102.人の名前を勝手に使うと高く付きます。
「あら叔父さん、どうしたの?
生憎と今日はゆうちゃん、山には出かけていないから、美味しい料理はないわよ」
「あの嬢ちゃんなら、普通の材料でも十分に美味い料理作れるだろうが」
「残念ながら、今日は私が食事当番の日でした」
「それはそれで楽しみだな。
ちったぁ、嫁に行けるくらいには上手くなっているかどうか、墓前に報告ができるってもんだ」
「そんな事を言われて誰が食わすかっ。
それで、真面目な話、なにしに来たの?
ゆうちゃんなら一応は奥だけど」
店の方からそんな話し声が聞こえてきたので、手を止めて店の方に顔を向けると、ちょうどコッフェルさんが部屋に入ってきた所だったので、軽く挨拶を交わし。
「なんだ、また何か書いていたのか?」
「ええ、ちょっと、こう言った物が出来たらなぁと言う程度の物です」
「……あのなぁ嬢ちゃん」
見ても良いですよと、手渡した大きめの帳面を見たコッフェルさんは、何故か深い溜息を吐いて呆れたように言ってくる。
「こう言うのをな。軽々しく男の俺に見せるもんじゃねえぞ」
「そうですか?
別に変なところがあったら意見を聞きたいと思っただけですけど」
「なら、こう言うのを見せる嬢ちゃんがヘンテコだ」
「が〜〜んっ、またヘンテコ言われた」
そりゃあ確かに魔導具師であるコッフェルさんには、興味のない物だとは思うけど、ヘンテコ呼ばわりは酷いと思う。
只の服の意匠図ですよ。まぁ女物ですから意見が言い難いのかもしれませんが。
そこへお茶の用意を終えたライラさんが部屋にやってきて。
「どうしたの? また騒がしいけど」
「いえ、コッフェルさんが、人をヘンテコ呼ばわりしてきたので、深く傷付いただけです」
「叔父さん、あまりゆうちゃんを虐めちゃ駄目よ」
「あのなぁ。こう言うのを平気で見せてくるから、叱ろうとしただけだ」
「あら、可愛いじゃない。
良いなぁ、ゆうちゃんぐらいだと、こう言う可愛いの似合いそうだし。
あっ、こっちも可愛い、……って、これ叔父さんに見せたの?」
「ああ」
「……ゆうちゃんが悪いわね」
「だろう」
酷いです。
欠席裁判です。
此方の意見聴取すら無しに、いきなり判決とは横暴です。
え? お話があるから此方に座りなさいって。
私、別にお話ししないといけないような事をしてませんよ。
余計に悪いって、只の衣装図を見せただけじゃないですか。
ええ、下着ですよ。
先日の騒ぎで少し刺激されたので、書いてみたくなったので。
ええ、顔は書いてませんが。その辺りの頁は基本的に私向けのを書きましたよ。
ちなみにもう少し遡って見てください。
物凄く良いのが書けました。
「……ゆうちゃん、この辺りは叔父さんは?」
「流石に見せてませんよ」
「そう、見せていたら叔父さんを叩き出してから、お話しだったわね」
「ひでぇな。
いった何が書いてあるか知らんが、俺は無実だぞ」
「見ていたら、そんな物は関係ないわよ。
あとゆうちゃん、もし叔父さんがこう言うのを見て変な気を起こしたら」
「ないです」
「ねえよっ!」
別に只の衣装図ですし、流石に此れを見て興奮する男の人は少ないと思うし、コッフェルさんもそう言う意味ではないと言える。
それぐらいにはコッフェルさんを信頼はしているし、そもそもコッフェルさんも私など眼中にないだろうし、本人もそこまで落ちぶれていねえと、疑惑の言葉を口にしたライラさんに文句を言っているほど。
私にしたって、純粋に同じ物を作る者同士として、意見を聞きたかっただけの話でしかない。
そんな私の考えに、コッフェルさんは再び溜息を吐いて、何故かもう少し自分が女だと自覚してくれと懇願しながら、何やらクドクドと言われてしまう。
「まぁ良い、その件もあって来たんだが。
嬢ちゃん、俺のところに服飾ギルドの支部長が来てな、おかしな事を言い出したんだが」
「ん〜、もしかしてズレ防止のテープの件ですか?」
「ああ、その件が何処をどうやったら、俺のところに話が来るのかと思って、嬢ちゃんにその辺りを聞きに来たんだが」
「魔導具師のコッフェルさんの所で作った、と言いましたから」
「……そんなこったろうと思ったぜ。
あのなぁ嬢ちゃん、確かに作ったのは俺の所だが、作ったのは嬢ちゃんだろうが」
「でも材料も方法もコッフェルさんに教わりましたし」
「素材の基本的な処理方法だけだ。
それ以降は全部嬢ちゃんの手による開発だろうが。
まったく、嬢ちゃんはもう少し自分が凄い物を作っているって事を、自覚してもらいてえものだ」
そう言われても、ほとんど本から得た知識だし、基本的な処理方法と言っても、それが出来なければテープの開発は頓挫していたのは確実。
少なくても私一人で開発した訳ではないので、コッフェルさんの名前を出しただけなんですけど。
「まぁいい、服飾ギルドには俺が代理人として話を進めておいた。
勝手に俺の名前を出した以上は、後で文句は聞かんからな」
「別に構いませんけど」
「あのねえ叔父さん、言いたくないけど、ゆうちゃん相手に悪どく儲けたら、幾ら何でも許さないからね」
「あのなぁライラ、俺だって嬢ちゃんに仕事を手伝って貰っている以上、不義理な真似なんぞする訳がねえだろ。
少しぐらい信用しろってんだ」
「一応、念のためよ」
「まぁオメエの言いたい気持ちも分からんでもねえがな。
この嬢ちゃん、色々と危なっかしいからな」
「本人は無自覚だけどね」
言い掛かりである。
そりゃあ確かに世間知らずなところがある自覚はあるけど、これでも前世ではそれなりにやってきたし、今世でも魔法を使って猟師の真似事とかをして稼いできた。
最近は魔導具師としても、少しだけ稼げているし、家事だってライラさんより出来るつもりですよ。
無論も、私一人かといえば、多くの人達に色々と助けられているので、否定はできないのも事実なので黙っておく。
うん、感謝は大切。
「テープの製法の買取に白金貨一枚だ」
「………はい?」
「………えっ?」
なにか、あまり聞き覚えのない貨幣の名前と、その価格に聞き違いかと、私もライラさんも思わず聞き直す。
「だから、製法の買取に白金貨一枚だ。
それと、テープの加工用の魔導具を一本につき金貨一枚で、二百本の仕事の依頼だ。
材料は向こうで揃えさせるから、こいつはそのまま嬢ちゃんの利益になる。
あと、ついでに嬢ちゃんの後援者になるように話して置いた」
「ま、まっ、待ってください、何の冗談ですか!?」
「いやぁ、これが冗談じゃねえんだがな」
「冗談ですよね、冗談と言ってくださいっ!」
本当に性質の悪い冗談だと思う。
製法の買取だけで白金貨一枚って、前世換算でおよそ一億ですよ。
開発と言ったって、コッフェルさんの所で携帯竃の魔導具の改良を片手間に、半日も掛からずに作ったような物なのにですよ。
試用期間だって、たったの三日の物なんです。
そんな物に白金貨一枚っておかしいですよ。
え? 試用期間が一ヶ月だったら白金貨二枚に出来たのに残念だったなって、……絶対におかしいですからっ。
それに加工用の魔導具だって、その金額はおかしいですよ。
え? 魔法石を使った魔導具はあれくらいは当然って、別にコッフェルさん達みたいに命が掛かっている訳ではないですから。
……職人さん達の生活という名の命が掛かっていると。
あのぉ……、比べる対象がおかしいと思いません?。
後援者の件にしたって、既に書籍ギルドが…。
「ごちゃごちゃと五月蝿えっ。
俺の名前を勝手に使ったんだ、これくれえ黙って受け入れろ。
あと後援者だ、後盾の後見人じゃねえ。
嬢ちゃんが将来何かやる時や、貴族同士の揉め事に巻き込まれた時のための保険だ。
だいたいなぁ、俺が代理人として話を通したんだぞ。
今更、嬢ちゃんがグダグダ服飾ギルドの連中に何か言ってみろ、俺の顔に泥を塗る事ぐらい分かれってんだ」
「……ゔっ」
「あと言っとくが、俺は銅貨一枚受け取る気はねえぞ」
「そんな〜」
「あの程度の情報なんぞ、此処での嬢ちゃんの作った料理の飯代と、この間獲ってきた獲物の釣りにもならねえ。
まったく、よりにもよって、あんな大物を獲ってくるなんて、予想外もいい所だ」
コッフェルさんが言っているのは、私が使っている狩猟用の弓矢の改良に素材と知識を戴いた代価に、出来た魔導具の矢での初獲物で支払う約束だったのですが。
魔物:剣牙風虎(アルビノ)
人の狩った獲物を横取りしに来たので迎え撃ったのですが、……正直に言えば、向かって来ずに逃げて欲しかった。
私の同じ色無しの変異種を攻撃するのに躊躇いがあったけど、そんな躊躇いを持ち続けては、逆に私が狩られてしまう。
何にしろ、仕方なく狩った魔物はコッフェルさん曰く、最低でも金板貨クラスで、オークション次第では凄い価格になるとの事。
「あと、先方からの言付けでな。
オメエさんが行ったお店、生涯、オメエさんの下着は無料で作るとさ。
良かったな、さっきの衣装図の下着、無料で作ってもらえるぞ」
ゔっ、心が揺らいでしまったのが、ちょっとだけ悔しい。
【こ の 世 界 の 貨 幣 価 値 換 算 表】
銅 貨 一枚 百円
銅板貨 一枚(銅 貨 十枚分) 千円
銀 貨 一枚(銅板貨 十枚分) 一万円
銀板貨 一枚(銀 貨 十枚分) 十万円
金 貨 一枚(銀板貨 十枚分) 百万円
金板貨 一枚(金 貨 十枚分) 一千万円
白金貨 一枚(金板貨 十枚分) 一 億 円




