106.新たな生活は、波乱の始まり?
「よし、こんなものかな」
ベッドにチェスト、勉強机に、作業机、棚代わりの本棚に椅子。
床はあえて絨毯は引かずに荒い凸凹の石畳のままだけど、別に土が剥き出しでなければ、今はこのままで十分。
魔法で綺麗に切り出せるので、余裕がある時に大理石でも買って敷き直しておこう。
コッフェルさんが紹介してくれた業者向けの商会で、未加工の物を買えば、加工賃が要らない分、格安で良い大理石が敷けるからね。
「台所も買い物が必須ね」
台所用品は最低限の物しか用意していないから、此れから揃えないと。
トイレはこの時代しかたがないけど、下水管があるだけまだましね。
実家やライラさんのところは壺だったもの。
それでも匂うから、匂いをどうにかする魔導具に挑戦してみるのも良いかもしれない。
後は六畳程の物置だけど、……うん改造決定。
大理石と別に建材用の石を買ってきたら、部屋を縦に半分に分けて、片方をそのまま物置にして。
え? 石壁の倒壊? 私は魔導具師ですよ。
積み上げた石を一枚板にするくらい訳ないです。
コッフェルさんに教えていただいた形状変化の応用性は、こういう所でも活かせますからね。
まぁ私が魔導具師の基本を、知らなかっただけとも言いますけどね
なんやかんやと整理してたら遅くなっちゃったから、今夜は、軽い物で済ませてしまおう。
鍋にお湯を沸かして、作り置きのパスタを茹でている間に、香味野菜のサラダを作って、余ったお野菜で簡単スープ。
出汁は干した小魚からとってあるのを大瓶に入れてあるので、収納の魔法から取り出すので、更に簡単。
ベースとなるスープは大量に作らないと良い味が出ないから大変だけど、収納の魔法で作り置きが効くなら毎日する必要はないので、手間の掛かるスープも此処からなら簡単に作る事が出来る。
茹で上がったパスタのお湯を切って、その間にフライパンに敷いたオリーブオイルで、ニンニクと鷹の爪を炒めて、色が着いた所でバターを一掬いして香草を一摘みし、香草の葉が撓った所でパスタを投入して炒めてゆき、最後に塩と胡椒を振って出来上がり。
ええ、ペペロンチーノもどきです。
ニンニクの匂いが後で大変だけど、クセになる味なんですよね。
おっと、風魔法で部屋中に充満した匂いを煙突へ。
出来あがった食事は部屋に持って行かずに、そのまま台所で戴きます。
別に一人だし、部屋に持ち込むより、此方の方が匂いが移らないで済む。
「ん〜、やっぱり手を抜きすぎたかな」
せめてキノコとか欲しかった。一緒に炒めてあるのとないのとでは、全然風味が違うんだよね。
でも引越し初日にしては贅沢かな。
一応、これも引っ越し蕎麦といえば、引越し蕎麦だし。
「さてと、忘れない内に、こっちを先にやっちゃいますか」
まずは書類を書いておかないと、と言っても受ける講義の申し込みや誓約書の類だけどね。
ふ〜ん、まぁお約束の内容かな、少しばかし物騒な内容もあるけど、貴族の宿舎と考えればおかしい物ではないし。
講義は魔法学は当然として、一般社会学と商業学は今後を考えれば必須かな。
ミレニアお姉様も護身術を習わされていると言っていたし、私も身につけた方だ良いと思うので生存学と体術も確定。
そう言えばミレニアお姉様、無事に子供を産めたかなぁ?
きっとお姉様に似て美人になるとは思うけど、……グラードお兄様に似ているという事もありえたか。
何にしろ、お姉様の血が入っているのなら可愛いに決まっている。
うん、今度こそ、一度お手紙を書いておこう。
あと、服飾学や建築学も興味あるなぁ。
芸術学も中で美術と音楽と工芸に別れているみたいだから、工芸の方は受けてみたい。
「……一部を除いて、ほとんどか」
残っているのは軍学と剣術と馬術には興味ないし、必要になりそうな事もないだろうからパス。
とりあえず一期に受講するのは、魔法学と一般社会学と商業学、後は体術かな。
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「……で、あるからして世間では……」
「……」
一般社会学、って要は社会常識を学ぶ講義みたい。
貴族社会との違いとかを比例してくれているから、役に立つと言えば、役に立つ内容ではあるけど、講師の先生の話し方が、眠くなる眠くなる。
ええ、早送りしたくなるくらいです、三倍速で。
商業学は、一番真面に思えたし講義の内容も楽しかったと言える。
商売として必要な知識を学べる場だったり、交渉の模擬練習したり、基本だけど商業ギルドの人が来て講義しているため、内容はそれなりに濃い。
体術は……すみません私がついてゆけません、主に体力的に。
ええ、しかも避けられません。
ど素人ですから、もう少し基本を。
え? まずは避ける練習と。
布の棒から逃げ続けろって……。
それ痛いです、意外に痛いですから。
避ければ痛くないって、避けれないから痛いんです。
魔法学、……うわぁ、本当に基礎からだ。魔力を感じるところからですか。
あっ、でも魔法を使える人ってこんなにいるんですか? えっ受けているだけ?
私ですか? はい一応は魔導師です。あっ、でも基本の大切さは知っていますから、このまま受けさせてください。基本の確認にもなるし、昔は気が付けなかった事が気がつけるかもしれません。
実技は上のコースを紹介するからそち等に行けと。
はい分かりました、ありがとうございます。
「もっと、的に中心を当てるんだ。
おいっ、今の中心が的からだいぶ離れていたぞ」
これは何の軍事訓練ですか?
皆さんバスケットボールぐらいの火炎魔法を、只管に鉄で出来た的に投げ続けている光景が窺える。
と言っても十数人程しかいないんですけどね。
え? 私ですか? はい此処に行けと言われて、一応は魔導師のつもりです。
はぁ? とりあえずあの的に撃てと。
しゅっ。
うん、ど真ん中に命中です。
え? 何で怒るんですか、ちゃんとど真ん中ですよ。
いえいえ巫山戯てません、ちゃんと威力を込めましたよ。
はぁ、問題外だけど、一応は攻撃はできているから、勝手にやっていろと。
ええ、的に当て放題なので良い練習になるのでやらせて戴きます。
ふぉぉん。
不意にあたり一帯が赤く染まる。
ちょっとした一軒家程の巨大な火炎魔法が、私が的にしていた的を溶かし曲げてしまう。
「ふふっ、貴女それでも魔導師のつもりなんですの?
火種魔法を飛ばしているだけじゃなくて?」
長い金髪を靡かせた女性。
背が高く、発育の良い身体付きから、ぱっと見では十五、六歳ぐらいに見えるけど、目元や幼さが残る顔つきや、伸びきっていない手足からして十三歳ぐらいかな?
一番目に付く特徴と言うべきは、彼女の態度と同じように大きな胸だけど。態度の大きさイコール胸の大きさでは無い事は、同年代時のミレニアお姉様を見れば関係ない事は実証済み。
とにかく、如何にもイケイケといった自信げな表情で、此方を碌に見もせずに挑発してくる。
うわぁ、こういう人って本当にいるんだと思いつつも、別にそんなに腹は立てない。
だって、彼女は特に私を馬鹿にした訳ではなく、見本を見せただけなのだと、その真っ直ぐな青い瞳が語っていたから。
それに、それ以上に気になったのが、彼女が魔法を放った時に感じた強い揺らぎ。
コッフェルさんが魔法を使った時にも感じたけど、彼女のそれはそれ以上に強く感じる。
うん、今はもう弱くなったけど、それでも今も感じれるくらいにはある、此れって何だろうね?
「ジュリエッタ・シャル・ペルシア!
いつ、俺が全力で撃って良いと言った!
それにお前の的はそれじゃねえだろっ」
「別に全力ではありませんわ。ごく普通に撃っただけです
それに私の的ならば、耐えられずに的の役目を放棄しましたわ、今みたいにね」
「なら今後は手加減して撃つんだな。
彼奴等ぐらいのを、百も撃てたら幾らでも的を用意してやる、まぁ出来んだろうがな」
「そんな数の必要なんて」
「敵が大軍で攻めて来たなら、それくらいの事は必要だ。
なんにしろ的が無くなった以上は、テメエ等の今日の訓練は終わりだ、邪魔だからとっとと消えろ」
あのう、私、悪くないですよね?
あんな威力で幾ら練習しても無駄だから、一緒に消えろって横暴な。
まあ良いです、今はそれ以上に気になる事があります。
後ろの方で見学している分には良いですよね?
ええ、勝手にします。




