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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
125/977

125.お茶会? 面倒なので全力でお断りしたいです。





 ぺらっ。


 どの本を調べても、魔法銀(ミスリル)鉱床は、やはり地脈や龍脈上の銀鉱床にあるようですね。

 それに人工魔法銀に関しても、魔物の血に漬け込んだりとかの記述が多いですが、魔物の巣にあった箇所からも発掘されている物もあるから、銀が魔法銀に変質したと考える方が正解のように思える。

 問題はその変質する要因ですが、……おそらくは、魔力が関係するのでしょうが。


 ぴかっ、ぴかっ。


 ん? もう三回目が終わっちゃったか。

 もう少し調べたかったけど、規則正しい生活の方が優先です。

 学生は時間が自由になる分、自覚しないと直ぐに生活が乱れてしまいますから。

 手製のペンを置き、帳面を閉じて片付けようとした所で、いつの間にか正面の椅子に座って、本を片手に優しい笑みを浮かべながら、此方を見ている存在に気が付く。


「…ぁっ」

「相変わらず凄い集中力だね」


 緑の髪の少年の姿に、ちゃんと無事に帰れていた事に、少しだけ安堵の息をそっと吐く。


「いつから其処に?

 声を掛けて下されれば宜しかったですのに」

「掛けたけど、気がつかなかったみたいだから、こうして待たさせて戴いた。

 幸い、此処は時間を潰す事には困らないからね」

「私が平気で人を待たせているみたいで、嫌なんですけど」

「君が待たせた訳じゃないさ、私が勝手に君を待っていただけの事。

 この後、少しばかり私に時間をくれないかな?

 此処は話をするには、少しばかり周りに迷惑をかけるからね」

「ええ、私も少しだけ聞きたい事がありますから、喜んで」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 書籍棟の外、まだ明るい日差しの中を移動した先は、公爵棟と侯爵棟と伯爵棟の三つのブロックの中心にある娯楽施設用の棟。

 と言っても夜のお店とかがある訳ではなく、社交界の場を目的としたホールや部屋、そしてラウンジに隣接する喫茶スペース等。

 明確なルールでは無いものの、暗黙の了解で三爵関係者のみが使用が許されている場所でもある。

 つまり庶民たる私には、なんら縁のない場所です。

 そんなスペースの一画に、あっ、茶髪君を発見。

 もしかして、ず〜〜っと此処で待たされていたのだろうか?

 もしそうだとしたら、お気の毒としか言えない。

 目の前の彼の言ではないけど、待たせたのは私ではなくて、彼が勝手に待っていたのだから。

 あっ、椅子を引いて待っていると言う事は、其処に座れって事ですよね?

 本来は私の実家より上の身分の家の出だろうに、平民に成り下がった私の椅子を引かせては、可哀想だと思うのですが、これもしがない宮仕と思って諦めてください。

 まぁ仕えているのは宮じゃなくて、緑の髪の少年にだけど。

 そうして無言のまま互いに席につき、喫茶スペース用の女中(メイド)の方が運んできた紅茶を互いに一口づつ飲んだところで。


「まずは、この間の礼を改めて言わせてくれ。

 こうして無事に戻る事ができたのは、君のおかげだから感謝している」

「生きて戻れたのなら何よりです。

 そして得た経験を無駄にされないようにだけ、お願いいたします」


 此処で嫌味や皮肉を言ってもしょうがない。

 私にとっては過ぎ去った事だし、あれから二日経っている以上は、彼等にとってもそれなりに答えを得ているはず。

 完全に想定外の出来事ではあったけど、あれだけ命がけの状態で何も得れていないのなら、それだけの人達でしかない。


「もう少し獲物を狩りたくて、奥に行ったら奴等に遭遇してしまってね。

 ジッタと二人で、隙をついて二頭は倒せたけど焼け石に水さ。

 正直、本気で駄目だと思っていたから、君に助けられて九死に一命を得たよ」

「深追いって言葉を知ってます?」

「身を以て知ったさ」

「それと、奥まで行き過ぎてしまった本当の原因は分かってますか?」


 魔物である角狼(コルファー)を二頭も仕留めれる程の腕を持つ二人が、あの程度の金額を得るのに、彼処まで奥に入り込む必要はないはず。

 それくらいあの狩猟ポイントは、鹿や猪達が増えるのに条件の良い場所。

 なのに、そうなってしまったのには、それなりの理由があると私は思っている。


「一言で言えば私達が未熟だったと言う事だが、単純に自惚れて甘く見ていたのだろうな狩猟というものを」

「だと思いました」

「狩猟と言うのが、思った以上に金に成らないと思っていたのだけど、違ったのだな」

「血抜きすらしていない獲物は、かなり安く買い叩かれますからね」

「その結果、数で補おうと乱獲、しかも飛び散った血を後始末もしていなかったから、危険だと察した獲物は奥地へと移動してしまった」

「おかげで地元の猟師は、しばらく困るでしょうね」

「……それもあったか」


 できれば、そこまで気がついて欲しかった。

 自然資源である野生動物は無限ではない。

 乱獲すれば数は減るし、獲物も住処を移す事になる。

 それに減り過ぎてしまえば、数が戻るのに長い年月が掛かってしまう。

 本職の猟師はその辺りを知っているし、私も空間レーダーの魔法を駆使しながら気をつけている上、狩猟ポイントの山そのものを変えているので、それほど生態系に影響は与えていないはず。

 私はそこまで聞いてから、鞄の中から二つの砂時計の魔導具を取り出すのだけど、彼が知っている物とは機能は同じだけど、少しだけ形が違う。

 砂時計の周りに三本の木の柱が囲い、同じく上下を挟むように、木の台座に嵌め込んでいるため、剥き出しのままに比べ少しだけ衝撃に強い。

 私はその場で直せるけど、彼等はそうはいかないから、こういう形にしてみた。


「少し形が変わったね」

「前のままですと割れやすいので、気に入らなければ、別の台座に付け替えてくださって結構です。

 台座と周りを囲む柱には、なんら魔法的な処理は施しておりませんので」

「なるほど、君らしい心遣いだ」


 何が私らしかは分からないけど、とりあえず彼としては、問題ないらしく彼の合図とともに従者である茶髪の少年が、木のトレーに敷き詰めたビロードの上に乗せた銀板貨二枚を、そっと目の前に差し出してくれる。


「高い買い物でしたか?」

「命を賭ける価値はないが、金では買えない貴重な経験と勉強をさせてもらった。

 私の未熟さが引き起こした結果ではあるけどね」

「ふふっ、そう思えたなら、きっと貴方達は大きく成長されたと思います」

「全部、君のおかげだよ」

「いいえ、私は厄介事を引き寄せた元凶ですよ。

 引き起こった厄介事を成長の糧にしたのは、紛れもなく貴方達の意思と力です」


 全てを他人のせいにする事はできる。

 そうした方がどれだけ楽であろうかは、誰もが知っている事。

 でも、それを選ばなかったのは、彼等の意思と誇り。

 受け入れがたい結果から、学び先を見る事を決めたのは、彼等の魂と力。


「君は、本当に美しいな」

「……は?」


 目の前の少年の成長に暖かい気持ちになっている所に、聞き慣れない言葉が突然降り注いでくる。

 美しい? ……誰が?

 可愛いは偶にお世辞で聞くけど、美しいは流石に聞いた事ないし、少なくとも私のような年齢や、幼い容姿に対して言うべき言葉ではない。

 あっ、そう言えば、お母様の淑女教育で、貴族の男性は礼儀として、相手の女性を褒めるとか言っていた、たとえ其れがどんな女性であろうともと。

 うん、きっと其れに違いない。


「君は美しい。間違いなくね」

「…ぇーと」

「角狼の群れを一掃した時の君は、本当に何処かの女神が降臨したかと思ったぐらいだよ」


 ああ、なるほど……。

 あんな危機的状況だったのに、颯爽と現れ敵を蹴散らし、怪我を癒した。

 そりゃあ美化もされるか。

 例え私みたいな色無し(アルビノ)で、発育不良の子供であろうともね。

 それにしても一神教のはずなのに女神の概念があるのは、この世界の宗教観の不思議部分なのだけど。

 元は何かの物語なのだろうと思う。

 さて……、現実逃避はさておいて、どう反応しようか?

 何処までが世辞で、何処までが偶像化されたものなのか、それとも何かの意図があっての事なのか。

 うん、現状ではいくら考えても分からない。


「ふふ、どう対応したら良いか分からずに、困ってるって感じだね」

「ええ、人の反応を楽しむ悪趣味な方に困ってます」

「確かに、君はこう言う事に慣れていないようだし、君ぐらいの幼さの残る容姿の子に適切ではない言葉なのかもしれないね。

 ある意味誤解を招きかねない言葉だから」

「自覚があられるのなら、何よりかと」

「別に容姿でそう判断した訳ではないから、私としては別に構わないのだけどね」


 また……、この人は何を言っているのだろう。

 正直、もう取引も終わったし、聞きたい事も終わったので席を立っても良いのだけど、なんと言うか、そう言う空気ではない。

 多分、此処で席を立ったら、また後日に改めて席を設けられるなんて面倒な事になりそうな気がする。


「可憐な見た目とは裏腹に、自分の将来を自分で決め、そのために自分を律する自制心があり努力を怠らない。

 その上に他人を思いやる慈愛を忘れない優しい心根を持ち、しかも頭の回転も速い。

 正直、君とは年下の子と話をしている気がしない程だ」

「生意気なだけですよ。

 あと持ち上げすぎです。

 私は自分の決めた道を歩んでいるだけの事、此処にいる多くの学院生と同じようにね」


 自分の未来のために努力する事など、誰しもがやっている事。

 ジュリもアドルさん達も、そしてこの人達も。

 もっとも、此処の生徒の半数近くが、どれだけ努力しているかすら怪しいのも事実だけどね。


「本当にそうかな?

 君の本当の年齢であっても、あれほど魔法を使いこなせる程までに、努力出来る人間が、果たしてどれだけいる事か」

「……調べられたんですね、私の事」

「君の容姿はどうしても目立つからね、調べるまでもなく知る事ができたよ」


 たしかに、私みたいな白い髪に白い肌と赤い瞳、そんな色無し(アルビノ)はこの学院ではおそらく私一人。

 調べるまでもなく、知ろうと思えば簡単に知る事ができただろう。

 わざわざ、色無し(アルビノ)である私を知ろうと思う事自体、この世界の価値観からしたら外れている事だとは思うけど。


「できれば君を呼ぶ名を、君の口から直接聞きたいのだけど」


 此処は何処かの劇場の舞台ですかと、心の中で突っ込みたくなる。

 舞台の一幕のように、優しく温かみのある笑みを浮かべながら、私の口を開くのを待っている姿に、……深い溜息を心の中で吐きながら。


「ユゥーリィ。

 名乗るべき家名は無いので、どうか御容赦ください」

「ルメザヴィアだ。

 此処では家名を名乗る事は許されていないため、一貴族の子女として扱ってくれれば良い、あとヴィーで構わないし敬称も不要だ。

 君とは対等な友人でありたいからね。

 あっちのは私の親友であり、従者でもあるジッタガルドだ、彼も私同様に此処では家名を名乗る事は許されていなくてね」

「ヴィー様が許される以上、私もジッタで構いません。

 あと、先日は助けて戴いたのに関わらず、大変に失礼をいたしました」


 うん、フレンドリーに言ってはくれているけど、その内容に余計に頭が痛くなった。

 名乗るべき家名を失った私と違って、家名を名乗る事を許されていないと言う事は、止ん事なき血筋の方という事。

 少なくてもこの学院にいる事と物腰からして、伯爵家以上は確定で、おそらくは公爵家や侯爵家の中でも、上位の家の方。

 貴族社会的な価値観で言ったら、私みたいな貴族落ちの平民が、こうして同じテーブルについていて良い相手ではない。

 だからこそ、家名を名乗らないのだろうけど。


「ルメザヴィア様、光栄ではありますが、流石にお戯れがすぎるかと」

「……」

「…ルメザヴィア様」

「……」


 ……私の言葉に返事を返すでもなく、私の言葉を待ち続けていますという態度と笑みに、横合から茶髪の少年が苦笑の笑みを浮かべながら、小さくため息を吐いている。

 いや、此処は職務に忠実に、主人を愚業を止めて諫めるべき所でしょ。

 って、其処で諦めたように首を横に振って、此方を見ないっ。

 そんなんだから、あんな山奥にまで行く事になったって分かっているの?

 ええーい、そんな憐憫な目で、諦めてくださいなんて訴えかけるな。

 まったく、なんでこんな面倒くさい事にと思いながら。


「不敬罪で投獄されるなんて事には、なりたくないのですけど」


 今までは、互いに名前も身分も知らなかったからと言い訳は聞くけど、今は家名は無しとはいえ互いに名を名乗り、しかも向こうは、本当の身分を連想するような事を言っている。

 これ以上は洒落にならない。

 だからこそ私は相手の名前を聞いてこなかったのだし、相手も名前を名乗らなかった。

 それが、気楽に相手と話すための暗黙の了解だから。

 なのにこの少年はあろう事か……。


「ふむ、それは私も困るね。

 せっかくできた友人であり、命の恩人を誤解で投獄されても困る。

 ならば証書でも用意しよう。

 君が私達に幾ら暴言を吐こうが、不敬を働こうが私達が其れを許し、罪に問う事はないと、証人はドゥドルク様にでもお願いして」

「止めてくださいっ!」


 いきなり、とんでもない事を言い出す。

 止ん事なき血筋の家の者が庶人の私と対等な関係って、どんな罰ゲームですか?

 周りの視線が痛くなる事は必須です。

 だいたい、今、証人として挙げた名前は、此処等の辺境一帯の領主達を纏め、衛星都市でもあるこのリズドを含めたコンフォード領の領主であり、コンフォード侯爵家の当主でもある。

 つまり彼はこんなくだらない事を、コンフォード侯爵家の当主に頼める間柄であり、身分であると言う事。

 もしかして、これって虐めですか?

 それとも危険な目に合わせる羽目になった原因とも言える私への報復ですか?

 まさか、荷物を運ばず、麓の人里で置き去りにした事を恨んでとか?

 そこへ茶髪の従者君が諦めたように。


「すいません、ヴィー様はこう言う方なので、諦めて戯れに付き合ってあげてください。

 どうせ、あと十日もない事ですから」

「あっ、こらっ、ジッタ、余計な事を」


 十日もない事?


「ヴィー様、いい加減にしてください。

 敬称無しで愛称で呼ばせるくらいならともかく、其処までやられたら逆に困るだけです。

 流石に命の恩人である彼女が本気で困っているのを見逃すのは、人としても騎士としても恥じ入る事です」


 おぉ、ちょっとだけ見直しましたよ茶髪君。

 じゃあ先日の暴言はなんだったのだと言いたいけど、あれから思うところがあって反省したのか、それとも普段はこう言う感じで、手に負えなくなった事態で、地が出てただけなのかは分からないけど、今はありがたい。


「そう言う事は、裏でコソッとやっておいて、此処は彼女が根負けをするのを待つべきところでしょう」


 訂正……、此奴は今でも碌でもなかった。


「確かに私の早計だったな。

 だが時間がなかったからな、仕方がなかろう」

「其処は朝昼夕と押しかけて、誠意を見せればいずれ」


 あ〜……、今、此処で魔法で地面に大穴開けて、そのどさくさに紛れて、この場から逃げ出すとかしちゃいけないかな?

 駄目だろうなぁ、何か夜討ち朝駆けとかをやられそうな雰囲気だし、それこそ宿舎前まで押しかけられたら、どんな噂をされる事やら。

 私単体の噂ならともかく、大抵この手の噂は碌な事を引き起こさないと、相場が決まっている。

 あと、貴方達、それって現代でいうストーカー行為ですからね。

 今世ではともかく前世では、完全に犯罪ですからね。


「……あと十日も経たない内に、いなくなられるんですよね?」

「ああ、もともと此処には一年の予定だったからね」

「分かりました。私の負けです。

 本当に面倒事は勘弁してくださいね」

「それは約束しよう」

「あと、十日過ぎても平気で顔見せたら、いない者として扱いますからね」

「それは残念だ。

 だが女性との約束を破れば、痛い目に遭うのは当然の事だし、生憎とこれ以上の滞在は、延ばせそうにもないから、そこは安心してくれ」


 本当に貴族は面倒くさいと思いつつ、諦めのため息を吐いて。


「ヴィー、短い間ですが、よろしくお願いします」

「此方こそ短い間だが、君からは多くを学ばさせてもらうよ。ユゥーリィ。

 ああ、やっと君の名前を、こうして口にする事ができたよ」






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[一言] 「自覚があられるなら、何よりかと」 「別に容姿でそう判断した訳ではないから、私としては別に構わないのだけどね」 女性だったら、ごく普通の話の展開ですね。しかし、元男性の意識がある者にとって…
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