④④
* * *
シルヴィーは建国記念パーティーに向けてマナーや所作を習っていた。
何故なら国中の貴族が集まる場で、シルヴィーとアデラールの結婚、王太子としてホレスの存在を発表するからだ。
母がいなくなるまでは彼女に教わっていたが、貴族としての知識は最低限あるにしても、実際にやってみるとうまくはいかないことや忘れていることがほとんどだ。
だが、元レンログ伯爵家や平民での生活をしていたシルヴィーにとっては拘束時間が長くともまったく問題なかった。
むしろ講師たちの方が『続けても大丈夫ですか?』と、気遣ってくれたように思う。
時間がない中で詰め込まれる勉強。それでも以前の生活よりはたまらなく贅沢で楽に感じてしまう。
自分で料理や家事をしなくてすむし、朝から晩まで仕事があるわけではない。
むしろ余裕があり、体力が有り余って仕方がなかった。
勉強もマナーも新しいことを覚えられるのは苦ではない。
むしろ念願といったところだろうか。子どもの頃、憧れていたことに挑戦できることが嬉しくて自分から進んでやっていた。
幸せすぎる生活にシルヴィーは恐ろしさすら覚える。
パーティーの日までにはなんとか形になるだろう。
ホレスも毎日、魔法の訓練をがんばっている。
やはり膨大な魔力ともなれば、コントロールするのも大変だ。
教えるのはその感覚がわかるシュマイディト国王かアデラールでなければならない。
ホレスが幼いこともあり教えるのには苦労するそうだ。
抑えるのは得意だが、放出の調整が難しいそうで、彼はいつも悔しそうにしている。
まだまだ甘え盛りで、拗ねるとシルヴィーの元へと飛び込んでくる。
夜はアデラールとホレスと遊んで、彼が眠るまで見守るのがいつものルーティンだ。
二人で天使のような寝顔を見ている時が一番の幸せな時間だ。
アデラールに言いくるめられるまま、共に過ごす時間は増えていく。いつのまにか寝室も一緒になった。
初夜は思わぬ形で過ごせているが記憶がまったくないため、ドキドキするシルヴィーとは違い、アデラールは冷静だった。
『シルヴィーが僕に心を許してくれるまで手を出したりしないよ。本当は今すぐに触れたいけれどね』
その言葉に甘えて今は一緒に眠っている。
不思議とアデラールと眠ると安心できた。心地よい温かさにすぐに瞼が落ちていくのだ。
そして……たまに朝起きると血走った目でこちらを見ているアデラールがいるためなんだか怖い。
『おはよう、とてもかわい……いい朝だね』
彼が日に日に寝不足になっていくように見えるのだが気のせいだろうか。
そのことを問いかけても、アデラールは『今は眠るよりも大切なことがあってね。少しでも刻みつけていたいんだ』と、よくわからないことを言っていた。
それからシルヴィーの日課がもう一つあった。
それはアデラールの妹で王女であるマリアとのお茶の時間である。
体調がいい時に限るが、彼女の技術を見て盗んでいた。
マリアの所作は美しくていつも見惚れてしまう。
シルヴィーはマリアに初めて会った日のことを思い出す。
彼女はシルバーの腰まで長い美しい髪にくりっとした大きな目。
まるで人形のように美しくて、初めて見た時は「女神様みたい……」と、本音が口から出てしまいマリアに笑われたのだ。
『あなたの方こそわたくしを救ってくれる女神様なのよ』
『……え?』
『ふふっ、なんでもないわ。今までわたくしの泣き顔を見たのはアデラールお兄様とあなただけよ? だからあなたは特別ね』
マリアは体調がよくないようで、ベッドで上半身を起こしていた。
隙間からは細い手足首がのぞく。
マリアと話していると、やっとシルヴィーと会えたことが嬉しいと言ってくれた。
彼女はシルヴィーにずっと感謝を伝えていたが、その後は興奮しすぎて吐血。
城は大騒ぎで、何人もの医師がやってきた。
それから少しずつマリアはシルヴィーに慣れていき、今ではお茶を飲めるようになった。
ちなみにホレスと初めて会った時はもっとひどかった。
『アデラールお兄様の幼い頃っ◯×▼*×るうぃいいっ!』
という、声を発しながら気絶するかと思いきや、興奮で鼻血を噴射した。
自他共に認めるブラコンのマリアは、幼少期のアデラールにそっくりなホレスを産み出してくれたことに感動しているらしい。ホレスはマリアに怯えていた。
シルヴィーからすると愉快な王女様ではあるが、今までアデラールに相応しくない令嬢たちを退けていたそうだ。
その時のマリアの恐ろしい表情はアデラールにそっくりだった。
『アデラールお兄様にまとわりついてきた虫は、わたくしが潰してやりましたわ。だって目障りなんですもの。あんなに素晴らしいお兄様に自分が相応しいと思っていること自体、おこがましいと思わないのかしら。あと元レンログ伯爵家、今は子爵家だったかしら……名前を口に出すだけで吐き気がするわね。わたくしのシルヴィーを虐げていたあの一家を絶対に許さないわ。呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる……っ!』
死んだ魚のような目をして、彼らに呪いをかけるマリアを止めることなどできなかった。
もちろんアデラールを狙っていたミリアムとも面識はあるようだ。
マリア付き侍女たちによれば、いつも通りの行動なので問題ないそう。
満面の笑みでそう言われてしまうと納得してしまう。
そしてアデラールの結婚相手はシルヴィーしかいないと十三年前から確信していたというのだから驚きである。
だから最初からシルヴィーに好意的だったようだ。
そして今日もマリアにいろいろと指導してもらっている。
「そうそう。さすがわたくしのシルヴィーだわ! なかなかに筋がいいですわね」
「ありがとうございます。マリア王女殿下」
たまに『わたくしのシルヴィー』という言葉が気になるところだ。
マリアの愛もアデラール並に重たいのだ。




