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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
119/977

119.無意味な殺し合いは嫌いです。でも容赦はしませんよ。





「まだ生きてる」


 角狼(コルファー)と言う魔物群に襲われている二人。

 遠くに微かに見えるだけの人影は、こうしている間にもどんどんと近づいてきており、其処から得られる情報だけでも危機的状況だと理解できる。

 二人は足を引き摺る様に駆けてはいるけど、もう歩くのとそう変わりない速度。

 角狼からしたら、止めを差す間近ってところ?

 なら、急がないとっ。

 でも、この距離……いけるか?


 しゅっ!


 狙った獲物が百メートル程までに入ったのを見越して放った攻撃は、深い木々の間を白い影が抜けて、二人の周りにいる角狼へと差し迫り、大型犬を遥かに上回る身体を突き抜ける。

 左腕から伸びた白絹で編まれた魔力伝達用のコードが、私の魔力操作によってもう二体を素早く仕留める内に、右手で持った弓矢の射程距離に入った角狼に向けて碌に狙いもつけずに魔力で強化した矢を解き放つ。


 シュッ!

 シュッ!

 シュッ!


 狙いは後付けで十分っ!

 今は数を捌くのが先っ!


「う゛ぉぁーーっ!」


 横手から襲い来る角狼を、ブロック魔法の結界が弾くものの、角狼の魔力に触れたブロック魔法はそれでおしまい。

 魔法を解くまでもなく、角狼の魔力の固有波長に侵され崩れてゆく。

 そして、それを見越してか、その背後から新たな角狼が襲い掛かってくるけど、私が操る黒い魔力伝達コードが、新たな角狼と弾かれて地面に着地した瞬間の角狼ごとその胴体を貫く。

 封印した鋼線の魔導具の先端の錘には、群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)の爪を素材に使っているため、錘の先端から発せられる超高周波の風の爪は、硬い甲羅を持つ沢蟹の魔物である深緑王河蟹(エメラルド・クラブ)すらも貫く事ができる自信がある。


「「「「がぁっ!!」」」」


 群れと言う特性を活かした、複数での波状攻撃も……。


 びししっ!


 一際太い、強化型の魔力伝達コードが波打つようにしてに、そいつ等を弾き飛ばして行く。

 私は、結界と三本の魔力伝達コードを使った魔導具もどきで身を守りながら、白く長い魔力伝達コードと弓矢が角狼を襲い、そして……。


 角狼の群れの一部が、私から距離を置いて密集している場所に向かって魔銃を放つ。

 狙ったのはその一団の足元。

 着弾と同時に解き放たれたのは、水魔法と、水と風の属性魔法の融合魔法である氷魔法。

 と言っても、水魔法は私が良く使うコップ魔法を大規模にした程度のものに、僅かなタイムラグを置いて発生させた氷結魔法は、魔物を凍らせる程の威力はない。

 

 ビシッ!


 だけど、相手が唯の水なら話は別。

 突如として地面から沸き上がった大量の水が一瞬に凍り付き、そこにいた角狼の一団である七匹の動きを封じ込める。

 でも所詮は唯の氷、魔物を何時までも閉じ込めておける物ではない。

 持って数秒。

 でもそれで十分。

 何故なら次の瞬間には、白絹の魔力伝達コードの先端に付けた錘が、一団の頭部を貫いてゆくから。


「此れで三分の一っ!」


 不意をつけたおかげで、一気に此処までやれたけど、残る角狼は二十六匹もいる。

 本来なら、此処からが本当の戦いになるのだろうけど、弓と魔導具での攻防のおかげで、既に此方の準備は出来ている。

 私の周囲に浮く幾つもの小さな水球が、私の指示を待っている状態。

 結界によって包んだ大量の水を、高速に乱回転させながら極限まで圧縮した攻撃魔法の水球は八十程。

 それぞれ距離を取って数匹ずつ集まっている角狼へと、一斉に投げつける。

 一匹に付き三つの水球が、それぞれ違う軌道で追いかける攻撃に危険と感じたのか、反撃を狙う事もせず避けようとするが関係ない。

 この距離なら、魔力の紐で誘導(ホーミング)する水球が獲物を取り囲む方が速いし、何より水球は私の意思と共に直径十メートル程にまで広がり、その内に秘めた威力を解き放つ。


 ぶぉっ!!


 水球の正体は、超高速水流が生み出す水流カッターの竜巻。

 攻撃有効範囲にいた角狼はおろか、木々も岩も地面も関係なく、チリになるまで薙ぎ払ってしまう。

 そこに生きていたモノがいた痕跡すらもない。

 ただ残されたのは、剥き出しの地面に深く穿かれた何十もの大きな穴のみ。

 目視と空間魔法で周囲を確認して、周りに脅威となる生物がいない事を確認してから、深く息を吐きだす。

 正直、切羽詰まった状況に、魔力の効率どころか、加減する余裕も実力を隠す考えすらなく、力を振るってしまった事に、弓矢を持つ手が震える。


 こんな殺し方、最低ね。


 胸の奥で、その言葉を苦くて不味いと思いながらも、胸の更に奥へと飲み込む。

 せめてもの救いは、そのおかげで魔物の群れの意識を引きつけ、襲われていた二人を安全と思われる私の背後にして戦う事ができた事。

 前にも言ったけど、誰かの命を犠牲にしてまで、守るべき矜持ではないから。

 たとえ、その事で私が追い詰められる事になっても、そうすると決めたのは私自身なのだから。


「君は……」


 背後から掛けられた声に、今一度だけ地中を含めた周囲の安全を確認してから振り向いた先に見たのは、危機の状況を脱した事で脱力したのか、二人の男性は地面に座り込んでいおり、服だけでなく顔や髪にまで、血や土に汚れているところを見ると、それなりに怪我をしているのが分かる。

 特に茶色い髪の男性の方は、……数カ所を肉ごと食い千切られているものの、そのわりに出血量が少ないところを見ると、おそらく血止めの魔導具を使っているのだろう。

 コッフェルさんの所でも見たし説明も受けたけど、長時間の使用はそれ以上に身体に負荷をかける魔導具だと聞いている。

 そして深い緑色の髪の方も、それほどでは無くても、間違い無く重症で……。


 あれ? どこかで見たような。


 眉を顰めて、改めて緑の髪の男性……と言うか、まだ少年の顔に、もしかしてと思ってしまうけど、今は其れどころではない。


「私は教会とは関係ない人間ですが、治癒の魔法は使えます。

 使っても宜しいですか?」


 正直、これだけの怪我をしていて、教会の人間ではないから嫌だも糞もないと思うのだけど、この手の考え方を軽視するのは余りよろしくない。

 前世でも輸血を受けるぐらいなら、そのまま死んだ方がマシだと言う考え方をする人達がいたし、この世界でも、教会以外の人間に治癒魔法を受けるくらいなら死んだ方が良いと考える人間がいる。

 別に人に恨まれること事態は、どうとも思わないけど、好き好んで恨まれたいと思う訳でもないので、責任の判断を相手に丸投げ。

 ええ、丸投げした時点で、その結果が齎す事に対する事を受け入れる覚悟もする。


「頼む」


 まずは一番重症な茶髪の方を治そうと近寄ると、無事な方の右手で傷口の一つを押さえながら、自分より緑髪の少年をと言ってくる。

 おそらく身分的な問題なのだろうと思う。

 でもそんな事は、知った事じゃない。


「どちらを先にやるかは私が決めます。

 怪我人は黙っていてください」


 ただでさえ面白くない殺しをやる羽目になったのに、これ以上この二人に付き合っていられない。

 まだ何か言おうとする茶髪少年の顎を、左手一本でもって、口ごと塞いで黙らせる。

 無駄ですよ、幾ら素の筋力がなかろうと、身体強化した私の手は、あの程度の魔物に追い詰められる程度の貴方達に解けるほど柔くはありません。

 そのまま、掌にあたる少年の唇と吐息の感触を我慢しながら、魔力の固有波長を読み取り、自分の固有波長をリズムをとるように合わせる。

 最近は練習機会が増えて慣れてきたとはいえ、他者への波長を合わせる時の息苦しさには、まだ慣れない。


治癒魔法(ヒール)


 ふぅ……、手を当てていたのが患部から離れていたため、無駄に魔力を消費する羽目になったけど、とりあえず目に見える重症箇所は治したはず。

 細かい怪我などはまだあるかも知れないけど、それこそ後回し。

 今度は緑髪の少年を、……こっちは大人しく治療を受けようとしたので、そのまま患部近くの肌に手を当て、こちらは細かく治癒魔法を掛けて行く。

 全体を一度にやるより、怪我の箇所箇所でやっていく方が魔力の効率も良いと言うのもあるけど、なにより怪我人の負担も少ない事は、故郷の神父の話や、此処半月ほどの付き合いではあるけど、四人の少年少女を実験台に学んだ事。


「まだ痛む所はありますか?」

「いいや、助かった。礼を言う」

「顎がおかしいんだが」


 緑髪の少年の方はともかく、茶髪の少年の言う事は、自業自得だと心の中で毒づいて聞こえなかった事にしておく。

 治療魔法を掛ける前に、まだ出血し続けているのに、後回しにしろだなんて馬鹿な事を言う元気があるなら、それくらい我慢してほしい。

 だいたい治癒魔法の中心部分で、なんともないはずなのだから。


「まさか君にこんな所で会い、助けてもらうとは」

「ああ、やっぱり、書籍棟にいた」

「覚えていなかったのかい?」

「あの一度で何を覚えろと?」


 確かに特徴のあると言えるほど、顔の整った少年だけど、特に覚える程ではない。

 世間的には、こういう美少年に声を掛けられたり微笑み掛けられたりしたら、黄色い声を上げて喜ぶ少女も多いんだろうと言う事は分かるんだけど、私の中では緑髪で十五歳ぐらいの美少年、その程度の符号でしかなく、あの時の会話から用があるのは彼だから、また声を掛けてきたら、覚えても良いかと言うぐらいだった。

 そしてそんな私達の会話を聞いていた茶髪の少年は顔を歪め、突如として私に非難の言葉を吐き出す。


「貴様がヴィー様を唆したから、ヴィー様をこんな目にっ!」

「止めるんだ。

 これは私が招いた事態だ。彼女は関係ない」

「いいえ、違いますっ。

 こんな山奥でまで来て、こんな目にあったのも、こいつが、ヴィー様にくだらない事を吹き込んだからです。

 何故、それを分かってくれないんですか」

「ジッタ、口を慎めっ、これは命令だっ!

 ……くそっ、こんな事言いたくないのに」


 ああ、そう言う事か。

 今のやり取りで、なんで彼らが此処にいて、こんな目にあっているのか、想像がつく。

 そして、その責任の一端は私にもある。

 ああ、それは分かる。

 でも、本当に責任を持つべきなのは、私ではない。


「でしょうね。

 責任は貴方にあるのに、したくもない命令なんてしたら、余計に気分も悪いでしょうね」


 私は情け容赦なく、言葉を突き立ててあげる。

 したくもない事をして気分が悪いのは私も同じ。

 最終的に自分で決めたとはいえ、しなくても済んだ殺し合いをせざるを得なかった。

 しかも相手の命を奪う事に尊厳もない、私の嫌う殺し方を。


「貴様っ、ヴィー様に向かって不遜な・」


 ズサッ。


 何か囀る茶髪の男の目の前に、鋼線の魔導具が上から降り注ぎ地面深くに突き刺さる。


「何か言いましたか?

 従者でありながら、主人である彼を止めきれなかった人が、その責任において私に何を言うつもりです?」


 一瞬で言葉を失う彼に、続けて容赦なく言葉を浴びせてあげる。

 やや乱暴だけど、仕方がない。

 あんな目に遭った後で、神経がササクレ立っているのだと思うし、誰かに責任転嫁したいと言う気持ちも理解できる。

 でも、幾ら私に自分で稼げと言われたからと言って、危険が伴う狩猟で稼ぐと決めたのはおそらく緑髪の彼。

 そして、こんな山奥まで来たのも彼の意思。

 だからこそ、彼は最初から黙って自分の責任だと、懺悔の念に押されるような態度だった。

 そして私に罵倒を浴びせようとした茶髪の少年は、主人を止めきれず流されるままに此処まで来てしまい、守るべきはずの自分の主人である彼に重傷を負わせ、更には自分達も命が危うい状況にまで追い込まれていた。

 これでパニックになるなと言うのも、無理からぬ話。

 少なくても普段は心配性なりに、面倒見の良い人間なのだろう事は、緑髪の少年が自分の物と共に、彼のためにも砂時計の魔導具を手に入れようとしていた事から、安易に想像がつく。


「自分の力量も推し量れずに、こんな山奥まで来て、自分ばかりかお前にまで怪我を負わせたのは、ジッタの主人でもある私の責任だ。

 幾らお前でもこれはだけ譲れない、いいなっ」

「くぅっ、ヴィー様がそこまで言うのなら」


 多少、演技じみてはいるけど、こうやって緑髪の少年が従者である茶髪の彼を始終振り回しているのだろうなと思うと同時に、そうやって忠誠に尽くす自分に酔っているから、こんな目に遭うのだとも思ってしまう。


「そして部下の責任は主人が負うものだ。

 部下が失礼な事を言った、どうか謝罪を入れさせてほしい」

「謝罪は受け入れるわ。

 こう言う事は、これっきりにしてほしいけど」


 別に謝罪なんてどうでもいい事だけど、そう言う儀式じみた事を求められるのが、貴族だったり、立場のある人達にとっては大切な事。

 それで相手が満足するのならば、それに付き合うのも仕方がない。

 必要無いと下手に言って、下手に拗らせても面倒だからね。


「それで真面目な話、まだ何処か痛む所はありますか?

 そちらは暴れるから、きちんと治癒の魔法は掛けられませんでしたから」

「ぐっ」

「ジッタ、正直言うんだ」

「これくらいは」

「ジッタ」

「……足首がまだ」


 そうして見せて貰った箇所は、たいして酷くは無いけど腫れているのが分かる。

 痛みは先程よりマシらしいけど、やっぱり私がきちんと認識しきれなかった事と、手を当てた箇所から一番遠い場所と言うのもあると思う。

 この辺りは、私の治癒魔法が、まだまだ未熟な所なのだと実感する。

 そしてそんな私以上に未熟なのが……。


「全く、こんなに足を腫らしたままで、どうやって帰るつもりだったのか」

「これくらい、いぎっ!」

「これくらいなんです?

 少しばかり強めに足首を回しただけで声を上げる人が、無理を通して更に迷惑を掛けるつもりだったのですか?」


 治癒魔法を終え足首のあたりを確認している茶髪の少年に、私は更に言ってあげる。

 今回は偶々命を拾っただけだと。

 なら、せっかく拾った命なのだから、そこから学ばなくてどうするのだと。

 誰かのせいにするのは楽で良いかもしれないし、これからも誰かのせいにして生きてゆきたいならともかく、それは貴方が目指したい姿では無いのでしょと。

 まぁ、人を憎々しげに睨みつけてくる事から、どこまで通じているか怪しいものだけど、こんな死にそうな怖い目に遭った直後だから、それは仕方がない。

 あと……。


「自分達より年下の、しかも女の子に助けられた時点でプライドも何も無いでしょ。

 なら、あとは必死になるだけの事、男なら尚更ね」


 こう言う事に男も女も関係ないけど、男と言うのはそう言う生き物だから仕方がない。

 例え憎まれようが、其れが起爆剤になるのなら、喜んでなってあげる。

 それが、大元の元凶になった私なりの誠意だから。






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