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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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12.元男の私が淑女教育の特訓? なにかの冗談ですか?




「ユゥーリィ、貴女に大切なお話があります」

「はぁ」


 夕食後、お母様に改まって言われ、少し緊張する。

 今までの夕食後の家族の団欒時間では、こんな風に言われた事は、……ない事もないか。

 脳裏に過去に何度か行われた、淑女教育入門編などが浮かぶ。

 それにしたって大体それはお叱りやお説教の流れで、こういう話の持って行き方はなかった気がする。

 少なくとも昨夜の町の女衆組合の愚痴の続きではないはず。

 いえアレはアレで愚痴の中にも雑多な話があって、人生の勉強にはなるんですけどね。

 秋の収穫際後の後片付けを男性陣の半分近くが二日酔いでブッチした事で、女衆組合の愚痴の言い合いに対する愚痴の話になるまでは、でしたけど。

 ちなみにお父様とお兄様は、その話になった時点で逃亡したという事実でもって、察して欲しいとだけ言っておく。

 

「ユゥーリィは幾つになりました」

「……六歳ですが」

「ええ、でも、もうすぐ七歳になりますよね」

「はい」


 もって回した言い方に、もしや淑女教育中級編とか言い出さないかと内心ビクビクする。

 中身が三十路のオッサンの私に、これ以上淑女と言われても本気で困るのだけど。


「今まで、ユゥーリィの体調がおもわしくなかったため遅らせていましたが、最近は大病もなく寝込む事も少なくなってきたように思えます」

「……やっぱり」

「ユゥーリィ、なにか言いたい事でも?」

「……ぃぇ、お話の続きをどうぞ」


 つい言葉に出てしまった事を反省しながら、お母様に話の続きを促す。

 本音を言えば促したくはないけど、家庭内の円満を考えると、我が儘を言う訳にはいかない。


「貴女のそう言ったところを含めて、色々と学んでもらおうと思いまして」

「……いつもこうやって色々学ばさせて頂いていますが」

「ええ、そうね。

 ユゥーリィが私達から色々と学ぼうとしている事には、当然気がついていました。

 だからこそ、雪であまり外に出られなくなる季節が待ち遠しくもありましたのよ」

「……今までで十分かと」


 身近な社会学や人生学で十分です、淑女教育は結構です、不要です。

 怖くて口にはできないけどね。


「時間は食後、一息ついてから陽が高くなるまで。

 この冬、私達三人でみっちりと学んでもらいます」

「………っ!」


 心の中で声にならない悲鳴を上げる、ムンク叫びです!

 三人って、お母様だけでなく、お姉様やお義姉様もと言う事ですよね!?

 男性陣と違って、女性陣はこういう時は必要以上に甘やかしてくれない。

 監視の目が三人も在る状態で、中身が男の私に淑女教育を毎日午前中いっぱいって、どんな地獄ですか!

 ええ、分かっています。

 お母様の笑みが、それでいて少しも笑っていない目が、逃す気が欠片も無いと語っている事は。

 周りを見れば、にこにこと笑みを浮かべているミレニアお姉様に、生暖かい自愛に満ちた目を私に向けるマリヤお義姉様が、無言で私に退路はどこにも無いと言っている事は……。


「……ヨ、ヨロシク、オネガイイタシマス」




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 と、色々と悲壮な覚悟を決めた私ですが、半分助かりました。

 お母様が私に学ばさせようとしていたのは、貴族特有の淑女教育ではなく。

 貴族の子供としてのごく普通の教育。

 読み書き、算術、歴史、社会などの基礎教育。

 ……と言ってもね。


 読み書き。

 普通に読み書きはできますよ、病弱なため本が友達のボッチを舐めないで欲しい。

 一般的な読み書きは十分にできますし、分からない単語や言い回しとか、貴族特有の手紙の書き方ぐらいですから、アルフィーお兄様に折りを見て教えて戴いています。

 と言う訳で、これは自習していると捉えられて現状維持が決定。


 歴史学。

 一般知識程度の王国史なら、そらで言えますよ。

 現代日本の受験経験と子供特有の記憶力の良さが組み合わされば、歴史の暗記なんて朝飯前です。

 我が家の書物に載っていないような最近の事は流石に知りませんが、それはもう歴史学とは言いませんよね。


 算術。

 四則ぐらい今更です。

 何なら強度計算や弾性計算もできますよ。後が面倒なのでやらないけど。

 むしろこっちは習っていないのに、何でできるのかを誤魔化すのに苦労した。

 結局、書庫にあった昔の帳簿を見て、どうしてそうなるか遊んでいる内に覚えたと言って誤魔化したけど。

 だいたい乗算や徐算はあまり使われず、見せられた算術の本には加算と減算ばかり、しかも九九表が無い。

 どうやって覚えているのか逆に疑問に思ってしまう。

 え? 経験から?……そうですか、……ある意味凄いです。


 社会学。

 王国の地理、王国の特産物、街道。

 ええ書庫の本に載っていますし、名前はまだまだ覚えきれていませんが、主要都市と周辺国の名前ぐらいは覚えています。

 なんなら地図で場所も差せますよ。

 学ぶなら地域社会に根差した社会学が良いです。

 ええ、いつも夕食後にお話ししてくれるやつです。


 家庭学。

 裁縫? 生地から洋服まるまる作れますよ。

 人使いの荒いコスプレイヤーの元カレの実力を舐めないでもらいたいです。

 掃除は上から順番に、あっ酢と重曹ありますか?

 あれ使うと綺麗になるんですよ。

 ええ、書物からの知識です。

 洗濯もできますよ。ほら、こうして水を魔力干渉して乱水流を生み出せば洗濯魔法の出来上がりです。

 手で擦ると布地が痛みますけど、此の方法なら細かなところまで水が流れ込んで行きますから、布地を痛めずに綺麗になります。

 料理は器具が違いすぎるのと食材が違うので戸惑いますが、簡単な調理なら適当にできます。

 前世では自炊はもちろん、仕事で忙しい両親の代わりに、妹が高校を卒業するまで毎日お弁当も作っていたので自信はありますから、普段から料理やらせて欲しい。

 この世界の食事、正直、あまり美味しく無いです。

 残念……、求められるのは出来れば良い程度ですか。

 そしてセイジさん達のお仕事は奪ってはいけないと。

 はい分かりました。

 お二人には大変お世話になっていますから、そんな真似はしません。


 と言う理由で、前世の知識と書庫の知識で無双しちゃいました。

 無論、年相応に一応は手加減はしましたけどね。

 何はともあれ、これで解放される〜と思ったのだけど。


「ユゥーリィに足りないのは女の子らしさだと思うのよね」

「……」


 そんなミレニアお姉様の言葉で、想定以上だった自分の娘の俊傑さに固まっていたお母様が解凍され、始まった淑女教育中級編。

 いえ、あの女の子として恥じらいを持つようにって、無理ですから、何度も心の中で言いますが中身は中年のオジサンですよ。

 せめてもの救いなのが、拘束時間がだいぶ短くなった事。

 結局は朝食後の一、二時間程を冬の間は毎日。

 理由としては一編に詰め込むものではなく、長い時間をかけて習慣づけさせるものだからそうだ。

 でも、幾ら時間を掛けても、女の子としての羞恥心は無理だと確信できる。

 なにせ中身はオジサンですから。

 嫌々ながらも、そんな日々を過ごし、本日の淑女教育の時間を終えた後。

 ふと、お姉様が雑談まじりに声をかけてくる。


「思うにユゥーリィって、自分に興味がないでしょ?」

「そうですか?」


 そんな事ないと思うけどな。

 色々と身に付けたくて努力している自覚はある。

 書物での勉強も、体力づくりや魔法の練習も自分がやりたいと思ってやっている事だし。

 むしろ自分の事のためだけに、時間を使っていると言っていい。

 いくら病弱な体を理由に許されている我が儘だとしても、そこは逆に申し訳ないとさえ思っているくらいだ。

 そんな私が自分に興味がないなんて事があるのだろうか?


「絶対にないわ。

 前にも言ったけど髪型はいつも同じだし、服も楽そうな部屋着ばかり着ているわよね。

 この間、作ってもらった服を見る限り、センスは悪くないみたいなのに、それをしないと言う事はそう言う事でしょ」

「ぁぁ……」


 指摘されてみれば、そうなのかも。

 そう言う意味では、自分に興味はないだろう。

 家族で出かける時以外は、髪は邪魔なので何時も後ろで適当に縛っているだけだし、服装も同じ理由で装飾の少ないもので、身体を締め付けない物を好んで着ている。

 作ってもらった運動着に関しては、任せるとヒラヒラなレースが増殖しそうなので、鏡に写った自分の容姿を見て、客観的に動きやすい物をとデザインしただけだから。

 今の私の身体能力では、そこまで運動性重視である必要性がないと言うのも理由である。

 まぁ……、趣味に走らなかった言ったら嘘になるけど。


「ねぇユゥーリィ。

 私って可愛いと思う?」

「えっ? それはもちろんお姉様は可愛くて綺麗です」


 ついでに巨乳で眼福です、とは口にしなかったけど。

 冗談はさておいて、艶のある赤い髪、大きくつぶらな瞳に、小さくて艶やかな唇。

 そして優しげで可愛い系の顔立ち。

 学校の教室にこんな子がいたら、まず間違いなく注目を浴びる。

 

「ちなみにどんな髪型が似合うと思う?」

「そのまままっすぐに髪を下ろしていても良いですけど、細い三つ編みをアレンジしたり、こう、片方だけ一房分を……」


 幾つか思いつく髪型を口にする。実際お姉様に似合いそうな髪型はいっぱいあるけど口にするのが難しいので、身振り手振りそ混ぜながら。

 もっともお姉様でなくても大抵の女性には合うかな。

 年相応の可愛い髪型もいいけど、マリアお姉様やお母様みたいに落ち着いたアップ系も似合うと思う。

 それに髪型もそうだけど……。


「お姉様は腰も細いので、上着の裾を短くして腰をもっと出してもいいと思います」


 歳不相応な立派な胸を強調できるし、それなら巨乳の娘にありがちな太って見える事もない。

 冬はお腹周りは冷えるから、ハイウエストのスカートを、……そこまで想像してから、お姉様が言いたい事を察する。

 ……やばい、罠に嵌まった。


「ユゥーリィは、私に可愛くて綺麗な姉でいて欲しい。

 それでそう言う格好して欲しい、そう思ってくれるんでしょう?」

「……ゔっ」

「なら私達がユゥーリィにそう思っても、何らおかしくは、な・い・わ・よ・ね?」

「……ぇぇと、正直、面倒くさいです」

「何か言いましたか?

 無論、言いませんよね?」


 逃げようとした私をお母様が退路を塞ぐ。


「お義母様、実家から私の子供の頃の服を取り寄せても良いでしょうか?

 少し手直しすれば、まだまだ着れますし、なにより此方のものとは系統が少し違うので、新鮮に写るでしょう」

「いいわね、私からも、お手紙は出させていただきますわ。

 服ももう一、二着なら作ってもいいわね。

 この間のは悪くはないけど、やはり作業着の範疇ですから」


 なにか私の知らないところで、勝手に話が盛り上がっているのは気のせいでしょうか?

 できればその辺りで暴走を止めて戴けると、私としては大変助かるのですが……、と言うか止めてください。


「こう言うのは形から入るのも重要よね」

「……可能ならば、そのままにしておいて欲しいのですが」


 お姉様の言葉に、諦めにも似た溜息を吐きながら本音がこぼす。


「ユゥーリィ、一応は選ばせてあげる。

 着せ替え人形になるのと、自分で身に着けるかぐらいわね」

「……寝込んで良いですか?」

「駄〜目っ」


 うぅっ、お姉様の容赦のない言葉と笑顔が眩しいです。






2020/03/01

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