117.鍛錬は日々の積み重ねが大切なんですよ。
「はぁ…はぁ、はぁ、はぁ、あ、ありがとう…はぁはぁ、ございます」
「無理しなくても良いわよ、挨拶は息を整えてからでね」
「そうそう、同い年みたいなものだし、敬語もいらないから」
「だよなぁ、でもまさかラキアと同い年とは思わなかったけどな」
「色々と足りなさそうだもん・痛ぇっ!
いきなり何をするんだっ!?」
「「当然」」
お言葉に甘えて、息を必死に整える事に専念するんだけど、何か失礼な事を言われた気がするけど、今はそんな余裕はないので放置を決定。
すでに私の代わりに、女性陣二人の冷たい視線に晒されているので、今の内に口の軽さを矯正してもらえると良いですね。
言われている内が花ですから。
雑談交じりに私を見守ってくれている四人は、先日自主鍛錬中に怪我をした事が切っ掛けで、こうして早朝に私の鍛錬に付き合ってもらっている。
アドルシス。十四歳
ギモルアード。十四歳
セレナーゼ。十三歳
ラキアラ。十二歳
体格もよく、上の講義を受けていたので、てっきり一つ二つ上だと思っていたけど、まさかその内一人が同い歳とは思わなかった。
年上と言っても、男の子の成長期は此れからだから、きっと此れからの数年で一気に体格が良くなるんだろうと思う。
え?なぜそんな事を思っているか?
うん、こうして並んで見てみると、ジュリエッタさんの方が背が高いように感じるからです。
口に出しては言えないけどね。
「ユゥーリィは、筋力と体力が無いだけで、身体は動くから、あとは理論的に身体を動かし、それを体に染み込ませれば、だいぶ変わると思う」
「そうだな。あの変な体操がそれなりに効いていると思う」
「え? 私は格好良いと思うけどな。
確かに最後の方はヘロヘロだからそう見えるけど、最初の方と比較して本来の舞踏を想像してみると、結構、良い感じみたいだし」
「そうそう、兄さんはそんなんだから駄目なんだよ。
私がやってみるから見てて」
「おお〜っ、確かに同じ動きなのに、ラキアが踊ると格好良く見える」
「仕草に余裕が出るから、可愛くて魅力的な踊りよね」
「なんだ、もう終わりか?」
「あははっ、実は覚えているの此処までなんだ」
うん、確かに可愛く踊れている。
私だと、最後の方はくたびれてしまい、タコ踊りみたいになっちゃうから比較されてもしょうがない。早く私も、ああ言う風に踊れるように頑張らねば。
そう言う訳で、この四人には、こう言うところも含めて感謝している。
集団教育である講義では、他者と比較し合いながら自分を磨いて行くのが、此処の教育システム。
なんにしろ一対多数では細やかな指導にも限界があるし、本来は専用に人を雇って指導を受ける訳だけど、生憎と私にはそう言うコネがないし、そこまでは求めていない。
私に必要なのは、相手の攻撃を避わし、不意をついて逃げきる事。
ええ、肉弾戦なんて望んでません。
攻撃なら魔法があるので、魔法が使えない相手からの攻撃を避けたり、逃げるための技術が欲しいだけです。
「真面目な話、反応も良いし、相手の動きもよく見ているよな」
「反応だけなら、私等の中で一番のラキアよりも良いわよね」
「確かにね、筋力がないから俊敏さに繋がってないだけで」
「あと変則的な動きにはしっかりと反応するかと思えば、簡単なフェイントに引っかかるし」
「まぁアレだな。
此処数日で分かったのは、基本的な対人戦の思考が出来ていないのと、自分に合った動きを見つけられていない感じだな」
言われてみれば思い当たる節はある。
狩猟を趣味にしていれば、相手の動きを良く見る事や、反応は自然と良くなる。
野生動物や魔物の、人間ではあり得ないような不規則な動きに反応できる反面、人間同士の高度なフェイントは一切知らないから見抜けられないし、どう動いて良いのかも分からない。
「そう言うのは、セレナとラキアが得意だからな」
「あんた達が脳筋なのと、勘に任せ過ぎなのっ!」
「経験に基づく超反応と言ってくれ」
「ああ、すごいねぇ〜、その超反応で、この間みたいな事も避けて欲しかったものね」
「「ぐっ……」」
そうですね、鍛錬中に調子に乗ってヒートアップし怪我なんて真似は、できれば避けて欲しいものです。
「いや、そのおかげで、ユゥーリィと出会えた訳だから」
「そうそう、怪我なんて気にせずに鍛錬し放題な訳だし」
「「「……」」」
幾ら話を誤魔化すにしても、それはない。
もう少し真面な誤魔化し方ができないなら、黙って女性陣二人に詰られていて欲しい。
おかげさまで、私までその中に入らざるを得ない。
もう馬鹿な発言した二人を見る事すら居た堪れなくて、二人を背にして女性陣三人で輪を作り。
「ねぇ、馬鹿はやっぱり死ななきゃ分からないのかな?」
「我が兄ながら、あまりの馬鹿さ加減に掛ける言葉もないわ」
「治癒魔法って、結局は祈りなんですけど、ああ言う事を聞くと祈れなくなりますよね」
「ユゥーリィ、少しくらいの怪我なら放っておいて良いからね」
「そうそう、あれくらい単純なら、普通に骨が折れたくらいなら、唾つけとければ治るだろうから」
「その時は、治してからもう一度折って、また治すを繰り返すとかしても良いですか?
あの時の私の心配と厚意を返せって感じなので」
「良いわね、その時は手を貸すから言って頂戴」
「手を貸すではなく、骨を折るからの間違えでは?」
「そうとも言うわね」
二人が口元をヒクつかせながら、土下座をしてくるまで、そんな会話を続けたのは、言うまでもない。
ええ当然です、たとえ冗談でも言って良い事と悪い事があります。
あの時、この二人の狼狽ぶりを思い起こせば、どれだけ心配していたと思うのか。
それを軽んじる発言をすれば、責められて当然です。
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ぴか、ぴかっ。
魔導具の砂時計が、三回目の砂が落ち終わる事を知らせてくれる。
今日は薬草学や植物学は飽きてきたので、鉱物系の本を読んで、使えそうな知識や技術を帳面に控えていた。
そう言えば、あれからあの緑髪の子を見ないな。
それほど日数は経っていないけど、親からの金を嘘をついて依頼に来るにしては時間が空いている気がするので、本当に何か自分で金策をしているか、其れとも私と顔を合わせづらくて、時間帯を変えたか。
なんにせよ私から動く事は何もない。
あれが私にとっての最大限の譲歩だし、それ以上は甘やかしにしかならないと思うから。
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じゃあ、彼女の場合はどうなのかと言われると。
「……」
「……」
光石を使った魔力制御の鍛錬に一区切りついた所で、薄く開いた目をハッキリと開け、天井に向かって息を静かに吐く事で、身体の中に溜まった僅かな緊張を吐き出す。
そんな私に、鍛錬内容を見ていたジュリエッタことジュリは、目を見開きパチクリと瞬かせている。
周りにある光石は大小合わせて、二百余り。
その全てを同時に扱う事は少ないけど、鍛錬中に全て使うため、私の大切な鍛錬道具である事には違いない。
「終わったから、好きに使えば良いけど、大切に扱ってね」
「分かっていますわ」
「それでジュリ、今日は幾つ行く?
二十個くらいいってみる?」
「まだ無理に決まっているでしょ、貴女と一緒にしないで頂戴。
今日も十個程お借りするわ」
そう言って近くにある光石を十個を手に取り、私と同じように床に、ただし正座ではなく女の子座りで光石を使った鍛錬を始め、その鍛錬の様子に、魔力の流れを別々に扱う事にだいぶ苦労しているけど、その調子で頑張って欲しいもの。
今、光石が高騰しているらしい。
と言っても元が元なので知れているのだけど、一時的な枯渇状態が彼方此方で起きているみたい。
理由としては、実家の製品を真似しよう、追いつこうと言う人達らしい。
特に化粧品は、配合比率の問題はあるけど、基本的に混ぜるだけだから、それも当然の流れだと思う。
もっともすでに光石を使った商品としてブランドは確立しているし、貴族達の中では、最初に商品開発をした貴族を優遇する暗黙の決まり事があるので、後二十年近くは安泰。
ただし化粧品だけに流行に沿った商品開発し続けていれば、と言う条件付きだけどね。
そして魔導師は基本的に光石を照明としては使わないため、当然、手持ちはなく、新たに手に入れようとしたジュリは、数個しか手に入れられずに私の手持ちの在庫に頼ってきたのだけど、前にも言った通り、私にとっては大切な鍛錬道具なので譲るわけにはいかない。
そう言う理由もあって、私の都合が許す限り、私の光石を使った鍛錬の後一時的に貸し出す事にしている。
つまり、あくまで貸出で融通する訳ではないので、甘やかしには当たりません。
何より彼女とは顔見知りだけど、彼はほぼ初対面なので、待遇に差があって当然です。
「ううぅ」
「こらこら、魔力を溜めた手で握りしめない」
上手くいかないからって、物に当たるのは勘弁して欲しい。
本人にとっては無意識な行動なのだろうけど、身体強化ほどではなくても、魔力を込めた手は、元の筋力によっては小石ぐらい割れてしまう。
そして彼女は、私と違ってそれだけの基礎筋力がある。
「素早くやる事より、ゆっくりで良いから同時にやる事を意識して」
「分かっていますわ、ただ、あれを見た後だと」
「私は六歳から、貴女は数日前から、これで同じ事を出来たら、私の方が本気で落ち込むわよ」
「わ、分かっているわよ」
魔力の強い人間は、細かな魔力制御はできないと言われているけど、決してそんな事はない。
単純に細やかな魔力制御をする時間を、威力を上げる事に費やしているだけの事。
それに細やかと言っても、魔法を同時に扱う程度の魔力制御は、威力を求める魔導師達にとっても必須な技術。
正直、今の彼女の制御力だと、彼女が手に入れられた数個の光石だけで十分ではあるけど、偶には上を見て鍛錬したいと言う気持ちも分からない訳ではない。
私も昔に歩んだ道だからね。
「ゆっくりで良いから確実にね」
そう言ってから私は再び自分の内側へと意識を向ける。
光石を使わない、基礎的な魔力制御の鍛錬をするために。
それこそ六歳の頃から、ずっと続けていた魔力制御の鍛錬を。
魔力過多症候群である私にとって、魔力制御の鍛錬は生きるのと同義だから。




