103.悪徳商売っでウハウハ、でもそれは私のせいではないですよ。
「でも、よくよく考えたら、それくらい価値あるわよね」
「詳しい事は知らんし、物が物だから聞く気はねえが、そんなにか?」
「だって、私なら迷わず全部作り直すもの。
この間は材料が切れて三つしか作れなかったのが、残念なぐらいだわ。
ゆうちゃんの知り合いって事で、試作の試着に参加させて貰えたから、その内に取りに行く予定だけどね。
それはとにかくとして、値段次第だけど富裕層で私や伯母さんみたいな人達は、まず買い直す可能性が高いわね」
「チッ、そんな事ならもう少し粘って二枚にしておくべきだったか」
止めてください、それ以上は本気で心臓に悪いですから。
そもそも下着用ではなく、靴下のズレ防止ように開発した物です。
えっ、そっちは後回しになりそうって、目的変っちゃってません?
こっちの方が重要って、私には分からない悩みです。
分からないから、重要性が分からないのよと言われても。
はぁ……、せっかく魔導具師でなくても作れるように開発したのに。
「そう言えばズレ防止と言えば、こういうのも作れるかなぁと思ったのですが」
そう言って先ほどの帳面を何枚か戻ってから、コッフェルさんに見せたのは。
「なるほど、手袋の滑り止めか」
「ええ、お話を聞く限り、もともと革手袋を使っているので、大丈夫だとは思うのですが、手首のところで、テープと金具を併用してあげれば」
「手袋ごと滑る事はねえし、中ズレも抑えられて力が入りやすくなるな。
こっちは細かく切ったテープを掌部分に貼ってあるようだが」
「そこは、暑い季節用です。
年中革手袋だと暑いでしょうから、目が荒く汗をよく吸う生地の手袋に貼る事で、夏でも汗で滑る事なく剣とかを振るえるのではないかと。
他にも重い物を持つ時にも、こういう手袋は滑り止めとして使えると思います」
何十年も前とはいえ、前線での実戦経験のあるコッフェルさんが肯くほど、実用性があるみたいです。
え? 作らないのかって? 別に作らなくても、それに元となる手袋もありませんし、テープも使い切りましたから。
「ほれ」
何で持っているんですか?
……テープは使い道がないかと思って作ってみたと。
手袋は昔の癖で何かあった時の戦闘用の手袋と、汚れた物を処分する時の使い捨て用の麻紐の手袋ですか。
ちなみにその汚れた物って?
聞かない方がいいと、…はい、分かりました、聞きませんし、想像がついたので聞きたくありません。
麻紐の手袋はこうして紐状に切ったテープで……、結構、面倒くさいですね。此れ用の治具を作った方が良いかもしれません。
別に簡単ですよ。魔法銀で手袋に合わせた薄い型を作って、その上からヘラ状にした魔導具で擦ってあげれば良いだけですから。
革の方はこうして手首の周りを三分の二周ほどテープを貼って、手の甲側にバックルの金具を、つけてやれば完成です。
形状変化の魔法があれば、バックルの様な金具を作るのも一瞬ですね。
図面も書かずに作ったので、多少の歪みはご愛嬌です。
「よしっ、これを売り込みに行けるな。
下着の事なんぞ分からんから下手を打ったが、これならもう一枚はいける」
「ちょっ! 待ってください、それって銀板貨でですよね?
もしくは金貨の話ですよね?」
「うるせえっ!
テープ関連でオメエに価格交渉する権利はねえっ。
安心して待ってな、俺が高く売りつけてやるからな。
ついでに後援者の件も、これで尚更押しやすくなるってもんだ」
「酷いっ、あんまりですっ、悪徳商法ですっ!
何処かの詐欺師の手口ですっ!」
「軍用の手袋は数が出る上に消耗品だから、これぐらいの価値はあるってんだ。
まったく口の悪い餓鬼だなぁ、そんな事を言うのはこの口かっ、この口かっ」
「ひひゃい、ひひゃい、ははひへふははいっ!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
うぅ、酷いっ、まだジンジンとする頬を押さえながら、半涙目でコッフェルさんを睨んであげます。
もっともコッフェルさんも、脳天に落とされたライラさん拳に踠いていたりしますから、いい気味だと思ってしまうのは内緒ですけどね。
そう思ってはいても、別にコッフェルさんの事は嫌っていませんよ。
むしろ尊敬していますが、今だけは恨めしく思っているだけです。
とりあえず価格交渉では、服飾ギルドの人達に頑張ってもらうように祈るしかないとして、衣装図はあげませんよ。
裏に書いてある物がある物ですから。
ええ、ライラさんやラフェルさんをモデルにした下着の衣装図です。
私もまだ此処を追い出されたくないので、幾らコッフェルさんが相手でも見せません。
コッフェルさんも、二人に殴られたくないでしょう?
「……まぁいい、現物さえあれば、それなりに話はできるしな。
とりあえず此処までは、ついでの話だ」
「……まだあるんですか?」
「あのなぁ、俺だってそれほど暇じゃねえんだ、これだけのために来やしねえぞ」
「ご飯を食べに来たかと」
「夕食をたかりに来たかと」
「お前等なっ、……ちっ」
どうやら、何か文句を言おうとしたけど、此処一月ちょいの言動を思い出して、喉まで出かけた言葉を引っ込めたようです。
ええ、だってしょうがないと思いますよ。
ここ最近だけで、十回以上は食べに来てますから。
実際はコッフェルさんの所で作業をしてて遅くなったため、私を送りがてらでなんですが。
「例の嬢ちゃん故郷への注文だがな」
びくっ。
何時かは来る話だと覚悟はしていたけど、それでも身体が勝手に反応してしまう。
「嬢ちゃんには黙っていたが、俺の方からも仕事を受けるか受けないかの返事は早く欲しい旨の手紙は、ラフェルの奴に預けてあったんだ」
「……」
「で、今朝方返事が届いたんだが、快く受けてくるそうだ。
ついでに嬢ちゃんを宜しくとな」
「ぁっ……、ん……その…」
「安心したか?」
「……はい」
うん、本当に安心した。
自分で勝手に嫌な考えが浮かんで……。
自分で勝手に不安になって……。
本当に自分勝手で……。
本当に自分が情けなくなる。
「それでだ、これからが本題なんだが、
少し前から例の魔導具の件で、依頼主に話は通していたんだが。
魔力伝達用紐が無い状態で見せた試作品が効いたみたいでな、かなり乗り気だ。
なにせ試用できる試作品が期日に間に合うならば、と言う条件はあるが仮注文も言ってきた程だ」
「未完成の物なのに凄いですね。
ちなみにいつ頃の試作品ですか?」
「七代前の物の奴だ。
とにかく仮注文の件も、嬢ちゃんの戦略的にも好都合だ。
問題が、試用できる試作品の期日だ。
奴さん、近いうちに王都に呼ばれているらしくてな、一度行ったら数ヶ月は戻ってこられんらしい」
「…それは、…残念ですね。
帰って来られるのを待つしかありませんか」
本当に残念だけど、こればかりは仕方がない。
貴族は貴族の都合があるし、そもそもこの依頼はコッフェルさん曰く、十年ほど待たせている依頼。
だから急に出来たから、此方の都合に合わせろと言う方がおかしい話だし、そもそも、その話の流れだと……。
「そこで嬢ちゃんに頼みてえのが、嬢ちゃんが隠している魔法の事だ」
「……」
「ライラ、悪いが席を外してくれ、ここから先は魔導具師同士の話だ」
「……ふぅ、分かったわ。
ゆうちゃん、何かこの爺いが変なこと言ったら、遠慮なく助けを呼びなさいね」
そんな憎まれ口を叩きながら、心配げに部屋からお店の方に戻るライラさんを見送ってから私達は話を続ける。
「ラフェルの奴にその内にバレるだろうからと、嬢ちゃんの故郷の事を教えられた時には流石に驚いた。
この距離だ、嬢ちゃんが秘密にしているのも分かるし、それが正解だろうと俺も思う」
「……と言う事はラフェルさんにも」
「まあな、俺に言うまでは彼奴一人の胸の中に収まっているだろうから、そこは信じてやってくれや。
俺も彼奴に約束させられなくとも、最初から言いふらす気なんぞはねえからな」
「……そうですね、その辺りは信用しています。
コッフェルさん、悪ぶってはいても良い人ですから」
正直、ラフェルさんの事はあまり面識が無い事もあって知らないのもあるけど、良い人ではあっても、そこまで信頼はしていない。
でもライラさんやコッフェルさんの事は、信頼している。
ライラさんは、私が仲の良い友達になりたいと思う人だし、コッフェルさんも尊敬できる魔導具師の大先輩。
二人には本当に色々と助けられているし、同時に沢山の事を教わった。
そう言う意味でラフェルさんは、二人が信頼している人だから信用していると言うだけに過ぎない。……申し訳ないとは思うけど。
「……あのなぁ、言っておくが俺は悪い大人だぞ。
口には言えねえ事は散々やってきたし、金に五月蝿え爺いとも言われている。
おまけに気に食わねえ奴は、片っ端から喧嘩を売るような大人だ」
うん、多分だけどコッフェルさんが言っている事は、本当の事なのだと思う。
以前に雑談まじりに話してくれた、コッフェルさんの武勇伝という名の悪行。
それが何処まで本当で何処までが嘘かは知らないけど、話の端々で感じたこの人の苦悩もあるけど、この魔物が跋扈する世界で普通の魔導師なんてやっていたら、普通の生活なんて過ごせやしない事は容易く想像できる。
それに先程の手袋もそうだ、それなりに使い込まれていた。
仕込みの革手袋であったにも拘わらず。
「でもそれってコッフェルさんが敵と見做したり、守りたいモノを守るためにですよね?
……私も同じですよ、守りたいモノのために手段は選ばないのは」
その辺り、私達は似通っているのかもしれない。
そしてだからこそ、こうして話し合える様になったとも思う。
「……みてえだな。
故郷から五百キロ以上も離れた、この街を選ぶ嬢ちゃんの徹底ぶりを見る限りわな。
嬢ちゃんにとって大切なのは、自分の幸せより家族や故郷の幸せか」
「残念、自分の幸せが大切ですよ。
家族や故郷の幸せは、その中に入っている前提条件なだけです」
「ちげえねえ……な。
まったくお互い損な性分だな」
「かもしれませんね」
「それでだ、此方の前提条件として、この話は断ってくれても構わねえ。
その上で今回限りで頼みてえんだ。
俺としては、今回の機会を逃したくはねえからな」
コッフェルさんが言いたい事は分かる。
もともと依頼から期間が開き過ぎていて、そろそろ限界なのだろう。
理由は分からないけど、当主の交代、役職の定年、資金繰りの他への移行など、幾らでも考えられる。
だいたいコッッフェルさんの昔ながらの知り合いという時点で、同年代の可能性が高いですからね。
寧ろ、そういう話は出ていて当然だと思います。
そして、わざわざコッフェルさんに、王都にしばらく行く事などを伝えたと言う事は、そう言う事なのだろうと容易に推測できる。
コッフェルさん自身も、すでに魔力伝達用コードの投資を始めている事もあるけど、それ以上に此処まで完成度を高めた魔導具を、日の目に当たらない真似はさせたくないのだと思うし、その意見には私も同じ気持ちだ。
でも、私も譲れない事があるし、それを破ってしまっては、必死に踏み止まっていたものが、踏み止まれなくなってしまう。
私は本来弱い人間だから、そんな事になってしまったら、後はなし崩しになる自信がある。
だから……。
「シンフェリア領に一番近い村まで、そこからなら馬で一日程度で町に入れます。
私が譲れるのはそこまでです」
「ありがてえ、それで十分だ。恩に着る」




