11.紐? いえ淑女です。 なので自爆魔法は御免です。
「よっ!」
腕を思いっきり前に振ると同時に指先から魔力の紐が伸びてゆき、紐の先にある光球は木に立て掛けてある的に当たる。
距離にして二十五メートルほどで、まずまずの命中力だろう。
何せ有線誘導付きですからね。
制御をしくじらなければ、狙い通り命中して当然……、とは中々いかない。
ゆっくりならばともかく、速度を上げればそれだけ制御が追いつかなくなるからね。
「ていっ!」
夏も終わりに掛かる頃、屋敷から離れた河原での魔法練習。
周りに人気はなく、それも当然だろう。
河原と言っても、屋敷からかなり離れた上、町の人の生活圏内からは結構離れている猟師の狩場としても人気のない場所。
あとは川の上流にいる川魚狙いか、山菜採りの人くらいだけど、そちらも此方より穴場があるので、まず人は来ない。
そう言う意味で安心して魔法の練習ができる。
「次が本日のメインメニュー」
今度は光球魔法ではなく火炎魔法。
ただし以前の大失敗から威力は抑えめで、発動させた火炎魔法は、ピンポン球くらいの赤い球。
それをさっきの要領で、川から突き出ている岩に向けて投げつける。
投げつけるイメージとしては前世における投げ竿。
指を竿の本体に見立てて、指先から魔力の糸が勢いよく伸びてゆき、そして先程より少しだけ距離のある岩に当たった所で……。
どっごぉーーーんっ!
まるでそんな音が聞こえてきそうな勢いで爆炎が吹き出し、岩を焦がす。
荒れ狂う炎が消えても真っ赤に染まっている岩を見る限り、かなりの威力がある事が伺える。
もっともその熱も、川の水に冷やされて赤みはあっという間に消え。
ピシッ。
河原に響き渡る乾いた音と共に、岩が割れ川の中に沈んでゆく。
今のは、それなりに魔力を抑えていたのに、あの威力である。
その事実に頬が引きつる。
普通に火炎魔法を発動させたら、何時かの二の舞で髪が焦げる心配があるし、どうせ魔力の紐と言うか力場で包まなければならないのだからと、包んだ上に圧縮を掛けてみたのだけど。
魔力の糸を切る直前にその圧力を開放してみたところ、文字通り爆発的に火炎が広がり、結果は見ての通りである。
「……圧縮すると威力が上がるのか」
バックドラフトみたいなものかな?
もはや火炎魔法というより火球魔法と言うべきかも。
酸素を求めてなのか、圧縮された魔力が解放された勢いなのかは不明ではあるけど、私としてはどちらでも構わない。
そうなると言う結果が判れば十分。
ふとそこで一つ思いついて魔法を発動し、頭上に紅球を生み出す。
使った魔力としては先程と同じくらいで、光球の大きさもほぼ同じ。
どっごぉーーーんっ!!
だけど生み出された威力は先程とは段違いの上、爆風に吹き飛ばされそうになる。
爆風の、舞い上がった砂埃が落ち着いたのを見計らって目を向ければ、的にされた岩は跡形も無くなっている事に、自分で行った事ながら唖然としてしまう。
種明かしとしては、火炎魔法の紅球の中に、もう一つ魔法を圧縮した球を仕込んだけ。
魔力の配分としては半々程度で、仕込んだのはドライヤー魔法の上位版ともいえる突風魔法。
【火】属性と【風】属性は相性が良いのは、前世のゲームの中では当たり前の常識だった訳だけど。
これは相性が良いなんてものじゃないな。
比率次第では、相乗効果に近い威力になる。
「……ちょっと今のはヤバイかな」
威力がヤバイのは確かだけど、それ以上に私の平穏がヤバイ。
今のは爆音が響き渡ったから、いくら山奥でも人が集まってくる可能性がある。
ここは逃げるが勝ち。
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「あなた、今日、崩落があったと聞いたのですけど。
あの音からして、酷い事になっていなか心配なのですが」
「ああ、儂も聞いた。
もしやと鉱山ではと駆けつけたのだが、特に異常はなくてな。
アルフィー、お前の方は何か聞いているか?」
「いや音は聞いたんだが、山で反響していて何処かは特定できなかった。
一応、町や各村に被害にあった者がいないか確認するように言ってあるし、街道の方にも人をやっています」
「さっきダルダックお兄様から、町の方は住民の確認が取れたって伝言を預かっていました。御報告が遅れてすみません」
「いや、構わん。
この話題がなければミレニアの方から言い出していただろうからな。
そうなると、後は各地からの確認待ちだな」
……。
………キョウノゴハンハ、オイシイナァ……。
必死に皆と目を合わさないように、黙々と手と口を動かす。
思っていた以上に騒ぎになっている事に、こう私の小さな胃がシクシクと痛くなる。
領主の家としては当然の会話内容なのだろうけど、このままこの会話が続いたら、きっと明日は胃炎で寝込む自信がありますよ。
「ユゥーリィ」
ビクッ
「ハ、ハイッ」
「どうしたのいきなりそんな吃驚して?」
「きっと昼間の音の大きさに、まだ怯えているんだろうさ。
ユゥーリィは臆病だからな」
「アルフィーっ! そういう言い方はないでしょ。
ユゥーリィはまだ小さいのよ」
お兄様ナイスフォローです。
お兄様に悪気がないのは分かっていますから、この際デリカシーのない言い方は聞かなかった事にします。
そしてお母様、そのまま私への追及の目は逸らしたままにしてください。
「ユゥーリィは、今日出かけていたのでしょ?
何か怖い目に合わなかった?」
「ぁ、ぃぇ、……その、木陰でお昼寝していたら音に驚いて」
「そう、それは確かに驚くわよね」
だけど追及の魔の手はお母様だけではなかった。
ミレニアお姉様の言葉に、何とか誤魔化すのだけど。
「ところでユゥーリィ。
シンフェリア家の人間、しかも女の子が無防備な寝顔を屋敷の外で晒したと聞こえたのだけど」
「へ? ぃゃ、その……、人気の無い場所でしたし」
「この際、人気があるか無いかは関係ないわ。
淑女たるもの、そのようなはしたな振る舞いが許されるかどうか、と言う事が大切なの。
お母様、お義姉様、どう思われますか?」
「ミレニアの言う通りね」
「何時までも幼いと言う訳にもいきませんからね」
ハハハッハッ……。
お母様方の目を細めた笑みに、ある意味、私の平穏が終わった事を察する。
この日、淑女たるものの心得、初級編その十三を延々と聞かされた挙げ句。
罰として、何故か三十分間もの間、ひたすら擽られ続け。
敏感になりすぎた皮膚の感触に、掛布が擦れるたびにピクピクと痙攣しながら、眠りに就く羽目になったのは、思い出したくも無い記憶の一つになった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
翌日、擽られ過ぎて、まだ敏感になっている肌に身体がモゾモゾするのを我慢しで、今日は何時ものラウンジで【オルフィーナ大陸放浪記ーⅠ】に目を通している。
二百年ほど前の著書ではあるけど、なかなか面白く内容で、土地毎の風土や食べ物、集落や民族の習慣や戒律、果ては動物や変わった魔物の生態など、実に幅広い。
問題は何処までが本当で、何処までが空想の産物かだけど、読み物としては十二分に楽しめる。
ただ、此方の問題として、分からない単語や文法が所々見られると言う事が、少しばかし残念。
【ユゥーリィ】は病弱で外に出る機会が少なかったため、遊び相手といえばミレニアお姉様以外ではほぼおらず。
もっぱらの遊び相手は、お父様の書斎の横にある豊富な書籍と言う、悲しいポッチちゃんだったため、年齢の割に文字が読めていた方だけど、愛読書のジャンルがやはり年相応のものプラスα程度の物で、難しい単語や文法となると、流石に知識がなかった。
かと言って、私の読む本は六歳児には早すぎる内容だと言う自覚はあるので、その度に紙や木板に単語や文章を書き写して、アルフィーお兄様に聞いている。
ちなみに何故アルフィーお兄様かと言うと、お母様やお姉様は勘が良いから、色々と勘ぐられる可能性が高い。
その点アルフィーお兄様は、その辺りはザルと言ったら語弊はあるけど、単純に何も考えずに可愛い妹の質問に答えてあげるを実施しているだけ。
お礼に『お兄様、ありがとうございます』と言ってハグすると、大変喜ぶので扱い易い。
無論、家族として愛していますよ。
お兄様のそうした無償の愛情が、こうして私を育ててくださっているのですから。
「ん〜〜〜っ」
そうして陽が高くなってきた頃になると、読みかけの本をサイドテーブルに置いてから、ゆっくりと伸びをする。
その後、一度部屋に戻り比較的動きやすい服へと着替え、まずは庭に出て軽く御散歩。
途中、枯れたり萎れた花や葉っぱがあれば、摘み取って片手に持った籠に放り込んでゆく。
そうして一周回った後、籠を置いてから、今度はやや早足でもう二周程庭を回り終える頃には身体が軽く汗ばみ、程よく身体が温まったところで柔軟運動、それらを此処最近の日課としている。
要は体力づくりの一環で、まだ時折寝込みはするものの、それでも以前に比べれば比較的体調が良いので、ちょっとした運動を始めている。
服装はラフな麻のシャツに膝上のスカート、そしてズボン。
本当はシャツとズボンだけで良いんだけど、貴族の女性がズボンなんてと言うお父様の意見と。
かと言って柔軟運動までできて動きやすいスカートと言うと、こうして短めのスカートになってしまい、はしたないとお母様の意見がぶつかりあったところで、じゃあ両方着ちゃえばという、アルフィーお兄様の冗談が採用された結果が今の姿。
まぁチグハグにならないように、私がお絵かきという名のデッサン画を描いてセイジさんとリリィナさんに作ってもらった。
本当は材料さえ渡して貰えれば、自分一人で縫えるのだけど、流石に前回ので反省して、大人しく作ってもらう事にした。
両親としては、病弱だった私が少しでも健康になるのならば、服の一着ぐらいはという親心らしい。
まぁ運動着なので比較的安く作れると言うのも理由らしいけど、そこは聞かなかった事にしておく。
「ふぅ〜〜、やっぱり子供は身体が柔らかいなぁ」
前屈運動すれば、ぴったりと顎と膝がくっつくし、開脚も前後左右と股割りができる上、しかもさして痛くも苦しくも無い。
そんな感じで柔軟運動を終えたら、今度は庭の端から端へと短距離走だけど、そこは病弱な身体なだけあって速くはなく、むしろ遅いと言える足。
軽快な足音ではなく、とてとて、と長閑な足音が聞こえてきそうな動き。
それでも、最近はやっと走る事を身体が覚えてきたように思える。
短距離走というよりランニング程度の速度でも、五十メートルを往復すれば汗だくになり、膝が笑い出す。
それが今世の私の身体の実情で、年齢を考慮しても体力がない。
「……疲れた」
再び部屋に戻り、木のコップに水魔法で水を注いで喉を潤す。
はっきり言ってこのために覚えたコップ魔法だと言う事は、家族には秘密だったりする。
たかがコップに水を汲むのに、なんて無精なと怒られかねないからね。
無論、冷却魔法で冷やす事も忘れない。
ああっ、運動の後は冷たい水が美味しいなぁ。
そう言えばこの水ってどこから来るんだろうと思いつつも、汗を拭いて再び部屋着へと着替えを終え、再びラウンジへと足を運ぶ。
一息ついてから、魔力制御の練習を始める。
自分で決めた練習メニューを終える頃には、だいぶお昼を回った頃。
ちなみにこの世界はお昼ご飯の習慣がなく、せいぜい昼頃の休憩の時に、保存食としての焼き菓子を摘む程度。
私も、お砂糖の代わりにドライフルーツが入っているクッキーを一枚食べて済ませている。うん、今日は杏か、悪くない。
正直、保存性優先のボソボソの黒パンより、よほど美味しいと思ってたりする。
口の中に残ったクッキーを、再びコップ魔法で出した水で喉に流し込んで昼食終了。
予定ではこの後は力場の練習だったけど、最近は魔力制御の基礎練習にも盛り込んでいるから、重複する部分が多い。
そろそろ練習メニューを考え直さないといけないかな?
でも、その前に試したい事もある。
「よし、決めた。
今日は昨日に引き続き実験にしよう」
無論、昨日みたいな派手なものじゃなく、室内でできるような地味な実験。
昨日の力場を使った魔法の圧縮。
あの力場の応用を、もっと他にも使えないか。
正確には魔力を込めた力場なのだけど、その密度を上げた物を何もない空間に生み出す。
そしてその何もない空間に向けて、手元のクッションを投げてみる。
ぽふっ
ぽとっ
柔らかい音を二度ほど上げてクッションは床に落ちる。
一度目は何もないはずの空間で動きを止めた時、二度目はそのまま重力に負けて床の落ちた時。
うん、思った通り魔法障壁ができた。
まだまだ防御力や魔力配分や形状や展開方法など、研究と練習が必要だけど、今後を考えれば必須な技術だと言えるので、後で練習メニューを考え直す上で頭の片隅留めておこう。
そしてもう一つ試してみたいのが、投げ竿魔法ではなく、魔力を込めた力場……、もう力場魔法でいいや。
とにかく力場魔法のもう一つの応用として、紐状にした魔力の紐を指先だけで投げつけ、手応えができたところで引き寄せる。
ぽふっ
床に落ちていたはずのクッションが手元に戻ってくる。
此方も予測通りの結果で、魔法を飛ばすのに比べれば、かなり多くの魔力は必要となるけど、力場魔法で物を動かす事ができる事が証明できた。
力場魔法で物理的な盾ができるのなら、力場魔法で物理的干渉ができるのではないか、と言う発想としてはしごく簡単なもの。
ん〜……、これができると言う事は。
そう思って、手にしたクッションから手を離し後ろに下がる。
……。
うん落ちない。
つい先ほど私が持っていた空間に、そのまま浮いている。
力場魔法でクッションを薄く包んで、魔力の紐で繋いでいるだけ。
そのまま魔力の紐を操作して、クッションを椅子の上に置く。
多分、手元ならば魔力の紐もいらないかもしれない。
「ふふふふふっ」
笑みが浮かぶ。
物を浮かせる。
そして動かせる。
つまりそれができると言うのなら、アレができるかもしれない。
魔法が使えたのならば誰もが憧れるアレである。
そう思うと自然と笑みが浮かび、声が溢れ出る。
武空術。
トベルーラ。
レビテト
言い方は様々だけど、謂わゆる飛翔魔法。
自分の身体そのものを力場魔法で強めに包んで浮かばせ。
……あれ? 浮かない。
魔力の糸で上に引っ張って……。
無理か……、自分で自分を持ち上げるような物だもんな。
じゃあ、持ち上げるのではなく下から。
「おっ、……あれ?」
足下から床に向かって魔法障壁を作ってみてたけど、浮き上がったのは三秒程。
すぐにクッションみたいに、潰れるようにして地面へと足が着いてしまう。
魔力障壁がきちんと形成されない内に負荷を掛けたから?
そう思って、今度は階段のように段を足元に作ってから、そこに足をかけ。
「……っ」
またもや結果は同じ。
三秒程耐えたと思ったら、すぐに潰れてしまう。
単純に重量に対して強度が足りないとか?
そう思って、自分にではなくいつも腰掛けている椅子を……難なく持ち上がると。
と言うかクッションの時のように普通に動かせる。
魔力障壁でできた段の上に乗せても潰れない。
「……この椅子って、私より重かった気が」
椅子はよくある四つ足ではなく、樫の板で出来ているため、前世にある下手なソファーより重いはず。
少なくとも私が持たれ掛かったりした程度では、ビクリともしない重厚な作り。
つまり重量や魔力強度の問題ではないと言う事か。
所詮、夢は夢でしかなかったか、……残念。
そう言えば書物にも、伝説の魔法とか書かれていたよな。
つまりこんな簡単な発想で飛べるなら、伝説にはならないか。
「まぁ、他に手がない訳ではないけど、流石にアレはね……」
脳裏に浮かぶ手段に、思わず身震いする。
以前に行った魔法の失敗で経験はしている。
その方法ならば、……多分は可能といえば可能だけど、そのためには冷静で素早い魔法展開技術と精密な制御技術、どんな事態になっても動じない図太い神経を持っていれば、と言う前提条件がいる。
どんな方法かと言うと、しごく簡単な事で、たんに風魔法で自分で自分を吹き飛ばすと言う荒技。
力場魔法で自分を覆えば、魔法の衝撃も軽減できるだろうとは思う。
「……一歩間違えれば、墜落死か、激突死」
そもそも自重を浮かすだけの威力のある風というのは、台風というより強力な竜巻。
間違いなく自爆魔法だ。
まぁ、できないものは仕方ない。
今まで分かった事を元に練習メニューを考えるか。
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