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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
128/977

128.書籍棟での静かな時間は何処へ行ったのでしょう。





「……」

「……」


 講義の後の読書時間。

 此処の講義は午前中で終わってしまうし、今日みたいに一講座しかないと、結構な時間を書籍棟での時間を取れてしまう。

 つまり……机の斜め向かいに、緑髪の少年が私と同じように、本を読んでは手元の帳面に何やら書き写すを繰り返している。

 机の上に積まれている本の表紙のタイトル的に、どうやら軍略の関係の本らしい。

 私は私で、薬草や鉱物関係の本が机の上に数冊積み重なっている状態。

 気になる距離ではないけど、まったく気にならない距離でもない。

 貴族向けの広く大きい机なのに、同じ机と言うだけで、こうも違うとはね。

 とはいっても、集中している時は基本的には全く気にならない。

 ふと手を止めた時や集中力が切れた時に、相手の紙を捲る音や、ペンを走らせる音、僅かな息遣いに気が付く程度。

 これが、書籍棟でなければ、互いに雑談をしながらと言う事もできるのだけど、生憎と此処は基本的にはそのような場ではないので、意味のない雑談をする事は憚られる。


 ピカッ、ピカッ!


 砂時計の魔導具が、此処に来て二回目の砂が落ち切った事を知らせてくれる。

 ん……、今日は少し早いけど、切り上げよう。

 こういう状況に慣れていないのもあってか、落ち着かない。

 なにか視線を感じるようで、……かと言って、彼からそんな不躾な視線を感じるわけでもない。

 とにかく今日は止め、と思って片付けを始めていると。


「失礼いたします。

 申し訳ありませんが、この後でお時間を宜しいでしょうか?」


 女性職員の方が、声を掛けてくる。

 どうやら、私が引き上げるタイミングを待っていたらしい。

 なるほど、視線の主は彼女なのかもしれないと思いつつ、案内されるままに受付の奥に……ヴィー、付いて来るつもりですか?

 別に良いですけど、付き合う必要はないのでは?

 彼女の要件が想像がついていて、あわよくばそれに便乗したいと。

 まさか、ヴィーの仕込みとか言いませんよね?

 剣に誓ってないと、……なるほど、なら信じます。

 あと、今の言葉は騎士みたいで格好良かったですよ。


「御呼び立ててして申し訳ありません。

 私はこの書籍棟を預かっている、パウアー・ノイア・フィールドと言います。

 本日は、貴女に感謝の言葉とお願いがありまして、御足労いただいた次第です」


 茶髪の体格の良い五十代ほどの男性。

 正直、髭が似合っていないと思いつつも、カーテシーでもって御挨拶。


「ユゥーリィと申します。家名はご容赦ください。

 いつもこの素晴らしい施設を使わせて戴き、深く感謝しております」


 ええ、此処は図書館長室もとい書籍長室で、相手が公式の立場でもって挨拶をしてきた以上は、それに則った礼儀が必要。

 この辺りは母様やお姉様の淑女教育の中で、散々言われてきた事なので、すぐに挨拶が出来たと思う。

 実際、下級貴族にとってこういう場は少ないものの、下級貴族であるほど相手に失礼が無いように躾が五月蠅いらしいとも聞いていたけど、お母様、感謝です。


「いやいや、それが私共の仕事ですので、貴女方の様な勤勉な方々に使って戴き、此方も仕事の遣り甲斐があると言うもの。

 ただ問題も少なからずあり、その一つをユゥーリィさんの御提案によって解決の糸が見えましたので、まずはその件につき感謝の言葉を」

「……失礼ですが、どのような事でしたでしょうか?」


 こんな部屋に呼ばれて感謝の意を示される、そんな大層な事なんて身に覚えが無いのだけど。

 どうやら話を聞くに、本の整理の方法の件のようだ。

 確か使い始めた頃、そんな話を司書の人とした覚えがあったけど、私としては大した内容ではないので、すっかりと忘れていたのだけど、水面下で真剣な検討と協議がなされていた模様。

 こういう人達の働きによって、私達の生活が支えられているのだと思うと、頭が下がる思いにもなります。


「本の種類ごとに付ける模様や花に、家を表す文様や花に近い物を押し付けようとする家の意見が多くてな、だいぶ難航したが、今度の夏にでも一時的に棟を閉じて行うつもりだ。

 本の返却に関しても、来月から試験導入をする予定でな」


 家の角の突き合いが難航の原因ですか。

 それを聞くと頭を下げる気持ちが失いそうになるのですが、現場の人達には関係無い話なので素直に心の中で頭を下げる。


「それで、他にも挙がっている問題として、勉学に没頭するあまりに、時間を忘れる者が多くてな、此処は御存知の通り昼夜関係なく開いているのだが……」

「やはり、そのような問題が出ていますか。

 でも、素直に夜は閉めれば良いと思うのですが?」

「それも、そうも簡単な話ではなくてな」


 ただ時間に没頭する学院生の増加ならそれで構わないらしいのだけど、昼間の疲れから仮眠をとってから勉学に勤しむ者もいれば、学生に付いて来た付き人などは、主人が休んでから利用する者も多く。

 何より昼夜問わず使えるようにと、棟中に照明の魔導具を寄贈した、とある上位貴族の面目もあって、そう言う訳にはいかないそうだ。


「そこで、ユゥーリィさんが使われている魔導具に興味を持ちまして、出来れば入手先をお教え戴ければと思いまして」


 拙い、砂時計の魔導具は意外に作るのは難しい。

 出来ればお断りしたいのが本音だけど、いきなり断るのも不自然だし、此処の施設を有り難く使わせてもらっている以上は不義理だと言える。


「利用者全員分となると、流石に無理だと思うのですが」


 ええ、そんな事態になったら、自分の事をやる時間など欠片も無くなるし、既に引き受けている仕事にも影響が出かねない。

 前世で過労が元で交通事故死に遭った経験がある身としては、ブラックな仕事環境は御免被りたいです。


「いやいや、流石に其処までの事は予算的にもおそらく無理ですので、大きなものを五つ程を設置し、それを順番に使って行く事で利用者に時間を知ってもらい、また時間的な利用制限を設ける事で御退席願おうと考えております」


 そう言う事なら、なんとかなると思うけど。

 大きい物を五つともなると、材料的に厳しい。

 ちなみに大きいと言うのは?

 私ぐらいの大きさと、……どう考えても在庫の材料では無理です。

 在庫の数倍の量は必要。

 そもそもそんな大きな物を、どうやってひっくり返すのかと思えば、板と台に固定して、壁の反対側から回せるようにする予定と。


「まず結論から言わせていただけると、条件付きでお受けする事は可能です」

「ほう、それはどう言う事かと?

 我々としては紹介して頂ければ良いだけですし、失礼ながらユゥーリィさんは家名が無いという事は、そう言った事情だと理解しておりますが」


 パウアーさんの言葉に、パウアーさんなりの配慮を感じる。

 この世界の常識的に、魔導具師は現役を引退した、もしくは引退せざる得なかった魔導士が成るもので、私みたいな若いと言うか、子供が成るものではない。

 だから、私の家の関係からあの魔導具を手に入れ、私に迷惑の掛からぬよう配慮して手配するつもりなのだと。

 私に求める魔導具の具体的な使用方法を説明したのも、その辺りを配慮しただけの事。

 むろん、紹介した相手に不利益な商談をする訳ではないと言う、あくまで貴族同士の繋がりの作法でもあるけど、私が貴族ではないと言う事は、学院側である彼は知っているので、その作法に則った事自体、彼の配慮なのだと分かる。


「お話し中、失礼します。

 こう見えて彼女は魔導具師なんです。それも優れたね。

 その事は私が保証いたします」


 横合いからのヴィーの言葉に、パウアーさんが驚いた顔をする。

 ただ、幾ら彼が上位貴族と言っても、その家族でしかない。

 その上、彼の実際の身分は知らないけど、あくまで学院生で未成年という立場だ。

 彼の家に配慮して、直接的な言葉は使わないだろうけど、即断を避けるのは目に見えている。

 ヴィーの心遣いには有り難いけど、それは何の保証にはならない言葉。

 そして、それは当然ながら私にも言えること。

 だから私が提案するのは……。


「幾つかの意匠図を書いてきますので、その中からまず小さな物で見本を作り、その上で本商談では如何でしょうか?」

「ふむ、ルメザヴィア様のお口添えもありますので、まずはその提案で宜しくお願いいたします」


 ええ、少しもお口添えの部分は無いですが、パウアーさん自身もヴィーのお口添えと言うのは学院側への口実にはなるはず。

 何せヴィーは【様】なのに対し、私は【さん】なのだ。

 むろん単純に、庶民の私が例外と言う可能性もあるけど、この部屋に入った時や、パウアーさんのヴィーに対する対応や反応の節々が、そうなのだと教えてくれる。

 そういう意味ではヴィーのお口添えは、無駄ではない。


「ああ、そうそうパウアー殿、その見本だけど、用が無くなったら、ドゥドルク様の所に届けてもらえないかな?

 彼女が作る機会があるようだったらで構わないからって、頼まれていたからね」

「……そのドゥドルク様と言うのはもしかして」

「もしかしなくても、コンフォード侯爵様の事ですが」


 ええ、こんな爆弾発言をするまでは。






2020-06-23 誤字修正

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