112.古びた悪友達の酒宴、何時まで経っても子供で困ります。
コンフォード侯爵家当主。
【ドゥドルク・ウル・コンフォード】視点:
昼間の喧騒は既に鎮まり、部下共も既に己が宿舎か屋敷へと戻って、今日の事を肴に仲間と共に酒を飲んでいる頃だろう。
コク。
芋の蒸留酒のお湯割が心地良く喉を通り過ぎ、適温に温められた湯によって、酒の持つ芳醇な香りを更に膨らませた良い香りが、鼻から抜けてゆく。
「ふむ、部屋に置いておくのも悪くない」
「やっぱ、こう言う使い方になるな」
「お前もか」
「ああ、昔に見せた奴を十年ほど使っていた。
此処まで便利では無かったがな」
目の前に座る白髭の老人は、儂より年上だが信頼のおける人物。
まぁ口は悪いが、それを許すだけの信頼関係が儂等にはある。
戦友であり、相談者であり、親友だ。
共に魔物が跋扈する戦場を駆け抜け、こうして生き残ってきた間柄。
下手な血の関係よりも、よほど濃い関係と言えるものだ。
「苦労をかけたな」
「いや、十年、何も進んでなかったからな、そこまでじゃねえ」
フェルの言葉は謙遜に聞こえるが、本当の事なのだろう。
だがその十年は何も進んでいなかったのではなく、何も出来ない自分を悔い悩んでいた十年だったのではないかと思う。
昔から、責任感の強い男だからな。
もっともその責任感が、当時は部隊命令を無視しての独断行動が多く、何度も悩まされたものだ。
それ以上に、助けられもしたがな。
「なるほど、あの娘が原因か」
「ああ見えて凄えぞ、いろんな意味でな。
この間なんぞ、俺に対して一刻以上も説教を垂れたからな」
「ふははっ、傍若無人を絵に書いたお前をかっ!?」
「まったく、昔の俺を知っている奴からしたら、笑い話にもならねえ」
フェルと共にやってきたあの娘は、試用と言う名の宴会になった所で、早々に己が帰るべき所に帰っている。
酒の入った席に子供とはいえ、若い娘がいつまでもいるべきではない、とフェルに諭されていたからな。
確かに見た目的に十歳ぐらいの娘ではあったが、将来は見目麗しいく愛らしい娘となるのは誰が見ても想像に難くないし、将来は求婚者が殺到する事は間違い無いだろう。
もっとも、色なしを受け入れられるような、懐の深い家があればだがな。
「正直、本当にお前の娘ではないのかと、何度も疑ったぞ」
「しつけえっ!
いくら俺でも、あんな実娘が居たら、放置しておくほど落ちぶれてねえぞ」
「そうなんだが状況が状況だ、そう思われても仕方あるまい」
不味い酒だと言わんばかりに、一気にグラスの中の酒を飲み干し、代わりの酒を作り始める。
実際、疑いはしたが、違うであろうと言う事も感じていた。
それぐらい血の関係を感じない二人だったからな。
なにより、お前の娘にしては出来すぎているからな、とは流石には口にはせんがな。
「さて、冗談はさておき、酒が深くなる前に商談をしておこうか。
まずは夏までに四百、冬に入るまでにもう四百欲しい」
「他の仕事もある、四百は流石にきついな」
「弟子がいるだろうが」
「言っただろ、あの嬢ちゃんは弟子じゃねえと、正真正銘の共同開発者だ」
「……本当なのか?」
「ああ、本当だ。
それと商談の件だが、ドルクが協力してくれるなら、数はいくらでも可能になる。それこそ夏までに千でも二千でもな」
昼間は冗談の類で、せいぜいキッカケぐらいと思ってはいたが、フェルが此処まで断言するのなら、そうなのであろう。
フェルが認めるほどの魔導具師となると、相当な腕のはず。
それをあんな幼き子供が、そうは思うが今はそれ以上に気になる事がある。
幾ら王国南西部では、フェルより上の魔導具師はいないと言われてはいても、夏までに千は盛りすぎだと思うが、この男は昔からその手の類いの嘘はつかない。
どこまでも現実主義なところがある男だからな。
だからこそ興味が湧く、個人の資質と技量が大きく影響する魔導具師において、どんな真似をすればそんな事が可能になるのか。
故に尋ねると、フェルはいきなり目の前の魔導具を分解し始め、その中身を儂に見せる。
見せるのだが……、昔の物に比べ、随分と小さな魔法石が使われている事に驚く。
「此奴は、魔導具としての能力を、極力単純化した魔法石だ。
つまり、魔法石さえあれば、俺でなくても簡単に作れるって訳だ。
あと魔法石以外の部分もそうだ。
金型を作ってあるから、職人ギルドに回せば、喜んで数を作るだろうぜ。
まぁ一部の部品の製造先は、既に決まっているがな」
確かに、フェルの言う通りならば、夏までに千でも二千でもいけるだろう。
だが、それでは魔導具師であるフェルは儲ける事ができん。
なら製法の買取という事になるが、それならばこの男はこんな遠回りな事は言いはしない。
つまり、他に目的があると。
それが何なのかはまだ分からぬが、現状で分かる事といえば。
「協力する魔導具師と魔石の確保か」
「ああ、あと協力者の保護は必要だな。
この手の魔導具には、神経をピリピリさせている馬鹿がいるからな」
なるほど、それもあり得る話ではあるな。
目の前の男が、今は名前だけ所属しているギルドの上層部は、魔導具師の存在を嫌っているからな。
自分達の活躍の場を奪いかねないとな。
だったら自分達の信じる魔法で、魔物共を駆逐してみろと思うのだが、大抵はそんな事を言うのは、歳をとって力を無くした老害どもだ。
「だがな、最近はこの手の魔導具の噂を聞くぞ。
照明、輝く化粧品、光り輝くドレス、おまけに、夜間戦闘にも使える照明の存在、考えすぎではないのか」
「その話は後に置いておくとして、商談の続きだ。
ドルクおめえの名前で、専用の商会を一つ作れ。
その商会で今回の魔導具の製作を一気に引き受け管理する。
俺への報酬の一部として、一台につき銀板貨一枚を納めろ」
なるほどな、それならばフェルにも儲けは出るだろう。
しかも何もせずに金が入っていく仕組みだから、製造法を売るよりは儲けになるかもしれんな。
気になるのは……。
「お前にしてはえらく安い金額だな」
「ふん、言っただろう、一部だと」
「だろうな」
「まずは、専用の魔力伝達用の紐の製造契約に使った金板貨一枚と、継続契約で置いてきた前金、金板貨一枚、これは必要なら先方に確認してくれて構わねえ。
あと今回納めた試用品四十一台分の代金として金板貨八枚だ、一台分はまけておいてやる」
全部で白金貨一枚分か…。
さすがに端金とは言わないが、それでも安い。
あれだけの頑強さをしめしながら、この大きさと軽さ。
それこそ十年以上前に見せてもらった試作品とは、別物と言える魔導具。
開発に費やした年月と、この魔導具の利便性を考えるとな。
今後、一台あたりに報酬があると言っても、フェルの年齢的にそうは長くない。
つまり……、金以外が報酬か。
「わかった、そちらは手配しておこう。
それで本当は何を望む?」
「話が早くて助かる」
そう言って、フェルが語った報酬は……。
魔導具に使われている、魔力伝達用紐の製造元の商会と、それを運営する貴族の保護。
まぁ、これは当然だ。
言われなくても、庇護下に入れるつもりだ。
例え派閥違いでも、そう言う理由があるのならば、それなりに目を光らせられる。
まぁ少しばかり利益を分ける必要はあるが、フェルの言う派閥の者であるのならば、さして問題はないな。
やや横紙破りにはなるが、ほぼ一方的に言える相手がいる。
眉を顰めさせたのは、この後の話だ。
「あの嬢ちゃんの名前を、オメエの作る商会の出資者の中に入れておいてやってくれ、今は名前だけでいい」
「……そこまで気を掛けておいて、本当にお前の血縁者ではないと言うのか?
それとも惚れた女の娘とか?」
「諄いぞドルク。
これも健全な報酬だ、あの嬢ちゃん、俺から報酬を受けるつもりねえからな」
フェルが言うには、最初は口利きした謝礼として魔導具の意見を聞く程度のつもりだったが、ガッチリと開発に関わっておるのに、本人は口利きの謝礼としか思っていない。
ならば強制的な報酬として商会の出資者として名前を入れる事で、我が侯爵家の庇護下に入れて置きたい。
あの娘は、自分達とは違う類の魔導具を作るのが好きだから、馬鹿な連中が何れ目を付け、狙われるだろうと。
「そう言う事なら引き受けるが、少し考えすぎでは無いのか?
幾らお前が認めるような魔導具師であろうと、まだ駆け出しの上に子供だろうが。
逆に名前を置く事の方が、よっぽど重しになる事もあるぞ」
「ただの駆け出しのガキなら、俺も此処まで気を掛けねえ。
さっきお前さんが言った魔導具、全部あの嬢ちゃんが関わっている。
この冬に軍が正式導入した奴もな」
そうしてフェルの口が語った内容は、正直、信じがたい内容だったが、この男が調べたと言うのなら、自ら調べさせた結果なのだろう。
しかも、目の前の魔導具も、ほとんどがあの娘の主導による開発だとか。
その上、今回の試用会や製造開発にかけても、彼女の発案で率先して行ったと言う。
「書籍が保証人、服飾が後援者として動いているが、あくまで影からだ」
「そこで我が家の庇護が欲しいと言うわけか」
またもや新たに聞く話に、内心驚きを隠せない。
その、二つのギルドが動いているのであれば、余程の事で無い限り問題は無いとは思うが、フェルが望むと言う事は荒事関係か。
二つともそう言う手段を持っていない訳では無いが、本職では無いからな。
そしてその二つのギルドが、そこまでしてあの娘を気に掛けると言う事は、それだけの価値があの娘にある事を、各ギルドに示していると言う事。
なるほど、そう言う背景を考えれば無い話ではないな。
あのギルドの上層部のバカ共は、成り損ないと蔑む者が、自分達より目立つ事を嫌うからな。
「了解しよう、息子にもこの約定を継承させる。
だが、そこまで求めるのであれば、籍を用意しても構わぬが?」
「止めておけ、あの嬢ちゃん、それが嫌で家を飛び出した口だ。
同じ事になるのが目に見えている」
名乗る家名がないとは言っていたが、そう言う理由だとはな。
まだ小さいと言うのになんて豪胆な真似をするのかと思うのと同時に、貴族としての義務を放棄した事実に、少しばかり苛立ちを覚える。
そんな俺の考えを読んだのだろう、フェルは儂ですら胸糞悪いと思う彼女が家を出奔した理由を告げる。
昔や、花街では無い話ではないが、聞いていて面白い話ではない。
儂にも、あの娘より少し上の孫娘がいるだけに、反吐が出る話だ。
言った当人も胸糞悪くなったのだろう、互いにグラスの中身を一気に煽り、新たに酒を作る。
おそらくは何処かで誤解や、行き違いがあったのだと信じたい話だ。
そんな話があって、自身も魔導士であるのならば、出奔を考えるのも無理からぬ事か。
「あと職人ギルドに紹介状を書いてくれ、あの嬢ちゃんに今回の製造の話を持って行かせる。
製造方法を考えた人間に説明させるのが、一番確実だろうからな」
「ふむ、……それは構わぬが、職人ギルドならば、フェルの大姪経由で構わぬのでは?
たしか、この秋にギルドの支部長の息子と式を挙げると、この間嬉しそうに話していた覚えがあるが」
「だからだよ、嫁の義理で受けてやった仕事ではなく、嫁の知り合いが割の良い、しかも侯爵家に関わる仕事を持ってきた。
そう思わせた方が後々都合が良い。
どうせオメエの所でやるか、ウチでやるかの違いだ。
手間が省けて良いぐらいに思っておけ」
実際そこまで単純な話ではないのだが、それを分かっていて言う辺り、この男の強引な部分ではあるが、そう言う所も含めて親友ではあるのだから仕方がない。
それに、家で商会を作り製造・販売するとなれば、当家にも利益の出る話だからな、それくらいならば、普通にある話だ。
だが、そんな事は普通に言えば良いだけの事。
商談の条件として付け加えるまでもない事を言うのは、この男らしくはないな。
何を考えている?
その儂の考えを読み取ったのか、フェルは意地の悪い顔をして、今しがた分解した魔導具の底蓋を裏返して見せ。
『戦ってくれている人達に、
せめて温かい食事を届けたい。
食べさせてあげたい。
ユゥーリィ』
他の魔導具には刻んでいなかった、そんな言葉が刻んであるのを見せ付け。
如何にも面白いと言わんばかりに、目の前の男は口を開き。
「此奴を、全ての製品に刻むように、記載しておいてくれ。
前に、そんな事を言っていたからな。おもしれえから刻む事にした。
いやぁ~、あの嬢ちゃんが、顔を真っ赤にして怒ってくる姿が目に浮かぶわ」
この男は、本当に妙な所で性格が悪いと思いつつも、この刻まれた言葉の意味に、つい瞼の裏が熱くもなる。
若い頃、薪が濡れて乾かさねば使い物にならなかったり、雨が続き調理が出来ずに硬い干し肉を噛んで、飢えを凌いだ事などは珍しくない。
それこそ魔物や隣国の強襲を受け、薪など持ち出す事すらできず、寒さと飢えに苦しんだ経験もそれなりにある上、それ等が元で命を落とした者も少なくはない。
若い頃のそう言った苦しみを知っているからこそ、フェルはおろか、多くの魔導具師にこのような魔導具の開発を依頼をしていた。
その想いを分かった上で開発された品、なんとも嬉しい話だ。
そして、これを受け取った者にとって、なんとも心の支えになる言葉だろうかとな。
「……そう言えば、一台はおまけと言っていたが」
「ああ、此奴だ。
嬢ちゃんにバレねえようにコッソリとな」
まったく、此奴は昔から変わっていない。
気に入った相手には、時折こういった悪戯をする。
だから何時まで経っても独身なのだろうが、生憎と儂も此奴のこういった悪戯には、散々付き合ったのであまり強くは言えん。
だが、せめて男共だけにしておけ、と忠告だけはしていたのだが、結局は治らなかったようだ。
「お前の悪戯に付き合うかはともかく、刻まれた内容そのものは悪くはないな。
現場の将兵達ほど受け入れられやすくなる」
ああ、だから、このまま刻ませるつもりだ。
この男があの娘を守りたいと言うのであれば、それは有効な手段でもあるだろうからな。
それに、此奴の悪戯に付き合う気持ちがない訳ではないのも、事実だからな。




