1009.とある小子爵の旅行記、その弐。
【グラード・ウル・グットウィル小子爵】視点:
「……、……」
「……、……」
今回訪れる義妹の別邸は、多くのお客様を迎える事もある貴族らしい屋敷だとの事で、空間移動の魔法を使って馬車で以て迎えに来られた。
立場からしてそれが当たり前だと思うのだが、初めての事で私だけでなく妻も驚くばかりだ。
その馬車の見た目も見事ながらも、その乗り心地は……何というか揺れない。
いや、まったく揺れないという訳ではないが、心地良い程度の僅かな揺れでしかなく、今まで私達が乗っていた馬車は何だったのかと言うくらいだ。
そして覚悟はしていたが、馬車に乗って向かった先に見える屋敷の壮大さに、私も妻のミレニアも言葉が出ない。
いったい何階建てだ?
この位置から見える窓の配置的に、少なくとも七階はあるよな?
まぁ一番上は屋根の部分だから、屋根裏部屋を一階分に含めるならばになるが……、そもそもその屋根の部分が高く、それが屋敷の壮大さを更に醸し出している分だけ、絶対に屋根裏とは掛け離れた階になっている事は間違いない。
「……やっぱり少し派手ですよね?
これでも抑えた結果らしいんですけど、任せた者がよりにもよって陛下に相談して、こう言う事に。
まったく『私からの要望が地味みすぎて陛下から戴いた立場に合わない』だなんて理由、私に対する酷い裏切りだと思いません?
屋根裏を除いた二階建てだって条件を付けたのに、設計図に『この屋敷を二階建てだと認める』と陛下の署名に加えて王印まで捺されていたんですよ」
プンプンと怒ってみせる義妹の姿は微笑ましく、一見して可愛らしいものではあるが、口にしている事は可愛らしいで済むような話ではない。
確かに屋敷は驚くほど立派で驚きはしたが、それは素の義妹の性格を知っており、更に以前に招かれた際に世話になった田舎らしい屋敷を知っているだけに、その差というのが大きい。
辺境伯と言う立場で言えば、これでも規模という意味では抑え気味だと言えるだろう。
問題なのはこの屋敷の建築には、国王陛下の意思が加味されていると言う事であり、それは国の意思でもあると言う事。
その事から、義妹がとんでもない地位と立場にあるのだと、あらためて驚かされる。
「貴女、恐れ多くも陛下が認めた建物に不満を口にするの?」
「お姉様、不満を口にしたのは、屋敷の建築を任せた者に対してですよ。
陛下が認めた図面に口を挟むだなんて真似はしません、こうして立て直しをさせずに黙って受け入れているのがその証拠です」
妻であるミレニアの言葉に反論しているが、それはつまり陛下の指示だから、しかたなく黙って受け入れているだけに過ぎない、と言っているも同じなんなんだが……、このまま建築の由来話を続けていたら胃が痛くなりそうだ。
話題をそれとなく逸らすか。
「辺境伯ともなれば、色々と国の思惑が要求されるのは仕方あるまい。
だが、流石に内装に関しては君の意思が反映されているのだろう?」
幸いこれで頭の痛くなるような話から逸れ、屋敷内の内装の話に移行したのだが、これまた本人は少し不満だそうだ。
「それが……、私、もう二十歳なのに、何時までも可愛らしい小さな女の子に見えるようでして……」
((見えるな(わよ)))
妻と心が一つになった瞬間を感じた。
冗談はともかく、実家の職人や知り合いの職人に任せたら目立たぬ程度に、それでいて品良く施された可愛らしい装飾が彼方此方にあるのだとか。
その話に妻は寧ろ羨ましがっている様子に、義妹はその事に喜んでいるように感じるが、それは自慢したい訳ではなく、実際に見て目を輝かすであろう姉の姿を喜んでいるのだろう。
そう言えば以前に妻が言っていたな、義妹は女性らしい好みが無いのが家族の悩みの一つだったとか。
服装も子供の頃から可愛らしい服には興味を示さず、動きやすくて楽な物であれば何でも良いという感じで、寧ろ女性ながらも男のようにズボンを履きたがっていたとか。
そんな感じだから、当然ながら装飾品を身に纏う事も、『面倒』の一言で済ましてしまう始末。
自室も素っ気なく余分な物は置かず、男の部屋のように物が無い状態。
でも家族から贈られた物などは、品良く飾られているから、出来ないとか女性らしい感性がないという訳ではなく、単に自分に興味がない事に気を揉んだとか。
『病気で色々我慢させてきたせいなのもあるとは思うの。
でも普通、女の子って可愛い物や着飾る事に興味を持つものなのに、あの子が興味を示すのは本や魔法、そして山歩き。
お父様やお兄様が、積極的にあの子や興味を示すのならって甘やかすものだから、あの子ってば益々男の子みたいにがさつになって。
お母様や私があの子に淑女教育を施している横でそれなのよ。
その事でお母様や私が、どれだけ心の内でお父様達に不満を溜め込んだ事か』
ただ、その話を聞いていても、あまり想像出来なかったと言うのが正直なところだった。
その当時の私の義妹の印象は妻と始めてあった時の印象が強く、その印象も『まだ幼いが将来が楽しみな御令嬢で、品が良く装飾品や着こなしも良い事から、さぞ可愛がられ大切に育てられているのだろう』だからな。
後は『色無しのせいか?痩せ過ぎだからもっと肉を付けた方が良いだろう』とか『え、これて十歳?六、七歳の間違いでは?』等の雑な印象だ。
いや、しかたがないだろう。
先輩ではあるまいし、幼い子供に興味なんて沸く訳がなく、当時は妻の妹だから一応は名前と顔を覚えておこう程度の認識でしかなかったのだからな。
何方にしろ、妻の言う雑と言う印象はなく、当時に軽く交わした会話の印象も『見た目に反して礼儀正しく大人な対応をする子』と、雑で男の子っぽいと言う言葉からほど遠い物だった。
まぁその事も妻から愚痴られたのだが……。
『だと言うのに、あの子、家の中で一番、化粧の腕も良かったし、服や装飾品を選ぶ感性も良かったのよ。
単に自分を着飾る事に興味がないだけで、やろうと思えば何時でも誰よりも上手く出来るというのが、ある意味腹が立ったわね。
私、今でこそ何とかなっているけれど、七つも年下の妹にお化粧の仕方を教わったのよ。
しかも『手抜きでもそれらしく見える簡単化粧系』だとか言われて。
助かっているし、感謝はしているけれど、それはそれ、これはこれよ』
一応は妻の名誉の為に言っておくが、妻は化粧を施していなくても綺麗で可愛らしいが、化粧を施した妻は更に美しく可愛らしい。
更に言えば、我が家に嫁いで来た時から妻の化粧の腕に関しては周囲の注目を浴びており、あまりにも相談が多い事から妻は自分の手柄にする事を躊躇い、教わったという義妹の名前で本を出した経緯があるほど。
そんな話をしていたら、あっと言う間に屋敷前に辿り着き……。
「「「「「ようこそおいで下さいました。グットウィル夫妻様」」」」」
「「……、……」」
ああ……、うん、まぁそうだね。
我が家でもやらない事もないけれど、興したばかりの新興貴族とは言え流石は辺境伯爵家、ずらりと並ぶ使用人達の規模が子爵家程度とは規模が違う。
侯爵家や伯爵家の屋敷に招かれた事はあるが、我が家は下級貴族である子爵家、こうして主賓として総出で出迎えられた経験などある訳もなく、此方でも驚きのあまり言葉を失う事になる。
いや、本当、前回との差が激しすぎて、もう、何を驚いて良いのか。
前回が悪かったという訳ではなく、規模の問題でねっ!
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「あそこに猫がいるよ」
「こっちには犬さん」
「グリ、彼処に鳥が」
「本当だ」
壮大な屋敷の外観とは裏腹に、屋敷の中は地味と言う訳ではないが意外にも落ち着いており、緑と白を基調にした壁紙に統一され、更に時折見かける可愛らしくも品のある装飾が自然と口元を綻ばせる。
その中でも動物を遇った物は、ユゥラードとグリアラの二人の子供達が見付けては笑顔を浮かべながら、私や妻に報告をしてくる姿は実に可愛らしく、父親冥利に尽きる。
確かにそういう装飾がある点では、子供っぽいと思う者もいるかも知れないが、普通に落ち着いた若い女性らしい屋敷と言われたら自然と納得出来る上に、施されている装飾一つとっても質が高い為、子供っぽさよりも品格を先に感じられる。
まぁ、こう言う事を気にする事自体が、幼い子供が背伸びをしているようで、ある意味可愛らしいと言える。
その義妹はこの屋敷の主人であるにも拘わらず、自ら案内を買って出ており。
「お姉様達には、一番良い客室を用意してあります」
本人はそう言うつもりではないのだろうが、こういう事を言うあたりも、本当、見た目通り可愛らしいと言える。
「因みに国王陛下夫妻が御利用された部屋になります」
「「……、……」」
「エリシィー、それ、今、言う必要ある?」
「お客様には必要な事かと」
訂正、やっている事が可愛くなかった。
いやいやいや、この義妹は何をしようとしてくれるのっ!
あと、そこの見覚えのある娘、その情報は無茶苦茶に助かるっ!
本当に、物凄く感謝だよっ!
真面目な話、そんな尊い方が使われた部屋に御厄介になるだなんて、本気で勘弁して欲しい。
他に選択肢がないのであればともかく、どう考えても空いている客室など幾らでもあるだろうが。
不敬だからね。
実際に罪に問われる事はないだろうけれど、周囲に不敬だと言われても仕方ないほどに恐れ多い事だからね。
妻がそれとなく、そこまで豪華でなくて落ち着く部屋にして欲しい、と頼んでくれている。
本当に出来た妻で、私は助けられてばかりだ。
「では─────」
「ユゥーリィ様、そちらに足を向けると言う事は、王太子夫妻がお使いになられた部屋に御案内されるつもりでしょうか?
レイニシア婦人より、どの部屋も万全に準備されているとお聞きしておりますが、お客様の御要望に合うとは思えませんが」
妻と二人して全力で首を縦に振る。
王太子と言えば、次代の国王陛下だよ。
最初に案内しようとした部屋とたいして差がないからっ!
下級貴族である子爵家でしかない我が家には、とても気が休まらないのは同じ事。
「─────では此方の部屋をお使い下さい。
もし屋敷を探索して、気に入られた部屋があれば近くの者にお申し付け下されば、そのように対応いたします」
「いや、十分に良い部屋だから、その心配は無用だ」
「ええ、とても良い部屋よ」
義妹の姿が消えるなり盛大に息を吐き、全力で椅子に座り込む。
正直、案内されたこの部屋も十分すぎるほどに広く、部屋の中に施された装飾も立派なだけでなく、置かれた家具や絨毯、そして美術品等も一流の物ばかりで、身に余る部屋だと言えるが……、偶の旅行先ぐらいなら、これくらいの贅沢を楽しむのも旅の楽しみだとも言える。
「……こうしてあらためて考えると、我が家は物凄い人物と親戚関係になったんだなと実感するよ」
「……そうね。
でも、あの子は相変わらずのようで安心もしたわ」
妻の瞳には驚きの中にも安堵した光が灯っている事に、やはり二人は姉妹なんだと思ってしまう。
急に得た権力とお金の力に酔う者が多い中で、変わらずに居続ける事は非常に難しい。
妻は山奥の田舎にある男爵家から、それなりに栄えた街のあるグッドウィル家に嫁いで来て多くの事を知り、そして学んでいった。
それでもミレニアは、出会った当時のまま優しく謙虚で、それでいながら芯のある聡明な女性であり続けた。
そんな妻の妹は権力や金の魔力に捕らわれる事ない姿は、確かに似た姉妹なんだと。
「さぁ、さっさと荷物を整理しちゃいましょう」
本当、こういう切替の早いところなんて、特にそう感じる。




