④⑤
「シルヴィー、わたくしの名前はマリアよ」
「マリア王女……」
「…………マリアと呼んでくれるわよね?」
「はい、マリア!」
アデラールと同様にマリアから圧力がかかる。
こうして二人きりの時はマリアと友人のように接することを求めてくる。
もちろんシルヴィーに拒否権はない。
「そうだわ。シルヴィーに伝えたいことがあるの。パーティーの日はホレスやアデラールお兄様から離れないでね」
「…………え?」
真剣な表情でこちらを見つめているマリア。シルヴィーも彼女の方に向き直る。
「わたくし、毎日あなたとホレスのことを考えながら寝るのだけれど予知を見たの。パーティーの日、彼女たちは必ず接触してくるわ。だけど、アデラールお兄様のそばにいたら問題ないから」
「……!」
「バカね……何もしなければ少なくともこのままでいれたのに」
マリアは暗い顔でため息を吐きながらカップを置いた。
彼女が言っているのはおそらくシルヴィーの生家、レンログ子爵家のことを言っているのだろう。
彼女は危機を予知できるという特別な力を持っている。その力で未来で起こることを見たのだろうか。
(まさかミリアムたちがパーティーの時に接触してくるということ……?)
彼女の表情を見る限り、あまりいいことが起こるとは思えない。
何を仕掛けてくるかまではわからないが断片的に泣き崩れるところが見えたそうだ。
「大丈夫よ。ちゃんと対策をすれば、もう二度と顔を合わせることもない。わたくしのシルヴィーに手を出そうとするなんて、ありえないわよ」
彼女たちはなんらかの形でシルヴィーに危害を加えようとしている。
シルヴィーが公爵家の養女となり、アデラールと結婚することが伝わっているとなればミリアムは黙ってはいられないのだろう。
ミリアムはアデラールをずっと狙っていた。
子爵夫人も母の座を奪ったことを誇りに思っていることは知っている。
母が生きていることを知れば、子爵夫人も何をしてくるかわからない。
社交界に戻った時点で彼女たちと接触するかもしれないということはわかっていたはずなのに……。
(どうしてあの人たちは、わたしたちにこだわるのかしら。もう放っておいてくれたら、それでいいのに……)
もう別々の人生を歩んでいるはずなのに、また交わることになってしまうのだろうか。
「ねぇ、マリア……こうなることがわかっていたら未然に防げないのかな」
「……え?」
「もう関わらないでくれたなら、わたしはそれで……」
そう言いかけて口を閉じる。
向こうが関わってくればどうすることもできないことはわかっていた。
今までされてきたことは許せないけれど、もうこれ以上シルヴィーの人生に足を踏み込んで欲しくない。
そんなことがどうでもよくなるくらい今が幸せだからだろう。
マリアは少し眉を寄せつつ、静かに首を横に振る。
「今は準備をして備えることしかできないわ」
「…………」
こちらが牽制しても意味がないということなのだろう。
「アデラールお兄様のお気持ちがわかる気がする。あなたは優しすぎるのよ」
「え……?」
「この話はアデラールお兄様、騎士団やお父様にももう伝えてあるから」
シルヴィーは静かに頷いた。
あとは彼女たちが踏みとどまってくれるのを祈るしかない。
けれどマリアの予想はほぼ百パーセント当たるそうだ。
暗い空気をかき消すようにシルヴィーはリサに目配せする。
「あっ、そうだわ。マリアに渡すものがあるの」
「あら、なにかしら」
リサは綺麗に包まれた小さなプレゼントをシルヴィーに渡す。
青いリボンでラッピングされた包みをマリアのベッドへ届ける。
「シルヴィーが……わ、わたくしに?」
「えぇ、少しずつ仕上げたの。マリアの体がよくなるようにと願いを込めたのよ?」
マリアはゆっくりと青いリボンを手に取り解いていく。
包み紙を開けていくとそこにはシルヴィーが魔法で編み上げたレースのハンカチがあった。
白地に黄色のマリーゴールドが刺繍されており、マリアのイメージとぴったりだった。
「まぁ、なんて美しいの……!」
「マリアが元気になりますように……」
シルヴィーは目を閉じて、ハンカチを持つマリアの手を握り目を閉じた。
すると不思議とぽかぽかと温かくなっていくような気がした。
「シルヴィー、この力って……」
「……力? また刺繍の腕が上がったのよ。どんどん早くなっているの」
「本当にすごいわね……! 大切にするわ。わたくしは毎日このハンカチを持つから」
マリアが着るドレスと同じ柄で作ったハンカチは気に入ってもらえたようだ。
ちなみに十三年前の蝶の刺繍がされたハンカチは宝物のように額縁に飾られている。
その他にもシルヴィーが制作しているものが部屋中に飾られていた。
今回のパーティーは体調によるらしいがマリアも参加する予定だ。
彼女が自分の体に不満を抱いている。
特別な力による代償は大きく、不自由を強いられてきたそうだ。
マリアの夢は自由に買い物やパーティー、お茶会に参加して愛する人とデートすることだそう。
「シルヴィーはわたくしたちが守るんだから。あの時、あなたがわたくしを守ってくれたように」
「え……?」
「ううん、こちらの話よ。詳しくはまた話しましょう」
「はい、今日はありがとう」
シルヴィーは最後にうまくなってきたカーテシーを披露しつつ、マリアの部屋を後にした。
「まっ……母上!」
自室に戻るとママと言いかけて母上と言い直したホレスの姿。
こちらに駆け寄ってくる彼を抱きしめる。
「ホレス、どうしたの?」
「ボクッ、みて、みて!」
ホレスは足踏みしながら腕を上げている。
シルヴィーが彼に落ち着くように言うと、シルヴィーの前で小さな風を出す。
そうするとシルヴィーの髪をするりと撫でて消えていく。
「できた!」
「ホレス、すごいわね」
魔力のコントロールがうまくできたことが嬉しいのだろう。
シルヴィーはホレスを抱きしめる。
すると後ろからアデラールが歩いてくる。
「ホレス、シルヴィーに報告できてよかったね」
「……はいっ!」




