りかけたのは、先程何も言わなかったアドルさん。
「確かに、ユゥーリィが言いたいのは分かる。
最初は凄すぎて分からなかったけど、落ち着いて思い起こしてみると、欠点だらけなのは確かだからな」
流石はアドルさん、伊達に四人の中でリーダー的な存在になっていない。
そして私が自覚している以上に、私の目立った欠点を次々と並べていってくれる。
一つ一つの動作がチグハグだったり、反応任せで直線的な動き、基本的に素人どころか子供そのもの、殴り方一つとっても魔力任せで、姿勢がなっていない。
要は魔力任せの戦い方。
戦術面は良いけど、それに持ってくための組み立てが無茶苦茶で、慣れてしまえば一つ一つの動作が読みやすい。
「多分、今のまま同じ条件で戦ったら、あの二人が勝つんじゃないかな、あっさりと」
おお、分かってらっしゃる。
私が言いたかったのはそう言う事なんですよ。
アドルさん座布団二枚差し上げます。心の中でですが。
「その評価はありがたいが、魔導士相手に、あの条件で戦える事はあり得ない。
条件の縛りがなかったら、私もジッタも瞬殺だろうからね。
ただ街中や、誰かを人質に取られた時、他にも同レベル近くの魔導士が相手だと、確かにもう少し体術と戦闘技術を身につけておいた方が良いだろう」
「そうなると、ますますヴィー様が手に追えない相手になりますが、色々な意味で」
「ジッタ」
「失礼いたしました。ふふふっ」
ヴィーもジッタも人をなんだと思っているのだろう、と思うところはあるけど、その通りなので何も言えない。
「それにしても、あんな手に嵌るだなんて私もまだまだだな」
「ヴィー様はまだ良いですよ、戦えた方なんですから。
私なんて、攻撃に転じられたら、ほぼ瞬殺ですよ。
本気で落ち込みます」
人聞きの悪い。
そんな訳ないじゃないですか。
人がどれだけ苦労したと思っているのか。
「二人とも大袈裟です。
基本的に罠を仕掛けて、罠に嵌った獲物に止めを刺しただけです」
私が知っている戦い方なんて、結局は趣味の狩猟で身につけた事だけ。
今回の模擬戦だって、基本的にはそれに則った作戦を組んだにすぎないし、病気の原因でもある魔力の多さに助けられただけの事。
「あのなぁ嬢ちゃん、その言い方の方が酷えぞ。
まるで此奴等が勝手に、罠に嵌ったようじゃねえか」
コッフェルさん、基本的に罠ってそう言う物ですからね。
あっ、ヴィー達、何か落ち込んでいる。




