114.微力ながら力お貸ししましょうか?
ぐつぐつぐつ……。
野菜と共にロースト骨を香草と共に煮込む横で、ふわっと吹き上がりそうになり掛けた所で加熱を止めて、大鍋ごと木のテーブルへと力場魔法で移す。
鱒の身から作った鰹節もどきの出汁は、ゆっくりと冷ましてから瓶に入れる予定。
西洋スープのベースであるフォンの方は、もう少し時間が掛かるので、その間に今度は小魚の干物から作った出汁をとっておくかな。
その後は、野菜スープと玉葱スープ、ジャガイモのスープにトマトペースト等、作っておきたい物はたくさんある。
豊かな食生活は、人間を豊かにすると言うからね。
特にブイヨンやコンソメはベーススープとしては優秀なので、他のスープの五倍の量を作っている。
だってね、掛かる時間もそれくらい掛かるんだもん。数日単位でね。
そこまでこまめじゃ無い私は、なるべく一度に作って楽をしたい。
火魔法を使えば、窯口の数に捉われずに一度に調理できるし、水魔法と力場魔法で鍋の中を攪拌してやれば焦がす心配もない。しかも魔力制御の練習にもなると言う一石二鳥ぶり。
あっ、美味しい料理が食べれて、楽もできるから四鳥ぶりか。
「それにしても、こうグツグツ煮込む系って、どうして癒されるんだろう」
前世の時からの疑問ではあったけど、今世においても疑問だから、人類において永遠の謎なのかもしれない。
うん、今夜はこの内のどれかで、スープパスタを作るかな。
よし、この際パスタの作り置きもしておこうかな、どうせなら平麺と丸麺の両方が欲しいし。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「……はぁ、……はぁ」
体術の講義の後、私は鍛錬場の横にある緑の地面の上で、仰向けになりながら息を整えている。
運動用の服のあちこちは砂埃だらけだし、長い髪にも砂が絡み付いているのが分かるけど、今はもう少しだけ休憩させて欲しい。
実家にいた頃なら、こんな大の字でひっくり返っていたら、お母様に淑女とはと長い話を聞かされる羽目になっていたけど、今はそんな事は気にしていない。
と言うか、貴族の淑女である生徒も、似たような事になっているのは偶に見るので、武芸関係での鍛錬では、きっと許される事なのだろうと思う。
もっとも流石に服の乱れとかは、多少なりとも気をつけてはいるけどね。
「…今日は、…キツかった」
体術の教官は、厳しくはあるけど、基本的に熱心で良い人だ。
それぞれの生徒のレベルに合わせた内容を考えて教えてくれる。
無論、その中で私がダントツのビリだし、足手纏いなのは変わらないけど、偶にこうして一段か二段上の内容をやらされる事がある。
要は、上を見させるためと、甘えないようにと言う事なのだろう。
上のレベルを受けている講義を受けている学院生を連れてきて、今日は只管に攻撃を避けたり相手から逃げる訓練。
布を巻いただけの棒や、打撃は無しの掴みや体捌きだけだったので怪我はないけど、それでも一方的だったし、痣にはなっていないけど彼方此方と体が痛い。
向こうからしたら、私のような人間を、無傷で抑える練習だったらしいけど、悔しくないといえば嘘になる。
身体強化の魔法を使えば、なんとかする自信はあるけど、私と同じレベルの身体強化が使える相手なら、その時は手も足も出なくなってしまう。
少なくとも、身体強化を使える人間は、この学院で何人かいる事は確認出来ているし、魔導師でなく魔力持ちの中には、身体強化の魔法だけは使える人達も少なくないらしい。
つまり身体強化の魔法は、さして珍しくはないと言う事。
「ああ、風が心地良い」
強くなる日差しの中、まだ少しだけ風が冷たくなる事のあるこの時期、たまたま今日がその日のため、自然の風の恵みに感謝をしながら、身体を休めていると、何やら鍛錬場の方が騒がしくなる。
顔を上げて目を向けると、先程の講義の中で指導していただいた、上のレベルの人達が、数人が集まっている。
確か残って自主練習をしていたはずだけど。
どうやら、勢いが余ったのか、それとも不意に体勢を崩してしまって不覚を取ったのか、怪我をしてしまったらしい。
「……痛そう」
遠目でハッキリは分からないけど、足を抑えている所を見ると、どうやら骨折ぐらいはしているのかもしれない。
基本的に訓練中は、怪我をさせないように教官が気をつけてはいるが、それでも怪我は発生してしまうし、自主練習の時は尚更。
そして怪我は基本的に自己責任。
つまり怪我が治るまで休むか、高い金額を払って教会を頼るしかない。
しかし、幾ら貴族の子女とはいえ、誰しも怪我の度に支払える訳ではないし、此処の学院の存在意義を考えたら、よほど甘い親でない限り、重症でなければ手を貸さない。
そして、どうやら私は甘い人間らしい。
先程の講義の中でもそうだけど、私の過負荷訓練の度に呼ばれ、私の練習相手にさせられるあの人達をあのまま放っておくのは気が引ける、と言うのが本当の所。
互いにメリットがあっての訓練と言っても、どう見ても練習相手にすらなっていないと自覚しているからね。
「アドル、呼吸が落ち着いたら、足を伸ばすから我慢して」
「グゥぅう、ふぅ…ふぅ…、もう少しだけ待ってくれ、ぎぃっぃぃ…はぁはぁ」
「セレナ、今の内に当て木と包帯を持ってきてくれ」
「分かったわ」
どうやら、事故の衝撃から落ち着いて、救護状態に入った様子。
宿舎の方に駆けようとするセレナと呼ばれた女学院生を、敢えて捉まえて声をかける。
「なんでしたら、治しましょうか?」
「え? 一体何を言って、とにかく、悪いけど今は急いでいるから」
「ええ、ですから怪我を治しましょうか、と余計なお世話なら申し訳ありません」
どうやら、焦りのあまり、私の言葉の意味が理解出来ていなかったみたいなので、もう一度だけ尋ねる。
人によっては、教会の人間以外に治癒魔法を受ける事を、蔑視している人がいる事を知っているから、それを含めて今一度尋ねる。
どう言った理由で、その様な変な考えが生まれたかは、敢えて考えないけどね。
「ほ、本当にできるの?」
「ええ、一応は」
「なら、お願い。
お金はなんとかするから」
やはり彼等の家はそれほど裕福ではない貴族か、それともそう言う親の方針なのか、金銭的には教会に行く余裕がないみたい。
他人の怪我を治すのは、正直に言えば自信はあまりない。
なにせ、アルフィーお兄様の時以来だから、不安にもなると言うもの。
それでも彼を癒したいと思うのなら、それでも進むしかない。
「ズボン破きますね」
「グゥぅ…頼む」
なるべく後で縫いやすいように、力場魔法で縫い付けられた部分の糸を抜き取り患部を顕にさせると、……膝があらぬ方向に曲がっている上、周囲の肌が赤黒く腫れ上がっている。たぶん自然治癒では戻らない可能性が高かったように診える。
「いったい、どうしたらこんな怪我を?」
「アドルの膝が突然崩れたのに、間に合わず俺の戦斧が」
「違うっ…つぅ、俺の強化が間に合わな…うぐっ」
たぶん自分が許せないのであろう、悔恨に満ちた顔の少年の手には、鍛錬用の木製とはいえ重量のある獲物。
あんな物がまともに横から膝に当たれば、こうもなるか。
巨大な木槌のような物だもんね。
先が尖っている事を思えば、吹き飛んでいないだけ、最低限の身体強化は間に合ってはいたのだろう。
その事に感心しつつ、その間に怪我人の魔力の固有波長は掴み終える。
後は祈りながら、患部周辺を相手の固有波長で満たした魔力を触媒に、治癒魔法を唱えるだけ。
「治癒魔法」
治って欲しい、元のように動ける足に。
この少年が、まだ夢を見続けれるように。
祈りながら、【聖】属性の魔力を更に流し込む。
そうして起きた奇跡の割には、魔力そのものはそうは消費しないが、それは私の感覚でしかない。
そして、四人の少年少女達の心配げな顔に、喜びと安堵の顔が戻ってきた事に、私も安堵の息を吐く。
久しぶりの他人への治療だけど、どうやら上手くいったようだ。
私の持つ魔法の中で、一番使用回数が少ない部類の魔法の上、人様の命や将来が掛かっているため、どうにも慣れそうにもない。
そう言う意味では神父様達や教会の人達には、本当に心から尊敬できる人達だと思う。
ただ、ごく一部に尊敬できない人達がいて、そう言う人達に限って権力を持っているため、教会というイメージが悪いのは、きっと私が捻くれているからなのだろう。
「あ、ありがとう。助かった」
「貴女、凄いわね」
「す、すまない治療費はなんとかするから、少しだけ待ってくれ、なんとか稼ぐから」
「感謝するわ。
魔導師と聞いてはいたけど、治癒術師だったのね」
とりあえず捻くれた私の考えは、四人の感謝の言葉と眼差しに少しだけ癒される。
相手を癒して此方が癒されるというのは、変な話だけどね。
そしてやっぱり、だいぶ金銭的に厳しいようだ。
講義や鍛錬の時間を減らして狩猟を増やさないといけないとか、街に日雇いの仕事を探しに行かないととか言っている辺り、それなりに自立した人達なのだと分かる。
前世では考えられないけど、この世界では中学生くらいの子は十分に働き手になり得る年齢。
ただ、成人した大人とは認められていないだけでね。
「アドルの怪我って、相場いくらだと思う?」
「骨折だけでなく、完全に膝が逝っちゃっていたからなぁ」
「銀板貨一枚じゃきかないわよね?」
「肘を潰された知り合いは二枚取られたとか聞いたぞ」
「足だからな、もう少し上だよな。
……歩けないと色々終わっているし」
アルフィーお兄様の時や、シンフェリアの教会で見学させてもらった時の事を考えていたけど、やっぱりそれくらいなのかと、その手の相場を知らない私に取って、こういう経験者の話は勉強になる。
そしてそう言う事なら、私にも考えがある。
体術の特別講義よりも、互いにメリットのある考えが。




