④⑦
会場にはレオナール公爵と母が寄り添う姿があった。
レオナール公爵は鋭い視線で周囲を威嚇している。
その後ろには大量の護衛も控えているため、母は困惑し周囲も引き気味だ。
どうやら彼のところにもレンログ子爵家の話が伝わっているらしく、子爵家を警戒しているのだろうか。
レオナール公爵を宥めつつ、母の幸せそうな笑みを見ていると安心する。
(……お母様、とっても綺麗だわ)
こうしてシルヴィーたちがパーティー会場にいても罵倒されることなく、貴族たちに受け入れられているのは間違いなくアデラールの努力があってこそだろう。
中には不満がある者もいるだろうが、そこはシルヴィーの努力次第で少しずつ変えていくことができるかもしれない。
それからマリアが登場すると会場が静まり返る。
男性は胸を手に当て、女性はカーテシーをして頭を下げている。
マリアはその力のこともあってか、聖女や女神として崇められているそうだ。
彼女が動く度にレースがひらりひらりと揺れて、本当に女神が降臨したようだ。
このドレスを纏っているマリアの姿をリーズに見せたら泣いて喜ぶだろう。
彼女の予言という力がこの国にとって特別なものだとわかる。
マリアは国王と共にゆっくりと椅子に腰掛けてから会場を見渡した。
それからある一点を見て、わずかに眉を寄せる。
シルヴィーもさりげなくマリアと同じ方向に視線を送る。
会場の端、そこには堂々と立っているミリアムと子爵夫人の姿があった。
レンログ子爵家が苦しいとは話に聞いていたが嘘のようだ。
むしろ以前のドレスよりも豪華に見える。
(どこからそんなお金を……? 領民たちは大丈夫なの?)
しかしそのすぐそばにレンログ子爵の姿はない。
彼女たちはこちらを鋭く睨みつけていた。その様子に嫌な予感を覚える。
(このままマリアの言う通りになってしまうのかしら。わたしはアデラール殿下のそばにいましょう)
ホレスを守るためにもそうする必要があるだろう。
国王や王妃にも壇上から動かないように言われているし、シルヴィーの周りには護衛がいる。
これも彼女たちが何をしてくるかわかっているからだ。
(……このまま何もありませんように)
そう祈っていた。
次々と貴族たちが挨拶のために壇上に登る。
そこにはシルヴィーの元婚約者であるロランの姿もあった。
彼は伯爵家の令嬢の元に婿入りしたらしい。
しかし以前の面影はなく、くたびれた雑巾のようになってしまった。
しばらく様子を観察していると気の強い伯爵令嬢に尻に敷かれているようだ。
彼はシルヴィーと目を合わせることなく、ガタガタと震えていた。
まさか婚約破棄した相手が王太子妃になり、戻ってくるとは思っていなかったのだろう。
隣にいる妻に腕で合図された彼は泣きそうになりながらも挨拶をしている。
「君……少しいいかな?」
「は、はいっ!」
アデラールがロランの耳元で何かを囁いた瞬間、彼は膝から崩れ落ちてしまう。
伯爵家はロランが失態を犯したことが許せなかったのだろう。
彼は顔を真っ赤にした伯爵令嬢と伯爵に引きずられるようにして会場の外へ。
彼がどこまで耐えられるのか、次のパーティーで顔を合わせられるのかは疑問である。
しばらく挨拶をしていると見覚えのある影。
そこにはレンログ子爵の姿もあった。どうやらミリアムと子爵夫人と一緒にいるわけではないらしい。
(どうして別々に? 彼女たちならドレスを見せびらかしに来てもおかしくないのに)
レンログ子爵は一言で言えば質素で地味だった。
ロランよりもひどく、一見すると平民のようだ。
あんなにも大きくて憎かったはずの父が随分と小さく思えた。
アデラールの空気が一瞬だけ鋭いものとなる。
「この度は御結婚おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
彼はシルヴィーの前に立っても表情はまったく変わらない。
もう他人のように振る舞う父を見ても、シルヴィーは心を動かすことはなかった。
(わかってはいたけれど謝罪の一言もないのね)
売られそうになったことを考えれば、怒鳴りつけて罵り殴り飛ばしてもいいくらいだ。
(そんなことをする価値ないわ。ずっと苦しかった。愛されるかもと期待していたけど……もう興味すらない)
しかし意外なことに彼はホレスをチラリと見て、ぐっと唇を噛んだ。
後悔をしているとでもいうのだろうか。それにはシルヴィーも驚いていた。
このまま何事もなかったかのように思えたが、アデラールがレンログ子爵を引き止める。
「子爵夫人とミリアム嬢は?」
「本日は体調が優れないという理由で屋敷で療養しております。申し訳ありません」
「……そうか」
レンログ子爵が嘘をついている様子はない。恐らく彼女たちが勝手に会場に入ったということなのだろう。
ミリアムや子爵夫人の様子を見て彼女たちを止めようと判断したが、彼女たちは確かに会場に来ている。
レンログ子爵はそのことを知らないようだ。
(嘘をついているようには見えないけれど……)
彼はプライドを捨てて、子爵として慎ましく生きる道を選んだのだろうか。
その考えを肯定するかのようにレンログ子爵は深々と頭を下げた。
こちらに危害を加えない限りはシルヴィーも何もすることはない。
噂があるからかヒソヒソと話す貴族たち。彼がその場を去ろうとした時だった。
「──わたくしは真実を知っていますっ!」
会場に響き渡る甲高い声。
挨拶の列の横に堂々とこちらに向かってくるのはミリアムとレンログ子爵夫人だ。




