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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
111/977

111.コンセプトは像が踏んでも壊れないです。





「ほう此れが、完成品か。

 前に見せて貰った時より、一層薄くなっているな」


 そう口にしたのは、五十代後半と思しき初老の男性。

 シックではあるが、洗練された高価な衣装に身を包んだ男性は、この地域では最も地位の高いお方。


 コンフォード侯爵家当主、ドゥドルク・ウル・コンフォード。


 あの……コッフェルさん、知り合いの軍閥系の貴族って。

 ……昔の戦友と、……あの、私の想像を遥かに飛び越しているんですけどっ!

 なんで言ってくれなかったんですかっ!

 知っていたら、なんとしても今日は用事を作っていましたよっ。

 ……え? そう言うと思ったから黙っていたと。…酷いっ!

 クソ爺いですっ!

 ひ、ひゃいひひゃい。

 頬を引っ張らないでください。


「ふむ、随分と楽しげだなフェルよ。

 それにしても驚いたぞ、一匹狼のお前が、とうとう弟子を取るとはな」

「馬鹿も休み休みに言え、弟子なものか。

 俺が弟子を取るような性格かどうかは、ドルクだって知っているだろうが」


 互いに愛称を呼び合っている所を見ると、二人はかなり親しい間柄のようです。

 ……え、私も呼んで良いと? なんの冗談ですか?


「俺としては対等な付き合いをしてえんだがな。

 そう言う訳でこの嬢ちゃんは弟子じゃなく、こいつの共同開発者だ」

「ほう、娘、名を述べるがよい」

「ユゥーリィと申します、家名の方は御容赦を」

「ふむ、ドゥドルク・ウル・コンフォードだ。

 知っているかもしれんが、この一帯を守護している」

「はい、領主であらせられる侯爵様には、深く感謝しております。

 私達がこうして暮らして居られるのは、全て侯爵家の庇護の下にあるからです」


 カーテシーを決めながら、礼節に則った挨拶をする。

 口にした言葉はお約束の物なので、特に礼儀に反してはいないと思う。

 正直、こう言う堅っ苦しい場は、全力で逃げ出したいです。


「ふむ、訳ありの娘か、まだ幼いのに難儀な事だ。

 まあいい、ユゥーリィと言ったな、お主の口からこの魔導具の説明をするがいい」

「光栄です。

 では話の前に、御協力して戴ける方を、何名かお借り出来るでしょうか?」

「ああ、話は聞いている。

 スコット、フォルス、ラジル、アル」


 侯爵様に呼ばれた二十代半ばの青年騎士。

 事前にコッフェルさんがお願いしていた通り、遠征時と同じフル装備で後ろに控えていた内の四名が、私の前に整列してくれる。

 うわぁ、流石に皆さん背が高く逞しい体格をされている。

 腕や胸周りなんて、アルフィーお兄様より何周りも太くて大きいですよ。


「此方のお嬢さんの指示に従ってやってくれ」

「「「「はっ」」」」

「短い間ですが、よろしくお願いいたします。

 では、早速で申し訳ありませんが、此方を背負い鞄の中に入れてください」


 大きな木箱から出したのは、専用のケースに収められた二種類の携帯(かまど)の魔導具。

 頑強な鉄で作った物と、軽量なアルミで作った物で、重量的には鉄の方が六割ほど重い。

 首を傾げながらも、それぞれの背負い鞄に入れたのを確認してから。


「すみませんが、そのままこの庭の周りを、全力で何周か走ってください」

「はぁ?」「…」「なに?」「ちっ」


 疑問に思う人や、不満に思う人もいるけど、流石に拒絶したり反論する人はいない。

 侯爵様の顎で出した指示に従い、渋々ながら結構な勢いで庭の周りを走っていく。


「ふむ、面白い事を考えるな」

「流石にお判りですか」

「普通に歩くのであれば、あの程度の重さの差など関係ないだろうが、急いで撤収したりする場合、僅かな重さの差が影響する。

 それを身をもって体感させるためか」

「はい、人との争いもそうですが、魔獣を相手となると撤収するにも体力勝負になります。

 そして逃げ切るためには、より身軽な方が生き残れる可能性が上がります」

「短い距離ならともかく、長い距離ともなれば、剣一本分の重さでも生死は別れるからな」


 以前に襲われた魔獣の赤色角熊(レッド・ベア)は、山道を十キロ以上も平気で駆け抜けて私を追い掛けて来ていた。

 しかも豪快に木々を薙ぎ倒しながらね。

 無尽蔵とも思える体力一つ見ても、魔物は人間にとって驚異だと言える。

 そんな話をしながら、改めて机の上に二種類の携帯(かまど)の魔導具を並べ。


「既にお気付きでしょうが、片方は鉄で、もう片方は(アルミ)で包んでおります」

「以前見せて貰ったものは鉄製だったが、なるほど拙速性を求めて、敢えて軽い(アルミ)を用いた物も作ったか。

 だが、知っていると思うが、騎士達にとって(アルミ)は信頼のない者と同義。

 受け入れ難いと思うがな」

「そこは考え方だな。

 文官に剣を持すな。武官にペンを持たすなって奴だ」

「フェルよ、横槍を入れるな。

 今はまだ、この娘から説明を聞いている」

「おっと悪いな嬢ちゃん」


 いえ、ナイスフォローですコッフェルさん。

 そして予定通りの突っ込みです。


「その事を説明する前に、また一度、御協力をお願いいたします」

「ギル、ダストン」


 侯爵様の呼びかけに、控えていた先ほどより屈強な騎士が呼ばれ、再び私の前に立ってくれる。

 軽く挨拶した後、六つのアルミの携帯(かまど)を机の上に並べ。


「これらを、思いっきり投げつけたり、地面に叩きつけてください」

「おいおい」「まじか」

「……フェルよ。

 止めるのなら今の内だぞ」


 私の言葉に騎士達は驚き、侯爵様も戦友であるコッフェルさんを慮って声を掛けるけど、コッフェルさんは黙って頷いてくれる。

 その様子に騎士達は溜息を吐きながら、携帯(かまど)を遠くに投げ放ったり、上に投げて地面に落としたり、此方の要求通り地面に投げつけたりと、六つ全て終えた所で、それを回収しに行ってくれるあたり、意外に親切なんですねと思いながら、もう一度同じ事をお願いいたします。

 ええ、この私の言葉に流石にお二人は呆れ果ててましたけど、もうどうなっても知らんぞと言いながらもやってくださる辺り、荒くれと言われる騎士団の方達の中でも、此処にいるのはきっと紳士な方達ばかりなのだと思う。


「御協力ありがとうございます。

 続きまして、使い方の説明をさせていただきます」

「……このままでか?」

「はい、このままを使います。

 あの程度は遠征中においては、あり得る事でしょうから、その程度でどうにかなるような物は作っておりません」

「「「……っ」」」


 散々地面に叩きつけられたり、投げ捨てられた魔導具を、そのまま使うという私の言葉に、騎士のお二人だけでなく侯爵様も、そして後ろで控えている騎士達も絶句して、小さく息を吐き出している。

 でも、今、言った事は本当の事で、二人の騎士がした程度以上の事を散々やってきた。


「此方が魔力を伝達する紐になりますので、此方の短い方をこの穴に差し、そしてもう片方の長い方を肌に当たるように服の下に差して下さい。

 腰でも顎でも背中でも何処でも構いません」


 魔力伝達コードの体への接触部分は、ベルトの幅くらいの革の板を芯にして、魔法銀(ミスリル)をネット上に編み込んで覆った物をとりあえず採用。

 一応は他のバージョンも用意してはあるけど、此方がお勧めとしている。

 その理由としては。


「これならば、さして動きを遮りませんと言う事もありますが、いざと言う時に抜き取りやすい形状の物を採用いたしました。

 野営や休息している場所が、必ずしも安全とは言えない事もあると思ったからです」

「そこまで考えての事か。

 だが、あれだけ乱雑に扱った後で、本当に使えるのか?」

「お試しになられますか?」

「ふむ、してみよう」

「では、失礼いたしまして」


 魔力伝達コードの先端を、侯爵様の腰からズボンの内側へと差し入れる。

 差し込んだ長さは五センチ程なので、そうは邪魔にならないはずだし、慣れれば気にならなくなる。

 この辺りは、照明の魔導具を開発した際の蓄積なので自信はある。


「このまま、此方のレバーを押しながら、ゆっくりと回して戴ければ良いだけです」


 カチッ。

 ぼっ。


「なるほど、確かに動作するな」

「あと四段階、火の大きさが変わります」


 私の言葉に、侯爵様はダイヤルレバーを回して、火力を調整して見せる様子に、大変満足している御様子。

 それを確認してから、更に木箱から取り出したのは、先程とは違うケースに入った携帯(かまど)……、に見えるかもしれないけど、実はケースには入っていない。


「そちらは?」

「専用のケースではなく、別の用具で挟み込んだ物です。

 材質としては携帯(かまど)と同じ(アルミ)ですが、こうして広げてやれば、テーブルと焚火台となります。

 テーブルの方は敢えて低めに作ってありますので、椅子代わりされても宜しいかと」

「なるほど、よく考えられているな」


 侯爵様の顔を見る限りは、既に勝負はあったと言えるけど、実際に此れを使うのは騎士達。

 ならば、騎士の方々に納得してもらわなければ意味がない。

 それに、そろそろ彼方の方も結果が見えてきた。

 周りの人が私が何を言いたいのか分かるように、身体ごと視線をやった先には、最初に全力疾走をお願いした四人の騎士。

 でも既に二人は大きく遅れ、走る姿にも疲れが見て取れる。


「では此処で、此方に居られる騎士様方全員に、御協力お願いいたします」


 私のその言葉と共に、コッフェルさんが指示を出して、此処からは見えないところで用意してあったテーブルと残りの携帯(かまど)三十台を、庭へと並べてゆく。

 そして携帯(かまど)の上にはフライパンが、そしてその横には様々な食材や、温めるだけの状態の物。


「是非とも、実際に調理をしてみて、お試しください。

 無論、此方の耐久試験に使われた物も、ご自由にお試しください」


 庭の周りを走っていた四人の騎士にも礼を言ってから、是非とも参加してくださるようにお願いする。あっ、その前に飲み物が欲しいですね。

 鞄の中から瓶とコップを取り出し、瓶の中のワインを注いでから、騎士達に渡してゆく。

 一杯では足りませんよね、どうか、お替りを注がせてください。

 ……あっ、試すのは背負っていた奴を試されると。

 今、空いているテーブルに御案内いたしますね。

 四人の呼吸が落ち着き、テーブルについた頃には、既に周りからは良い匂いが漂っており、肉を焼いていた人は既にワイン片手に食べ始めている程。


「フェルよ、随分と商売が巧くなったものだな」

「俺の訳がねえだろ」

「だろうな。

 お前がそんな性格だったら、俺は苦労しておらん」

「ふん、それはお互い様だろうが、オメエの無茶にどれだけ俺が尻拭いした事か」

「そのおかげで俺は、無事に引退できそうだ。

 この様な嬉しい土産付きでな」

「そりゃあ、めでてえな。

 お互い命あって現役を引退出来たんだ」


 既に周りはプチ宴会の装丁を見せ出した頃、元の場所に戻ると領主様とコッフェルさんが楽しそうに談笑しておられる。

 お互いに憎まれ口を叩き合いながらも、互いに信頼している事を感じ取れる雰囲気が、とても羨ましく思えてしまうし、素直に良いなぁとも思ってしまう。


「御歓談中、失礼いたします」

「ふむ、今日は実に楽しませて貰った。

 このような商品説明は聞いた事もないが、ウチの荒くれ共を納得させた手際は見事と褒めておこう」

「お言葉ですが、まだそこまでは」

「いや分かる。

 互いに命を預け合った仲間だからな」


 その自信に溢れた言葉と内容に押された。

 と言うより、浮かべた笑みとは裏腹に、その鋭い目と老獪さを纏った雰囲気に。

 領主であり侯爵家当主であるコンフォード様からしたら、年端もいかないただの小娘でしかない私の顔を正面から覗き込んでくる真剣な眼差し。

 

「失礼いたしました。

 ですが、このような仮初の納得ではなく、本当の意味で納得していただけるのは、此れからだと思っています」

「……なるほど、フェルが気にいる訳だ」

「あまり嬢ちゃんを虐めてやるな。

 こんな形だが、中身は図太くて度胸もあって怖いもの知らずだが、極々偶に見た目通り繊細になる事もあるんだからな。

 あと飯も美味えぞ」


 コッフェルさん、それ最後の所以外は欠片も褒めてませんよね。

 人をなんだと思っているんですか。まったく人を心臓に毛が生えたみたいに言って。

 それならばよっぽどコッフェルさんの方が心臓に毛が生えていると思います、べーっだ。


「フェルよ、言っとくが、どう聞いても惚気にしか聞こえんぞ」

「げっ、冗談はよしてくれ、俺にそんな趣味はねえぞっ」


 ええ、私も止めて欲しいです。

 コッフェルさんの事は尊敬してますし、感謝もしてますが、そう言う意味では欠片も見た事がありません。

 これからも潤滑な関係を築いて行きたいので、冗談でも止めて欲しいものです。






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