120.狩猟は魔法を使わないと、後始末が大変なんですよ。
「ははははっ、ジッタ、完全にお前の負けだ。
どうあろうとも自分達の行動の責任は自分達にある、どんな結果であろうともな。
現実を受け止めて対応するのが大人だ、私もお前も何時迄も子供だと甘えていられない。
それをまだ幼さの残るレディーに教えられ、更には鼓舞されて応えられなければ、それこそプライド以前の問題だ。私も含めてな。
それに分かっているのだろう、本当は」
緑髪の少年の楽しげな言葉と笑みに、ジッタと呼ばれた茶髪の少年は頭をガシガシと掻き毟りながら、深く溜息を吐いた後、分かりましたよ、と素直じゃない言葉を吐き出して明後日の方向に顔を向ける。
まぁまだプライドが邪魔をしているのだろうけど、仕方がない。
今はまだ、心も身体も興奮している状態だからね。
そしてそんな事は他人である私には関係ない。
言うべき事は言ったし、片方の少年は自覚している様子。
二人で言葉を交わしている様子を見る限り、私はこれ以上は不要だ。
それよりも、残った角狼の死体を回収しないと。
放っておけば、余分なモノを呼び寄せかねないし、今回は偶々小さな群れだったけど、角狼は大きい群れだと百を超える群れもザラにあるらしく、空間レーダーの魔法の結果から可能性は低いものの、此処にいたのがその一部だったら厄介極まりない。
魔力の紐で角狼の遺体を掻き集め、穴を掘っていると此方のやる事を見ていた緑髪の少年が声を掛けてくる。
「いちいち穴に埋めるのかい?」
相方を放っておいて良いのかと思うけど、まぁ良いと判断したからこうして話しかけてきたのだろう。
だから一応は説明してあげる。
血の匂いが他の肉食動物や魔物を引き寄せかねない事を、角狼の群の特性の事を。
もっとも角狼に関しては書物の受け売りだけどね。
なにより外れ側とはいえ、人が狩場にしている此処等を、彼等の狩場にするのは避けたい事態だから。
「それに内臓はともかく、毛皮は素材として、肉は滋養のある干し肉に加工され、角と牙と爪は魔導具の素材にもなるけど、薬にもなるから高く売れるし、骨も加工用に回せるわ」
「骨までか?」
「ええ、鋼とまではいかないけど、それでも鉄並みに頑強な上に軽いから使い道はそれなりにね。
ついでに血も売れるわよ、持ち帰りにくいものだから、持ち帰る人はまずいないけど」
私は収納の魔法があるから、専用にしている壺に抜き取った血を入れて持って帰れるけどね。
魔力で強化したナイフで角狼の腹を切り裂き、内臓を引き出して冷却した水魔法で洗うと同時に体温を下げ、皮を剥いでから収納の魔法の中に放り込んで行くけど、角狼の遺体の数は十八。
私はお肉として食べるつもりはないので、これ以上の細かい解体はいつもの商会に持ち込んで任せるつもり。
中型の魔石は、一個を残して残りは小さな物へと交換でもするかな。
あとは…。
「あっちに、二体程あるみたいだけど、貴方達が仕留めた獲物よね。どうする?」
一キロほど戻ったぐらいの場所にある角狼の遺体。
空間感知レーダーの魔法で、途中まで生体反応があったから、この二人の仕業だと思う。
「そう言う事なら、戻って処分しておくべきだな。ジッタ」
「はいはい分かってます。俺達のせいで人里近くに魔物を引き込むような事態にはしたくないですからね」
言葉通りの意味なんだけど、先程あんな目に遭ったばかりなのに、それだけは避けたいと言う気持ちと勇気はあるようだ。……足元が震えているけどね。
強がりでも、言うだけの根性はあるみたい。
流石は腐っても男の子。
なら、言う事はないとばかりに私は黙って足を向ける。
くだらない当たり前の言い合いはしたくないから、護衛はしてあげるから黙って付いて来なさいと。
ガサッ、ガサッ……。
身体強化の魔法とブロック魔法を併用しているとはいえ、速度は普通の歩く程度の速度。
もっとも、幾ら身体の小さい私の歩む速度でも、足元が不安定な状態で歩く後ろの二人には、付いて来るのがやっとの速度みたい。
時折、離された距離を一気に取り戻しているのと、後ろから感じる魔力の揺らぎから、身体強化の魔法持ちではあるらしいけど、魔力切れを起こしかけているのかな?
やがて十分程時間を掛けて辿り着いた場所には、角狼の遺体が一体。
大きく腹を割かれて絶命しているところを見ると、飛び上がって襲い掛かってきたところを、剣で迎撃したようね。
もう少し戻ったところにもう一体あるはず。
取り敢えず耕起魔法で硬い地面に、敢えて大きく穴を掘ってあげるけど、それをどう使うかは彼等次第。
解体するも丸ごと放り込むもね。
「ジッタ、申し訳ないが、もう一体を此処まで持ってきてくれ。
私は此奴を解体する」
「ヴィー様、本気ですか?
ならばせめて私が・」
「お前とて解体まではした事はないだろう。
ならばこの際に学ぶだけだ。
やり方はさっき見せてもらったし、覚えている内にやっておきたい」
どうやら彼等は今まで、狩った獲物をそのまま持ち込んでいたらしい。
血抜きもせず、狩った獲物の体温を直ぐ下げるのと下げないのとでは、肉質に大きく差が出るし臭みも増える。
おそらく相当安く買い取られていただろう事は、想像するに難くない。
やった経験がないのなら血と内臓の処分だけして、あとは業者に任せた方が良いとだけアドバイスをしておく。
練習用にするには、角狼の毛皮は勿体無さすぎるからと。
なんとか、内臓だけ掻き出し水筒の水で中を洗い終わった後、今度はもう一体を何とか引き摺ってきた茶髪の少年が、先に解体の経験を得た少年に助言を貰いながら四苦八苦して解体している。
その間、私が何をしているかと言えば、少しだけ大サービス。
木の枝や蔓を汲んで、簡易的なソリを作ってあげている。
前面と地面に当たる木の部分にだけ、魔法石化して接地抵抗を減らす魔法陣を刻む。
材質が材質だけに一日か二日ぐらいしか保たないだろうけど、魔力持ち相手ならこれで十分なはず。
別に私が運んであげても良いけど、彼等は別に仲間でもないし、それほど信頼関係がある訳ではない。
何より彼等にも譲れないプライドもあるだろうと思う。
例えば、私みたいな小さな女の子に、代わりに荷物を運んでもらおうなどとは、口が裂けても言えないだろうからね。
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「という訳で、人里近くまで送ってから別れて帰って来たんですけど、災難でしたよ」
「そりゃあ、嬢ちゃんとしては不本意だろうな。
それにしても角狼の群れを瞬殺か。
単体ならともかく、群れを成した此奴等は、一応は戦災級の魔物なんだがな」
「瞬殺じゃないです。
十数えるくらいは掛かっているし、そもそも到着するまでに食事を終えられるくらいの時間が掛かっています」
なにか一緒だとか言っている気がしますが、そんな事はどうでもいいです。
私的には、駄目にしてしまった白絹の魔力伝達コードの事が方が痛い。
人命が掛かっていたから仕方ないけど、初撃以降は動きが悪いと思ったけど、案の定中の魔法銀は彼方此方で断線。
戦闘中、形状変化の魔法を駆使して、鋼線として操りながらも再接合をしていたけど、そもそもドレス向けに作った白絹のコードでは、武器としての使用に耐えられるはずもなく、彼方此方に無理が掛かっているため糸が切れていたり擦れて毛羽立っていたりとズタボロ状態。
しかも血の汚れだけならともかく、繊維の間に角狼の毛や肉に加え砂埃も挟まり込んでいるため、もう廃棄するしかない状態に泣くに泣けない。
それに、コッフェルさんには知られているけど、本来はああいう使い方をする為の物ではないため、コードを開発してくれたコギットさんには申し訳ない。
もしかすると、今後、家具職人なのに、武器開発を依頼されているかもしれないと考えると。
「ないな」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「俺もやってみたが、アレを武器として操れるだけの魔導士なんぞ、国で片手で数えるくれえだぞ。
素直に最初から長鞭を使った方がまだマシだ」
それって単純に才能が無いだけでは?
そう思うものの、かと言って私が才能があるかと言うと、あるとは思えないんですけどね。
基本的に私って、魔法が無いと何もできない人間ですから。
その魔法もヘンテコ呼ばわりされるわ、知っていて当たり前の基礎すら知らない事がある人間ですから、とても人の事を偉そうに言える立場ではない。
あの二人には言ったけどね。……私も慣れない戦闘で、心が昂っていたのだから仕方がない。
「それにしても譲ちゃんはお人好しだなぁ。
嬢ちゃんも分かっていると思うが、狩猟なんぞ何があろうと自己責任だし、手に負えねえ魔物に襲われたら、人里から反対の方向に逃げるのが常識なのにな」
「助けられるものなら助けますよ。
駄目そうなら見捨てますけどね」
「ちげえねぇな」
私だって命が欲しいですから、無理そうな相手からは逃げます。
助けられなかった人達を自業自得だと見捨てます。
自分がそうされる時の事を想像して……。
「……それにしても緑髪の貴族か」
「ん? なにか言いました?」
「いや、嬢ちゃんの場合、素直に逃げる玉には見えそうもねえなと。
ほれっ、馬鹿は命知らずと言うしな」
「酷っ! 人の事を一体どう思ってるんですか」
「だから馬鹿だろ。
魔法馬鹿で、ヘンテコで、お人好しの馬鹿」
「それは喧嘩を売っていると受け取っても良いですね」
無論、ハンデとして、私が魔法ありでコッフェルさんが魔法抜きで。
え? そんなの勝ち目がねえって。
だって、私まで魔法抜きだと、勝ち目なんてないじゃないですか。
私、勝ち目のない戦いはしない主義ですよ。
やるなら勝ち目のある状況に持ち込みます。
ええ、この場合ライラさんかラフェルさんのいる場所でとか。
コッフェルさんに乱暴されそうになりましたとか言って。
嘘ではなく、勘違いをされそうな言葉と、悲しげな顔をするのがポイントです。
ほら、コッフェルさんと戦うなんて想像したら、悲しいじゃないですか。
「……容赦ねえな」
そんなしみじみ言わなくても、冗談に決まっているのに、本気にするなんて酷い。




