④⑧
シルヴィーは瞼をそっと閉じた。
レンログ子爵がこうして無関心を貫こうとするのなら、そうしようと思っていた。
だが、こちらに攻撃してくるのなら話は別だ。
やはりこうなってしまうのか、そう思うと今までやられてきたことの怒りよりも憐れみの方が勝る。
騎士たちがミリアムたちを取り囲むようにして静かに動き出す。
これも予定通りだ。
暗い表情を見てか、ホレスが不安げにシルヴィーの手を握る。
大丈夫だと安心させるように手を握り返した。
アデラールから笑みは消えて、じっとミリアムたちを睨みつけている。
(そういえば……今まで元レンログ伯爵家で働いていた者たちをアデラール殿下は集めてくれたのよね)
彼らと再会できて近況を聞けたのは本当によかった。
皆、シルヴィーが追放されてからすぐに屋敷を出たそうだ。
シルヴィーの望みとあらば、アデラールはなんだってしてしまう。
さすがにこの場でシルヴィーやホレスの姿を見たら、証拠もなしにこちらを責めることはないはずだ。
正直、彼女たちが何をしようとしているのかまではわからない。
ミリアムの言葉を待っていると……。
「アデラール殿下、あなたはその女に騙されていますわ!」
「……なっ、ミリアムッ!? おまえもどうしてここにっ」
レンログ子爵は驚きに声を上げる。
ミリアムの発言にシルヴィーは言葉を失っていた。
ここまで根拠のない理由でシルヴィーを引きずり下ろそうとしているのだろうか。
「くだらない妄言ならば今すぐにやめてくれ。このような場で不謹慎だとは思わないのか?」
「いいえ、この場だからこそですわ。わたくしは皆さまの前で報告しなければならないんです! どうか真実を知ってくださいませ」
アデラールがシルヴィーとホレスを守るように前に出る。
マリアも椅子から立ち上がり、怒りで顔を真っ赤にしていた。王妃はマリアを落ち着かせるように支えた。あまりにも恐ろしい表情を見て震えている令嬢がいた。
シュマイディト国王も怒りに満ちた表情でミリアムたちを見据えている。
もう彼女の次の言葉を聞くのがつらい。胸が痛くなってくる。
「はぁ…………証拠は?」
アデラールはため息を吐きながら問いかける。
「証拠なら目の前に。わたくしはその子がアデラール殿下のお子ではないと知っています! 本当は元ラディング侯爵の子なのよっ」
「…………は?」
ミリアムの言葉に会場は思ったよりも騒めくことはなかった。
むしろアデラールと同じように何を言っているのか理解できない、という困惑の表情。
ホレスが風魔法を二歳で発現したことは周知の事実だ。
何故ならば王太子が持つ魔法の力は国を守る力。その属性によって備えることも違う。
今回は水害か風害が起こる可能性が高いと知っておくことで領地を守るための準備を行うため、すぐに発表されるのだ。
こうして大事に至るのを防いでいく。
それに元ラディング侯爵の子ならば髪や目の色、魔法の強さから違うものになっていただろう。
「ど、どうしてここにいるんだ! パーティーには出るなと言っただろう!?」
「皆さまに事実を知ってもらうの! それしかわたくしたちが元に戻る方法はないんだから。お父様はそんな簡単なことすらわからないのっ!?」
わかっていないのはどちらの方なのか、もう一度考えてほしいくらいだ。
ミリアムは自分たちが正しいと思い込んでいる。
それにレンログ子爵がかなり驚いているところを見るに、やはり彼は彼女たちがここにいることをまったく知らなかったのだ。
正しい情報を知っていれば、ホレスが王家の血を引いていることはすぐに理解できる。
しかし勉強を嫌っていたミリアムにはそんな当たり前のことすら理解ができないのだろうか。
シルヴィーは今までにないほどの怒りを感じていた。ホレスを否定されたような気がしたからだ。
ホレスもこんなことを言われて戸惑い、傷ついてしまうのかもしれない。
「不敬だな……何故そのような妄言を?」
「噂はすべて嘘なんです。それはあの女が脚色したもので、本当はラディング元侯爵に犯されたんでしょう!? それなのにお優しいアデラール殿下を騙したの! こんなこと許されるわけないわ。ねぇ、皆さまもそう思うでしょう?」
「ミリアムの言う通りです! わたくしたちは王国を救いにきたのですっ!」
「それにその女はお父様の火魔法を使えない出来損ないなのよ」
彼女たちの言葉に同意の声は聞こえない。むしろどうしてここまで勘違いできるのだろうか。
引き気味だった貴族たちは巻き込まれたくないと言わんばかりに、彼女たちから距離をとる。
社交界に顔を出さなかったせいか、アデラールが積極的に取り組んできたことや、魔法属性がそこまで重要ではないことすら知らないようだ。
「なら聞くが、シルヴィーがお前たちに虐げられていたのも脚色されたものなのかな?」
「……え?」
「シルヴィーから何もかも奪いとり、彼女の母親を毒殺しようとした。だからシルヴィーは母親を守ろうと策を講じた。それから元伯爵家を領主の代わりに支え続けたんだ。それは元執事や侍女、領民たちが証明している」
「そ、それは勘違いですわ。たまたまそうなって……」
「救いようがないね。シルヴィーが君たちを憐れむから極刑だけは勘弁しようかと思ったけれど……遠慮なんて必要なさそうだ」
アデラールから笑みは消えて、鋭くミリアムたちを睨みつける。
マリアは聖女というよりは魔王のように仁王立ちをして腕を組んでいた。
ホレスは見たこともないような冷たい表情で彼女たちを見下ろしている。
「な、ならわたくしの火魔法を見てください! わたくしは国の、アデラール殿下の役に立ちますから!」




