④③ ミリアムside6
今は怒りで頭がいっぱいでこの噂がどこまで真実なのか、そうじゃないのか計り知れない。
社交界に出ておらず噂程度の出来事ではあるが、もしこれが事実ならば許せることなど一つもなかった。
「それに事故死したシルヴィーの母親も生きているそうじゃない!」
「な、なんだと!? ミーシャが生きている……? そんなはずはっ」
「────ッ!」
父と母の目は大きく見開かれていた。
つまり彼女の馬車の事故は偽装したものだということだ。
「じゃあ……私がやったことはバレているの?」
母はシルヴィーの母親を毒殺しようとしたことを言っているのだろう。
いつまで経っても居座り続ける彼女を邪魔に思い、母はシルヴィーの母の毒殺を企てた。
けれどその前に馬車の事故で亡くなったのだ。
だが、今大切なのはそんなことではない。
奴らが自分たちより幸せになることが許せないからだ。
「馬車の事故を偽装までして小賢しくも生き延びていたのよ。今はレオナール公爵邸にいるって……っ! すべてあの女が仕組んっ」
ミリアムがいい終わる前に、母がテーブルを思いきり叩いた。
何度も何度も繰り返し、まるで怒りをぶつけているようだ。
テーブルの上に乗っていた書類や羽根ペン、インクが次々に床に落ちていく。
母はヒールでそれを何度も何度も踏み潰していた。
「なんでよ……なんであの女が上にいくの?」
どうやら母もミリアムと同じ気持ちのようだ。
「本当のことを教えて差し上げないと……っ! アデラール殿下が可哀想だわ」
洗脳されたアデラールを守らないといけない。
ミリアムはそう思っていた。このままでは王族の血を引いていないものが王になってしまう。
そうすれば国の崩壊を招くではないか。
どうにかして彼に会えないか、そう考えを巡らせていると招待状が届く。
それはミリアムが年に一度しか参加することができない建国記念パーティーのものだ。
招待状には王太子、アデラール・デ・シュマイディトとシルヴィー・レオナールの結婚発表とホレスという第一王子のお披露目と書かれている。
ミリアムの目の前が真っ白になっていく。
この噂が真実なのだという裏付けになってしまい苛立ってしまう。
それにこのままシルヴィーが消えなければ、レンログ子爵家は窮地に立たされたままだ。
「今までアデラール殿下を慕っていた令嬢たちだって、こんなのは納得しないはずよ! ずっと底辺だった女が今更ありえないでしょう!?」
「あなたっ! 間違いは正さなければならないわ。このままじゃ私たちは……」
どうにかしたい、その一心で俯く父の肩を掴んで揺らしていた。
父もこの状況からなんとか這いあがる術を探していたことは知っている。
絶対に賛同してくれるに違いない、そう思っていたのに返ってきたのは想像もしない言葉だった。
「これ以上は何もしないでくれ。それがバレても罰がないということはこのまま何もしなければこの地位にいられるんだ!」
「お父様、自分が何を言っているかわかっているの!?」
「ああ、お前たちが余計なことをしないでくれたら、このままでいられることだけはわかる! シルヴィーやアイツが何も言っていないんだ。このままでいいっ」
「…………は?」
ミリアムは父が何を言っているのか意味がわからなかった。
「王家が……アデラール殿下が、そこまで愚かなわけがないだろうっ!」
「……なんで?」
「ここまで話が進んでいるのならどうにもできない。間違いなわけがないんだよ!」
ミリアムは耳がおかしくなってしまったのかと思った。
父がここまで落ちぶれてしまったことに大きなショックを受けていた。
それは母も同じだったのだろう。
苛立ちで鼻息が荒くなり、今にも殴りかかってしまいそうなほどに顔が歪んでいる。
「お前たちは、このパーティーには参加しなくていいっ!」
「はぁ!? お父様、頭がおかしくなったんじゃない? 領民も屋敷の人たちもアデラール殿下もみーんな、あの女に洗脳されているのよ!」
「──もう遅いんだよっ! あの時、シルヴィーの有能さに気づいてさえいればこんなことにはっ」
「………………え?」
「シルヴィーを選んでいたら……」
父が……ミリアムを愛してくれていたはずの父がシルヴィーを選んだ。
そのことが許せない。
ミリアムの中でプチリと糸が切れる。
魔法の影響なのか、ミリアムのまとう火はどんどん大きくなっていく。
さすがの父も違和感を覚えたのだろう。
「とっ、とにかく今は魔法を使うな。勝手なことをしたら出て行ってもらう!」
「…………」
父はミリアムがいなくなると雑用や買い出しができないから外にだしたがらない。
きっとシルヴィーも同じような理由で屋敷にいることを強要していたのだろう。
ミリアムは今、あんなに馬鹿にしていたシルヴィーと立場が同じ……いや、それ以下なのかもしれない。
(…………信じられない)
ミリアムは呆然としていた。部屋を出た父は乱暴に扉を閉める。
「パーティーに出ないなんてありえない。この目で真実を確かめるまでは……わたくしは諦めたりしない」
「…………」
「でもお父様も洗脳されてしまったわ! これからどうしたらいいの?」
ミリアムは静まり返った部屋の中で呟いた。
炎はどんどんと弱まっていく。シルヴィーに騙されていることに気づいてほしいだけなのにどうしてうまくいかないのだろう。
ついには父もシルヴィーの味方をしている。これが現実だとは思いたくない。
しかし母から聞こえるのは笑い声だった。
「お母様……?」
ミリアムは母がおかしくなってしまったと思った。
しかし母はミリアムのゴワゴワの髪を撫でながら体を包み込むように抱きしめてくれた。
「ミリアム、あなたは完璧な存在だわ。今はこんなにも魔法が使えるのだから当然よね? あなたがアデラール殿下と結婚する予定だったのに、あの女たちは卑怯な手を使ってわたくしたちから幸せを奪ったのよ」
「お母様……っ!」
やはりミリアムの味方は母だけなのだ。
ミリアムは涙を堪えながら母に抱きついた。
「それにね、奪われたならまた奪い返せばいいの。そうでしょう?」
「……でもどうやって?」
「わたくしに任せてちょうだい。あの女たちを引き摺り下ろして、またわたくしたちが輝きましょう?」
「はい、お母様……!」




