127.二人とも、人はそれをなんて言うか知っていますか?
ガラスの板の下に敷いてある図に合わせ指先を動かし、同時にそこに書かれた色に合わせて魔力を変動させてゆく。
魔導具の要である魔法陣の焼き付けである。
魔導具の魔法陣は大きく分けて二種類あり、目に見える魔法陣はもう一つの魔法陣の門であり固定をするためのもの。
そしてもう一つが、魔導具に込める魔法を図視化した物で、これは作った魔導具師にしか見えないし、それも魔法陣を刻んで暫くすると見えなくなってしまうような代物。
そもそも図視化した魔法陣その物が、その魔導具師にしか意味を為さず、他の魔導具師が、同じ魔法陣を刻んでも動作しない。
この辺りは、この世界の魔法が、想像で持って魔法を想像する物であるが故だと、私は考えている。
魔法陣を刻む際、専用の魔導具も作ってはあるけど、これくらい大きな魔導具だと指で充分かけるので、逆に専用の道具は邪魔になってしまう。
「本日のノルマは達成~♪」
出来上がったばかりのトレース台の魔導具を、専用の木の箱に納める。
この専用の箱に関しては、今回の分から職人ギルド経由で、工房の方でお願いしてある物。
箱の細かいところを加工だけでなく、木の選び方から仕上げ方まで、やはり私が作ったものに比べて数段上の品質だと言わざる得ない。外に発注する分値段は上がるけど、その辺りは書籍ギルド側持ちなので問題はなし。
別に値段的に外注費込みでも問題はないけど、向こうは向こうで通すべき筋があると、折半案すら拒否され、単純に此方が楽をするだけの結果になったのだけど。
『改良に加えて手間が増えている上、木箱は此方の一方的な要望で仕様変更で外注に出させるのだから当然の事です』
とラフェエルさんに言われた。
あと向こうが覚悟していたよりも安い金額で仕事を請け負っている分、余裕があるらしいとも。
でも正直な気持ちを言えば悔しい。
つまり、私の仕事では不満だから、外に出されたと言う事に他ならないからね。
確かに外注された木箱を見る限り、明らかに格が違う。
木箱の外内には皮張りが施され、角には銅板で補強されているけど、それは無骨ではない程度に僅かに装飾されている。
しかも手提げ紐の取り付け部分へは、より一層頑強になっており、紐自身も良い物になっている。
使われている技術の差と言うよりも、単純に視線の高さの違いであり、丁寧な仕事という点では、コッフェルさんの作った物の方が上だと言える。
私はあくまで、作業道具の一つという感覚だったのだけど、求められていたのは、もう少しだけ豪華な作りの道具。
この辺りは、私の感覚というのもあるけど、エリシィーの写本のお仕事のイメージが強いためと言うのもある。
基本的に写本のお仕事をしている方は、当然読み書きができて、時間に余裕ができる人達、つまりある一定以上の生活水準がある人達がそれなりに多い。
むろん、エリシィー達のような低所得者や未成年の人達も多いのだけど、声の大きい人達の意見が採用される物なのは、どの世界でも同じようだ。
「工数を考えれば、外注に出した方が正解ではあるけど、今後の参考にはさせてもらおう」
私の視線で作ってくれたコッフェルさんには、お詫びの手紙を書くとして、さて、この後はどうするか?
今日はジュリが訪ねてくる日ではないし、学院の外に行く程の時間はない。
素直に魔法か魔導具の研究をするのが一番なんだけど、昼間の面倒臭い貴族の子息の件で、イマイチ気が乗らない。
何か家に帰るその日まで、付き纏われそうな感じなんだよね。
既に講義は受けていないらしいので、もしかしなくとも暇なのだろうと思うけど、それに付き合わされる私としては、堪ったものではない。
まぁ、お茶を飲む程度の時間なら、期間限定程度の事だし仕方ないかと思ってはいるし、上位貴族と言う面倒臭さが無ければ、ある程度は素直に喜べもするんだけど。
ほら私って、基本的に中身が男だから、気軽な男同士の友達って憧れると言うか、懐かしいんだよね。軽いどつき合いのスキンシップとか。
「魔力制御の鍛錬でもして、気を紛らわすかな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
そんな訳で翌早朝鍛錬後の話なんだけど。
え? アドルさん達?
う〜〜ん、…練習台?
冗談です。お友達ですよ。
でもほら、既に四人で仲が良いから、入り込めきれないと言うか、セレナとラキアと話している方が気楽と言うか。
あと……、ギモルさんの視線がちょっと。
ええ、人の頸や首元を、ちょこちょこ見ているのバレてますから。
「ぐはっ!」
あっ、吐血しなくても、男の子ってそう言う物だって分かってますから。
ただ、私みたいな子供を見るのはどうかと、見るのならセレナとか。
あっ怖いから嫌だと。
ゴスっ。
「誰が怖いって?」
じゃあラキアとか?
同い歳ですけど、ラキアはちゃんと年相応に成長していますよ。
妹は萌えない? 確かに真理ですよね。
鑑賞用の対象にすらならないのは、元兄貴で妹を持っていた身として分かります。
妹は守るべきモノですからね。
でも妹の可愛い服を着た姿には、健全な意味で萌えると。それも真理ですよね。
ほほぅ。では、こんな服の意匠などありますが。
あっ、今日にでも作りに行くと。
「着ないからっ! ユゥーリィも兄さんを唆さない!」
「え? 可愛いですよ。セレナもそう思いません?」
「あら良いわね。
動きやすそうなのに、ちゃんと女の子した服で」
「でしょう」
「兄さんも頷かないの、そんなお金があるなら装備に回すべきよ」
残念と思いつつ、エリシィー用衣装図案帳を収納の魔法の中にしまう。
いつもの鍛錬の後、今日はいつもより少しだけお喋りタイム。
何か今日から少し厳しい内容になったので、つい先程まで体力回復の時間を兼ねて、今日のお浚いで私の悪かった動きの事を横で聞かされていた訳だけど、他にも理由がある。
「ところであの人達、まだこっちを見ているけど、誰か知り合い?」
「どう見ても上位貴族の子息だろ?
子爵家の余り者である俺等に、用なんて普通はないだろ」
セリアが言っているのは、この鍛錬場の端にいる緑髪と茶髪の少年二人組の事。
あのお茶会の後、昨日一昨日と、此処二日間見なかったので、すっかり油断していたのだけど、まさかこんな行動に出るとは予想だにしなかった。
それで、此方を見ている二人を見て、アドルさんが言うのもある意味当然の事、ましてや庶民の私なら尚更なんですけど、視線は自然と私の方へと集まり。
ええ……、認めたくはありませんが、私の知り合いです。
知り合いってだけで、今の所は友達ではありませんよ。
待たせても良いのかって?
あまり関わりたくないから、こうして現実逃避している訳ですが。
あっ、別に嫌な相手とか、嫌いな人間とかではなくて、ほらっ貴族って面倒臭いですから。
「「「「……」」」」
すみません、別に皆さんが貴族らしくないと言っている訳ではないです。
上位貴族の方を相手にするのって、必要以上に気を使うと言う意味なので。
早く行けと。…そんな見捨てなくても。
見捨てる訳ではなく、自分達が原因で待たせたと思われた方が厄介と。
そうですよね、上位貴族に気を遣うのは同じですよね。
身の危険を感じるなら、一緒に来てくれると。
嬉しいお言葉ですが、そう言う意味では大丈夫です。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「朝早くから何の用です?」
「君が早朝鍛錬をしていると聞いて、どんな内容なのかと興味を持ってね」
アドルさん達の言葉もあって、いい加減に観念してヴィーとジッタの所に顔を出すのだけど、人の鍛錬なんか見て楽しいのかと思ってしまう。
確かに見る事で色々勉強にはなるけど、私みたいな素人の鍛錬など、欠片も役に立つとは思えない。
「それで、幻滅しましたか? あの程度で」
「いいや、あらためて君の凄さを実感した処さ。
正直に言わせてもらうと、君の体格や筋力はああいう荒事には向かないからね」
ええ、そんなの分かっています。
だからって、ああそうですかと受け入れる訳にはいかないし、幸いな事に私にはそれを補う手段がある。
「だけど動き方その物を学ぶ事はできる。
身体強化の魔法を一切使っていないのは、鍛錬の上では邪魔と割り切り、盾の魔法すらも使わないのは、その身に痛みと共に覚え込ませるためなんだろ?」
「皆さん、そうやって覚えています」
「そうとも言えないさ、魔力に余裕ある者は、身体強化の魔法で防御力だけを上げている者も多い。
痛いのが嫌なのは皆同じだからね。
そして君は魔導士だ、その余裕が無いわけがない」
「単純に短期間で学ぶためには、痛みも必要と判断しただけです。
怪我をしても直ぐに治せるから、と言うのも判断の理由の一つですけどね」
私が此処に居られるのは、十五歳で成人するまでの二年半。
だけど、武術と言うものは長い年月を掛けて覚えるものだし、私自身も此れのみに没頭する訳にはいかない。
そうなれば、自然と効率を求めて痛みを伴う方法になっただけなんだけど、才能が無いから、身体に覚え込ませるしかない、と言うのが実情なんだけどね。
「そこまで割り切れ、徹底出来る者は意外に少ないものさ、君が思っている以上にね」
単純にそれだけの余裕がある者と、ない者の違いでしかないと思う。
私には、頼れる人達がいないから。
「まぁいいですけどね。
あと、一つ忠告しておきますけど、傍から見たらヴィー達、怪しい人でしたよ。
若い女の子三人が汗水垂らして運動している姿を、只管眺めている変質者にね。
ジッタもその辺り気を付けてあげないと」
「……怪しい人」
「……変質者」
ええ、前世なら通報されても、おかしくないレベルです。
イケメンだからって、見逃されると思わないでくださいね。




