1007.美味しい食材のためには、極寒の地にだって足を運びます。不法入国だけどね。
この世界の冬の味覚と言えば白角兎と言う言葉がある。
勿論、シンフォニア王国内における、ごく一部の界隈の中での言葉でしかない。
でもそれくらい美味しいお肉とされている。
ただ美味しいだけあって、毎年のように狩りまくってきたせいか、私の中では些かマンネリ化している気もするのは気のせいではないだろう。
贅沢な話ではあるけれど、偶には変化が必要。
じゃあ赤毛剛牛鬼はと言うと、これまた冬になる手前が一番の旬ではあるけれど……、繁殖で増やしている為、目新しさという点では無いのは白角兎同じ。
「ユゥーリィ、それってこの村限定だからね」
「そうですわ、例え陛下でもそう簡単には食べられない程、貴重な代物ですわ。
……ユウさんが、お城に納めるようになる前までですが」
「まったく、思いつきで付き合わされたエルヴィス様はお気の毒ね」
嫁達がややお冠だけど、そこは気にしない。
ちょ〜〜〜と思いつきで、確かトナカイって冬の味覚よね、とキレイ帝国まで獲りに言っただけじゃない。
私としては、より美味しい魔物のトナカイをって思っただけよ。
それが、まさか戦災級の黒毛大刃馴鹿を狩れただけでも幸運なのに、災害級の雪嵐白皇馴鹿まで出会えるだなんて、思いもしなかったわよ。
初めての山だったしね。
「しかも災害級の魔物に遭遇したのに、幸運とか言っちゃうし」
「エルヴィス様、呆れていましたわよ」
「本当、エルヴィス様にはいい加減に慣れて欲しいなぁ」
「「……、はぁ……」」
勿論、出会って終わりではなく、しっかりと狩ってきましたよ。
私、本職は魔導具師ではあるけれど、趣味で猟師もしていますからね、貴重なお肉に出会ったなら、狩らないと言うのは寧ろあり得ない選択だとも言える。
現在、その美味しそうなお肉は解体し終えて、専用の設備で熟成中。
「ちゃんと日をあらためて観光もしたじゃない」
という訳で、昨日は嫁二人を誘って帝国の帝都を観光してきました〜。
『絶対に正体がバレるような言動をしないで貰いたい。
服装も此方の用意した物を身に付けてだ』
エルヴィス様を案内役を兼ねた父親役にしてぇ〜、と言うのは流石に可哀想なので、お友達のセリア様をお誘いして、本物の父娘デートを演出。
私達は父親のエルヴィス様が娘と二人っきりでは間が持たない為、セリア様のお友達枠で誘われたって設定。
『私、お父様のお出かけして喜ぶほど子供ではありませんわ』
本人はと言いながらも、二人でお出かけするどころか滅多に顔を見れない為、大変に喜んでいたので我ながら良い趣向だったと思う。
服装に関して五月蠅かったのは、帝国は皇姫であるエスター様を王国の一貴族でしかない私の所に逸早く送ってくるくらい私に注視している程だから、私が帝都を訪れているのがバレたら、まず間違いなく帝城に強制的に招かれて面倒臭い事になるからだそうだ。
そうでなくても、正規の手続きもせずに他国の貴族が国内を彷徨いているのが発覚したら、色々な意味で問題になる可能性は十分にあるから、エルヴィス様が用心するのも仕方がない。
おまけに帝都を覆う外壁の検問を、何故か受ける事なく入っている訳だしね。
『例え皇帝が君に注視していなくても、私や娘はともかく貴女の場合は拙い』
私は爵位を持つ正式な貴族である事が問題らしい。
しかも辺境伯の任を持つ伯爵位で、他国においても高位貴族として扱われる。
対してエルヴィス様は爵位を持たない準貴族だし、セリア様も次期当主である小公爵ではあるけれど、爵位を持つ正式な貴族ではなく準貴族である事には変わらない。
そういう点では私の護衛に付いてきたアドル達も騎士爵ではあっても、シンフォニア王国では正式な爵位を持つ貴族ではないので準貴族扱いとなり、そこは私の嫁の一人であるジュリも同様。
じゃあもう一人の嫁であるエリシィーはと言うと、彼女は国が正式に与えた爵位を持つけれど、その爵位は一番最低位の準男爵だし、辺境伯の責任で以て国に申請した仮初めの爵位であるため問題にはなりにくく、そもそも他国に使いっ走りにされる小役人扱い。
『バレなきゃ問題なし』
『そう言う軽い意識が問題を引き起こすのだっ!』
本当に父親みたいに五月蠅いなぁと思いつつ、言っている意味は分かってはいる。
でもね、キレイ帝国って白金髪や銀髪の人も少しはいるし、その中でも白に近い白銀髪の方もいる為、私のような白髪でもそれほど目立たないのよね。
確かに私の年若い見た目で真っ白な髪は目立つかもしれないけれど、それは顔をよく見た場合だし、北国の真冬の服装ともなれば防寒着で顔は判別しづらい。
何より、こっそりと新たに開発した認識阻害の魔法を使っているため、私だとハッキリと認識している人以外には、余程勘の良い人以外は私の事は意識から外れてしまっている。
「でも、楽しかったでしょう?」
「うん、まぁそうね、あまり言葉は分からなかったけど、楽しかったのは確かよ」
「ユウさんを守る立場の私としましては、慣れない国だけに緊張しましたわ」
現地ならではの甘味に喜んでいたジュリが、楽しめなかった程に緊張していたとは思えないけれど、そこは突っ込まない。
ちゃんと周囲をそれとなく警戒していた事には変わらないからね。
私、嫁の頑張りはちゃんと認める人間ですよ。
勿論、言葉に出してね。
「……ジュリさんばかり甘やかして」
ぁぁ……、でもそこそこにね。
もう一人の嫁の視線が痛いですから。
うん、何だかんだとジュリを甘やかす事が多い自覚はある。
あとでエリシィーとの時間を取るように頑張ろう。
そうそう帝国と言えば、我が家とシンフォニア王国を除く七大国家との友好に関しての調整は国が水面下で行っており、時折、国の使者を空間移動の魔法で相手国に送迎をしているため、今回もその序でとばかり観光をしてきたの。
魔導具【孤独なる人生】
この魔導具の元になった魔法を発展させた魔法が、実に良い仕事をしたわ。
どう良い仕事をしたかは敢えて口にはしないけれど、皇都に入る際に国の使者の横を通り過ぎただけとだけ言っておく。
今までの協議によると、どうやらキレイ帝国は帝国の地ならではの魔導具の開発を私がするのは喜ばしい提案だと言いつつも、魔導具ならば別の物を欲しているらしい。
『どうやら先方は王城に設置した、大型の空気調整器具の魔導具を望んでいるようです。
しかも帝都全体に行き渡るような。
流石にそれは無理だろうと話し合いをしているのですが─────』
基本的にシンフォニア王国では私が開発した空気調整器具の魔導具は贅沢品扱い。
在った方が快適ではあるけれど、無くても問題はない扱い。
元々空気調整器具の魔導具は、夏に涼しく過ごす為に開発した代物ではあるけれど、一年中温度が安定している地熱を利用している為、冬には暖房器具として使える。
ただ、暖房器具としての熱源の温度は二十度を下回っている為、寒くない程度の能力しかない。
それ以上ともなれば、更に温める為の魔導具を利用するか、暖炉に火を入れて温度を調整するかになる為、貴族や富裕層ならではの贅沢品扱いを脱しない。
でも場所がキレイ帝国でとなると、もはや贅沢品ではなく必需品となり得る。
「でも話に聞いてはいましたが、寒かったですわね。
彼処までとは思いませんでしたわ」
「うん、息が凍るどころか鼻水が凍るだなんて、初めての体験。
アレだけ寒かったら、迂闊に欠伸で涙も流せないわね」
キレイ帝国って物凄く北国なのよ。
冬はまさに雪と氷の世界で、リアルなアナと●の女王の世界。
真冬の夜間でなくても冬は氷点下が当たり前の国だから、シンフォニア王国では暖かくない程度の暖房器具でも、帝国にとっては薪を絶やしても凍死しなくても済む救いの魔導具に成り得る代物。
ただ、帝都の需要を満たせるほどの物となれば、流石に無理だと言わざるを得ない。
「でも、昨日訪れた街はまだ良かったですわ。
以前に行った魔物の領域は、本当に息が凍るどころか、身も心も、それこそ魂まで凍り付きそうな程厳しい寒さでしたもの」
「……ジュリさん、本当に大変だったのね」
「だと言うのに、ユウさんは水を魔法で生み出しては、凍らせて遊び始めたりしますし、沸騰したお湯を空高く播いて、ほらほら綺麗でしょ、だなんて何時もながら突拍子もない事を始めるんですよ。
まぁああ言う無邪気なユウさんは可愛いのは確かですけど」
「……極寒の中で遊べる神経は、ユゥーリィのヘンテコなところよね」
寒さならではの遊びだと思うけれど、嫁達の会話はさておき、ジュリの言うとおり、昨日行った帝都はまだ暖かい方だと言えた。
単に天候に恵まれたという程度の差ではなかったのよね。
で、帝都を観光しがてら色々話を聞いていたら、そもそも帝都の成り立ちが、人の生活に必要な水の確保として、真冬でもあまり氷が厚く張らない大きな湖があり、雪が他の土地よりも積もるのが遅く、解けるのも早い土地を選んでの事だったかららしいの。
それ故に帝都は神に祝福された土地だと、昔から言い伝えられているそうだ。
神の祝福どうかは、よくある権力者のカバーストーリーだとしても、カバーストーリーでは帝都周辺の天候は変わらない。
「それだけに帝都では気が緩んで、ついつい食べ過ぎてしまいましたわ」
「それは何時もでは?」
「違いますっ!」
うん、二人の嫁が仲良く話し込んでいる姿を眺めながら、ジュリが食べ過ぎている時の事を思い出す。
幸せそうに甘味を高速で口に運ぶ姿を、旅先での楽しみに水を差すのも可哀想だと思いながらも、帝都の周囲一帯の地下を探査しまくったのよね。
色々と地下資源も見つかったけれど、そこは他国の事なので面倒事になるのは目に見えている為知らんふり。
ただ、探査結果は予想していたとおりで、地下深い所にではあるものの、溶岩溜りを発見。
地下の中で綺麗に他に流れているので、噴火とかの心配はなさそうではあるけれど、雪が積もり難く解けやすいのも、他の地域よりも僅かに暖かいのも、溶岩溜りの影響によって地熱が高いからこそだろう。
「その証拠に、最近は腰回りだってそう変わっていませんわ」
「えっ? でも、この間、体重を大分気にしていたけど」
「アレは結局、胸が大きくなっていただけでしたわ。
胸当てがキツくなっていたから、てっきり太ったとばかり思って焦っただけです」
「……胸はこれ以上は要らないけれど、ユゥーリィが喜ぶとなると思うと、ちょっとだけ悔しいわね」
「本当、それだけがせめてもの慰めですわ」
オッパイ星人の自覚があるから口にはしないけれど、全世界の貧乳に悩める乙女達に謝罪しろと言いたい。
おっと、嫁達の胸の成長は喜ぶものであって妬むものではないので、思考を戻そう。
そうなるとね、暖房特化の空気調整器具の魔導具が出来ちゃうのよね。
ただ、その地熱を利用する為にはかなり深く掘らないといけない為、たぶん私でないと出来ないと思う。
かと言って街中に張り巡らすなんて真似までは出来ないので、そこは帝国の魔導士に丸投げするにしても、下準備さえ前もってしておけば、おそらく五日程の工期で済む。
でもね、エルヴィス様が心配するように、工事をやって、はいさよならが出来るとは思えないのよね。
絶対に大事になって、何だかんだと長居を求められそうだもの。
それでも思ってしまうのよ。
皇姫であるエスター様を我が家に差し出す謝礼として、求めたものが友好と民の生活の為の魔導具だとなれば、エスター様のお父上である皇帝は民を思う良き皇帝なのだと。
それならば、力になれるものなら力になりたいと。




