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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
13/977

13.お姉様が婚姻? そんな話、聞いた事ありません。





 暖かな春が来て。

 暑い夏が到来し。

 実りの秋が過ぎ去って。

 また籠る冬が来て。

 それを幾度、繰り返しただろうか。

 読書に、勉学に、魔法の練習に、淑女教育。

 最後はともかくとして、忙しい毎日を過ごすうちに、二度目の人生も十歳の春を迎えていた。

 成人できないだろうと言われた私の身体は、多少寝込む事や吐き気に襲われる事はあるものの、順調に回復と一途を辿っており、両親は大喜びである。

 ただ、年齢の割に伸びていない身長が目下の悩みではあるものの、こうして生きている事思えば贅沢な悩みだとは思う。


「よし、こんなものかな」


 細い三つ編みを左右から後ろに廻し、後頭部で一つにしてから後ろで纏め、また編み込みながらそのまま下に降ろしてゆく。

 俗にいうハーフアップの一つです。

 それを鏡で確認してからから、オリーブの葉を模した髪飾りで止める。

 面倒ではあるとは思うものの、この三年でこういう女の子らしい身だしなみにもだいぶ慣れた。

 家族が煩いので、一応は毎日違う髪型にしているけど、いちいち考えるのは面倒なので、髪型のイラストを描いた幾つものトランプサイズの木札を箱に入れて、ランダムに引いてその髪型にしている。

 箱の中身が無くなったら、また木札を箱の中に戻すの繰り返しで、服もそれに合わせて適当というか、大体パターンが決まっているので、その中でローテーション。

 とてもお母様達の言う淑女には、ほぼ遠い在り方だろうが、中身がアラフォーにもなれば、そうそう人間が変わるものではないので、外見だけで勘弁してもらいたい。

 

「そろそろ、少し曇ってきたわね」


 空中にコップ魔法で水を出して、そこにドレッサーデスクの脇に置いてあった陶器の瓶から、粉を一掴み。

 そして植物油を数滴を力場魔法で浮かしたままの水の中に混ぜ込み、後は中で高速回転。

 横回転だけで無く色んな方向から乱水流を発生させてムラのない研磨水を作る。

 後はそのまま鏡の表面で、一定方向の水流で鏡の表面を磨き上げ水で注げば。


「よし、元通りにぴかぴかっ♪」


 水を枠部分の木にギリギリ触れさえないのがコツ。

 使った研磨水と濯ぎ水は窓からお外へ、ぽいっ。

 この世界はガラスがないため、鏡というと一般的には銅鏡か水鏡の事をさす。

 一部の貴族や商人は水晶に銀を貼り付けた鏡を持っているらしいけど、なんにしろ金属製の鏡は偶に磨いてあげないと曇ってしまう。

 朝食の時に屋敷中の鏡を持ってきてもらうように言っておこう。

 やるなら一度にやった方が手間がないからね。


「おはようございます」


 貴族にしては珍しい食堂兼居間にきて見れば、すでに皆起きてきていて私が最後のようだ。

 鏡を研磨していた分出遅れたみたい。

 取り敢えず、急いで私用の席というか、クッションで嵩上げされた椅子に腰掛けるのだけど、以前に私が使っていた子供用の椅子は、アルフィーお兄様達の子供のアルティア、二歳が使っている。

 うん、今日も甥っ子は可愛い。

 甥っ子の可愛さを再認識した後で、皆で朝食を始める。

 それなりに食事が進んだところで、鏡の件をお願いしようとしたのだけど、それよりも先に……。


「今日は皆に喜ばしい報告がある」


 お父様から何か重大発表があるそうだ。

 まさか、私に弟か妹ができたとか言わないですよね?

 違うそうです。


「兼ねてより内々に話はあったが、グットウィル子爵家の長男であるグラード殿と、我が娘ミレニアとの婚姻が決まった」

「……ぇ?」


 何を言っているか分からなかった。

 婚姻って、……え?


「ミレニアおめでとう。

 次期当主の妻なら兄である俺としては安心できる」

「そうね、私も母親として誇らしいわ。

 それにグットウィル家は武家であるけど温厚な人達が多いという話ですし」

「ミレニアさん、おめでとうございます。

 ほらアルティアも」

「おねえさま、おめで…とう?」


 次々と祝福の言葉をあげる家族の言葉が、まるで異国の言葉のように聞こえる。

 いったい何を言っているのだろうかと、そんな私を、怪訝に思ったのだろうか。


「ユゥーリィは、祝福してくれないの?」

「…ぁっ、…ぃぇ、その…、急な事で驚いてしまって」

「そうね、私も聞かされたのは昨夜だったから」


 な、なんてスピード婚。

 って違う! 今、気にするべき事は、そう言う事じゃなくて!


「い、いえ、その、お付き合いとか、そういうお話を今まで聞いた事がなかったので」

「ああー、そう言う事ね。

 ないわよそんなもの、おつき合いどころか、顔を見た事もないもの」

「…あ、あの、ミレニアお姉様は、い、嫌では?」

「はぁ……、ユゥーリィは本の読みすぎよ。

 私達、貴族にそんなものがある訳がないでしょ、現実はこんなものよ」


 淡々と言うお姉様の言葉に、お姉様が知らない誰かに見えてしまう。

 

「ねぇユゥーリィ、お兄様とお姉様を見て、どう思う?

 私には仲睦まじく見えるのだけど、ユゥーリィには違って見えるのかしら?」


 偶に喧嘩をしてはいるけど、全体的に見れば仲睦まじいと言える。

 むしろイチャイチャするなら部屋でやれ、そう言いたくなる時があるし、その証のアルティアはきゃっきゃと、どこか楽しげに笑っている。

 ああ、手と口元がまたベトベトにして、後で拭いてあげないと。


「そりゃあ確かに、夫になる人が直ぐに暴力振るうような人だったり、彼方此方で華を愛で捲ってくるような人は嫌よ」

「そのような不届きな輩のところには、可愛いミレニアはやれん!

 だいたいミレニア程の可愛さがあれば、浮気などするものか!」

「だ、そうよ。

 私はお父様の目を信じているわ、だからユゥーリィ」


 お姉様が何を求めているか分かる。

 きっと、自分が言う程には、お姉様は割り切れていない。

 だからこそ求めている。


「ぉ、おめでとうございます、ど、どうかお幸せに」

「ええ、なるわ」

 

 お姉様が求めているもの。

 それは背中を押す言葉。

 話した事も、顔を見た事もない男性の元に嫁ぐ事に、不安でない訳がない。

 だから背中を押す言葉が欲しい。

 不安を不安でなくして欲しい。

 家族の皆が、この婚姻を祝福し望んでいると言う理由が欲しいんだ。

 他の家族の皆が、真っ先に祝福の言葉を挙げた理由も同じ。

 決まった以上は全力で背中を押し、嫁いだ後の心配を紛らわすためであり、なにより幸せになって欲しいと想う願い。

 それを言葉でお姉様に届けただけなんだ。


「式は収穫祭の時に先方で挙げる事になるから、それまでに花嫁修行を終えれるように励め」

「ああ、これから忙しくなるわ。

 マリヤさん、子育てで忙しいのは分かってますが」

「もちろんです。

 一生に一度の事ですから、駄目と言われてもやります。

 いいえ、ぜひとも手伝わせてください」


 盛り上がるお母様とマリヤお姉様。

 きっと二人の頭の中では、これからミレニアお姉様がお嫁に行くまでのスケジューリングがされているんだと思う。

 そんな盛り上がりを、どこか異国の風景のように眺めながら私は食堂を後にする。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 どごっ!

 バシャバシャバシャ……ッ!


 川から突き出た岩に、別の岩を上から落下させてぶつける。

 なんかムシャクシャしていたので、かなり高めから落下させてたため、砕けた岩が派手な音を立てて川面を叩いてゆく。

 そして数秒もしないうちに、ガッチン漁法によってプカプカと浮き上がるお魚さん達。

 そこそこの大きさの魚だけを採って後は放置、そのうち目が覚めて水中に帰ってゆくだろうけど、その前に鳥に捕獲されたのは、まぁ運命と思って諦めて欲しい。

 採った魚は内臓を取り出してから、大きな葉に包んで籠の中に放り込む。

 

「夕食は此れを使ってもらおう」


 採れた魚の中に、なかなか良い形のマスも何匹かあったからお祝いにもなるはず。

 正直、お姉様の結婚には納得できないけど、お姉様が納得してしまっている以上、それ以上の事を私が言う訳にはいかない。

 できる事は、こうして少しでもお姉様の背中を押す事だけ。


「もう少し奥に行ってみるか」


 少し早いけど、野苺でもあれば嬉しい春の甘味になる。

 そうして入って行ったのは屋敷から一時間以上離れた山の中。

 途中、甘草やコシアブラやフキなどの山菜を採取しながら山を登る。

 あれから体調の良い日は、ほぼ毎日運動をしていたため、なんとか山歩きするぐらいの体力と筋力はついてきた。

 まぁ、実際は魔法にだいぶ助けてもらっている訳だけど。

 ちょっとした段差は、家の食堂の椅子とかでも使う魔力のブロックを足元に作り、踏み台にすれば登れる。

 ちなみのこの魔力で出来たブロックは、実は魔力障壁で、謂わば結界術だったりする。

 それをコンクリートブロックぐらいの大きさで作って、踏み台代わりにしているので、意外に便利な魔法。

 まぁ、相変わらず何故か人が乗ると三秒ほどで崩れてしまうけど、一瞬の足場としては十分に使えるので問題なし。

 おかげで背の高い椅子に座るのはもちろんの事、足場の悪い川を渡ったり、階段上に作って崖を登ったりできたりするので、背の低い私には一番使用頻度の高い術だったりする。

 名付けてブロック魔法。

 そこ、ネーミングセンスがないとか思わないで欲しい。

 踏台魔法よりは汎用性の高い名前だと思っているし、この世界の魔法はイメージのしやすさが重要なのだから。


「……ぁ」


 少し先にある木の影に、豚よりも一回り小さいくらいの鼠を発見。

 【相沢ゆう】が目覚めた頃にも騒ぎになた大鼠だけど、あれから何度か話題に上がっている。

 あんななりでも草食で、甘味のあるとても美味しいお肉だったりする。

 籠の中から十歳児が持つには物騒な物を取り出すのだけど、それはかなり小型のボウガン。

 健康な身体作りを名目に理由に山歩きをするようになってから、アルフィーお兄様を味方につけてからお父様に用意してもらった物。

 ちなみに理由として『狩猟は貴族の嗜みと聞きました』と子供らしく我が儘を言ってみました。

 生憎と飛距離としては二十メートル程しか飛ばないので、本当に子供用の練習弓。

 ちなみに狩猟にボウガンを使うのは女性のみで、男性は普通の弓を使うらしい。

 もっとも、弓その物の威力は、私の場合は関係ないんだけどね。

 魔力で弦を引いてセットする。

 此方の方が手でやるより早くできるし、弦と短矢そのものに魔力を付与するのは、飛距離と威力の強化のため。

 短矢は魔力の紐付けをして軌道調整のため。


 シュッ

「ぴぎっ」


 一匹目は狙い通り額に当たり、短い悲鳴を上げて絶命。

 続けて三っつ矢を放つ。

 二匹目も首に矢が刺さり動かなくなり、三匹目は、残念、向きが悪くてお尻。

 仕方ないので矢をそのまま魔力で押し込む。

 矢が深く刺さって行き、その激痛で鼠はその場で暴れやがて動かなくなる。

 その間に四匹目は、……軌道修正が間に合わず外れてしまう。


「ふぅ~」


 そこでやっと息を深く吐き出す。

 四匹目は、あれだけ連続して弓矢を放ったため、大きく逸れてしまうのはしかたない。

 三匹目は運が良かったのか悪かったのか。

 矢を押し込む魔力の糸は、数秒も経たない内に途切れてしまうので時間勝負。

 どうやら魔力の紐は、生物に触れると維持できなくなるらしい。

 この辺りは多分、生物の魔力の固有波長が、他者の魔力に触れる事によって相互干渉が起きて侵すためだと考えているのだけど、本当のところは分からない。

 なにせ計測する方法がないからね。

 事象と観測から導き出した推論でしかない。

 さて、血抜きをする前に魔法で地面に穴を掘ってから、力場(フィールド)魔法で大きな玉を三つ作り、その中の空気を抜く。

 後はその球の一部分を変形させて、狩った獲物のある部分に突き刺す。

 まぁ血液検査の時に使うアレと一緒だ。

 美味しいお肉を口にするには血抜きは重要。

 ……問題はこれからなんだけど、こればかりは、なかなか慣れそうもない

 力場(フィールド)魔法で操作したナイフで一気に。


「ゔっ……」


 切り裂いた大鼠の腹部から、その中身が掘った穴へとずり落ちてゆく。

 見た目のグロさもそうだけど、周りに異臭が漂い、その匂いに慣れない私は思わず呻き声をあげてしまう。

 その後は頭部を落として、冷却した水魔法で腹の中と毛皮を洗う。

 冷却した水を使うのは、肉の温度を下げて雑菌の繁殖を減らすため。

 これ以上の解体は人に任せるつもり。

 麻袋は……数が足りないか、木の皮を魔法で剥いで代用する。

 とても私の持つ籠に入らないけど、そこはそこ、籠の上に乗せて無理やり縄で縛りつける。

 生きてさえいなければ、魔法で浮かせるので、これくらいの大きさなら重量は関係ない。


「野苺は見つからなかったけど、収穫は十分か」


 また一時間以上かけて山を降りてゆくと町へと戻るのだけど、屋敷に帰る前に一つだけ寄る所がある。


「こんにちはー」

「ユゥーリィ、今日はどうしたの?」


 教会の建物の裏口から掛ける私の声に、聴き慣れた子供の声が返ってくる。

 茶色の髪を揺らしながら駆け寄ってくる彼女はエリシィーと言って、私と同じ十歳の子供。

 ただし、私より頭一つ分は背が高い。

 私がチビなだけ、と言う噂はこの際気にしない。

 いいのいいの、胸は私が微かに勝っているから。

 どんぐりの背比ではあるけどね。

 

「神父様か、おばさんはいる?」

「お母さんは今は出かけているけど、神父様なら。

 今、呼んでくるね」


 しばらくして戻ってきたエリシィーの後からやってきたのは、好好爺と言う言葉が絶賛似合い中の神父様。

 体調が良くなってからは、月に一度はお会いしていたけど、私が山を出歩くようになってからは月に数度と頻度は上がっている。


「これはこれはユゥーリィ様、今日は、……ああ、もしかして」

「ええ、そのもしかしてです。

 お願いできるでしょうか?」

「もちろん喜んで」


 そう言う神父様に、背中の籠の上に載っている三つの塊をお渡しする。

 血抜きはしたし洗いもしたけど、一応は力場(フィールド)魔法で包んでいたので、血は垂れていないはず。

 その事を籠の中を覗き込んでホッとする。

 ええ、誰だって血塗れの籠を背負いたくないし、そもそも使いたくはないと思うのは普通の事でしょ。

 神父様は荷物を裏の洗い場に持ってゆくので、私はエリシィーと雑談。

 エリシィーとおばさんは神父様の家族ではなく、大きな街の教会から派遣されているお手伝いの方。

 まぁ、訳ありの母娘ではあるのだけど、私はそんな事は気にしないし、エリシィーも私の白い髪とかを気にせず気軽に接してくれるので、私としては感謝している。


 やったーっ、ボッチ卒業♪ 交友関係は相変わらず狭いけどね。


 そんなエリシィーがお暖かいお茶を煎れてくれているので、その後ろ姿を眺めながら山歩きで凝った肩と背中を解す。

 うん、揺れる髪の毛が可愛い。

 なんで、女の子の揺れる髪ってのは可愛く見えるのだろうと思いながら、時間を潰していると、やがてコップを持った彼女が戻ってくる。

 今日はハーブティーか、この春採れたばかりの物かな?


「今日も山に行ったの?」

「ええ、少しお祝い事があったから何か採りたくて」

「ユゥーリィって、貴族なのに変わっているわね。

 うちは危ないから、子供だけで山には入るなって言われているのに、ユゥーリィは怖くないの?」

「まぁ、私は貴族と言ってもね」


 私はそう言って、白く長い髪の毛を指先で絡めて弄って見せる。

 その仕草と短い言葉で、察してくれるエリシィーに。


「それに、一応、魔法があるからね。

 ショボイ魔法ばかりだけど」

「ぁぁー、たしかに前に見せてもらったけど、あれはね……。

 でも、今日も凄い収穫だった訳だから、そんなに自分を卑下にしなくても」

「運が良かっただけよ。

 獲物も弓矢で仕留めたから魔法は関係ないもの。

 物を運ぶのには、楽をさせてもらってはいるけどね」


 私が魔法を使える事は、この町の人間は誰もが知っている。

 ただしショボイ魔法として。

 あったら便利だけど、なくてもなんら問題はない。

 そんな魔法しか使えない魔法使いの成り損ない。

 それが街の大多数の人が持つ私の評価。

 ついでに、口の悪い人は私を人の成り損ないと影口を叩いている。

 理由は私の白い髪と赤い瞳。

 ついでに少しだけ尖ったように見える耳。

 ただのアルビノで、後のはそう言う耳の形の人もいる程度の事なのにね。

 恐らく、ショボくても魔法を使える事に対して、嫉妬が含まれているのだと思う。

 そんな訳で私の評価は、領主の娘でありながらあまり良くはない。

 欠片も気にしていないけどね。

 だって、ショボイ魔法使いは私が望んだ事だし、容姿も大好きなお父様とお母様から戴いたもの。

 なんら恥じるものはない。


「それよりも毎回、嫌な事をお頼みして申し訳ないと思って」

「いえいえ、私共としては逆に感謝するばかりです」


 私の言葉に返事をしたのはエリシィーではなく、早くも仕事を終えて戻ってこられた神父様。

 神官服の上から着た作業着についている真新しいシミについては、深く考えないでおく。


「いつも現物で申し訳ありませんが、お一つはお納めください」

「神と山の恵、そしてユゥーリィ様に感謝と神の祝福を」


 神父様にお願いしたのは、大鼠の解体。

 最初は川魚とか、山菜とかを納めていたのだけど、ある日、鹿が採れた時に持ち帰ったはいいけど、どう処理しようかと悩みながら教会の前を通ったところに、エリシィーの母親が声をかけてくれた。

 教会の裏の洗い場で、あっという間に皮を剥ぎ、骨と肉を切り分けてくれた手際に驚きながらも、半身を御礼として御渡してから、今のような関係が続いている。

 小母さんは母娘家庭で教会に身を寄せている身のため、こう言う嫌な仕事も身に付けたらしく、慣れれば何て事はないと言っているけど、現代人でもある私は、まだその域には達していない。

 ちなみに神父様も解体ができると知った時には、流石に驚いた。

 神父様曰く、見習い時代に覚えさせられる技術の一つらしく、他にも畑や裁縫などの一般的な物だけでなく、保存食の作り方まで覚えさせられるらしいから、さらに医療技術や神官としての仕事もとなると、神官様って物凄く多才な方なんだなと思う。

 あと神父様が、今日は一際良い笑顔なのには訳があって……。


『神父様って、あのお年になっても実はお肉が一番の好物なんだって』


 と言うのはエリシィーの言である。


「お肉の方は包んでから籠の中に入れておきました。

 麻袋は洗ってから、革は鞣してから、お屋敷の方にお持ちいたします」

「ありがとうございます、お父様も喜びます」


 本当は舐めした革も納めてもらっても良いと思うのだけど、何でもそれだと貰い過ぎになるからと。

 私が子供だからと言うわけではなく、そう言う決まりらしい。

 信者と教会がより良い関係を築いてゆくためには、そう言う謙虚さも必要なのだと。

 ちなみに神父様、今回もシチューやミートパイとかではなくステーキの一択だそうで、お肉への愛が溢れていて男らしい。


「ではまた、今度は約束の日にお邪魔いたします」

「ええ、お待ちしております」

「ユゥーリィ、またね〜」


 そう言って神父様とエリシィーに別れを告げてから教会を後にするけど、私は特段信心があると言う訳ではない。

 教会に足しげに通ったり、現物だけどお布施を入れるのは自分のため。

 いつの時代も熱心な教徒と言うのは社会的評価が上がるし、教会はその人間とその組織を擁護するようになる。

 信心があろうとなかろうと、教会と言う巨大な組織は味方にしておくに限ると言うのは、前世でも今世でも変わらないみたい。

 あと私が教会に出入りしている理由の一つは、この町の外の世界の事を知るため。

 もともと王都で司祭をしていたと言う神父様は、色々と知識が豊富なので、それを学ぶために、月に何度か教会へ行儀見習いとして通わせて戴いている。

 教会で学ぶ事自体は、貴族の令嬢には良くある事らしいので、両親は二つ返事で賛成。

 両親にとっても、教会がアルビノである私の味方をしてくれる口実になるのなら、と言うのが理由だと思う。

 なんにしろ私みたいな貴族の息女で、見た目が子供だと神父様も色々と優遇してくれるし、甘くもなってくれる。

 あとは治癒魔法の勉強で、何度か見させて戴いたけれども、色々と謎が多い。

 他生物への魔力の直接干渉は、魔力の固有波長の違いによって相互干渉を引き起こすはずなのに、確かに魔法が発動している。

 しかも治癒魔法の作用を見る限り、治癒と言うより再生のように思える。

 どちらにしろ、魔法という事を差し引いて考えても、とんでもない魔法だと言える。






2020/03/01 誤字脱字修正

2020/03/10 一部文章を修正

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