④② ミリアムside5
ミリアムはピタリと動きを止めた。
(今、なんて言ったの……?)
聞き間違いでなければシルヴィーが公爵家の養女となり、王太子妃になると聞こえなかっただろうか。
「それに元レンログ伯爵夫人を毒殺の危機から救ったんですって!」
「幼かったはずなのになんて勇敢なのかしら。元夫人を守ったのね!」
「えぇ、元夫人はレオナール公爵邸で公爵様と仲睦まじく暮らしているんですって」
「親子で幸せを掴んだのね。なんて素敵なのかしら……うらやましい」
ミリアムは顔を隠していたストールを取った。
風に靡いていたストールが突然、発火して真っ赤な炎を帯びる。
「……きゃっ!」
「な、なに……!?」
突然の火に驚いた女性たちの視線がこちらを向いた。
ミリアムの髪や顔が露わになり、誰かわかった瞬間に女性たちは表情を曇らせた。
「最悪だわ。行きましょう」
「……えぇ」
「待ちなさいよ……っ!」
ミリアムは逃げ出そうとする女性たちを火を使い引き止める。
彼女たちが逃げられないように周りを火で囲む。
「あなたたち、燃やされたくなかったら答えなさい!」
「そ、そんなことしたらあなたは……っ」
「そうよ! 脅して魔法を使えない人たちを傷つけたら罰をっ」
「──うるさいっ!」
「ひっ……!」
ミリアムは感情の制御ができずに、炎が体から吹き出していく。
これは怒りの炎だ。
貴族が魔法を使い、人を傷つけたら厳罰だ。それに加えて魔法を使えない者に魔法を向けたら……。
(そんな当たり前のことはわかっているわよ! でもね……バレなきゃ問題なんてないわ)
ミリアムはこの力を使って成り上がってきた。
それに王家にバレなければどうってことはない。処罰を受けることはないのだ。
「熱っ……」
「大丈夫!? きゃああ、炎がっ!」
皮膚や服が焦げる匂いがした。
人が集まってくるが、そんなのはミリアムには関係ない。
ミリアムの唇は無意識に弧を描いていく。
「燃やされたくなかったらさっさと、その噂をわたくしに教えなさいよっ!」
「わ、わかりましたから離してぇ」
「火がっ、火がああぁ」
ミリアムは女性に掴みかかる。服がじりじりと焦げて焼けていく。
これ以上にない魔法の大きさ。それはミリアムの怒りに大きく反応しているような気がした。
(やっぱりわたくしの力はすごいのよ……! こんなところで終わる女じゃないの!)
高笑いするミリアムに怯える人々。その視線が気持ちいい。
女性たちは泣きながら噂について話していく。
アデラールは幼い頃に出会ったシルヴィーに一目惚れして、ずっと想いを寄せていた。
元伯爵家に虐げられ、母親を救うために結ばれることはなかった。
その後、追放されてすべてを失ったシルヴィーは平民になる道を選択する。
あの夜会の日、仮面をつけてアデラールとの関係を断ち切るために一度だけ関係を持ち、彼の立場を思い姿を消す決断をする。
けれどそこで子どもを身ごもっていることを知り、一人で育てる事を決意。
三年後にアデラールがシルヴィーを見つけてプロポーズして二人は結ばれたのだという。
彼女はレオナール公爵の養子となりアデラールと結婚。
シルヴィーの母親も生きていて、公爵邸に滞在しているのだという。
それを聞いたミリアムは唖然としていた。
女性たちはその場に立ち尽くすミリアムから逃げていく。
(なんで……? アデラール殿下との子ども? 彼と想い合っていたなんて嘘でしょう?)
アデラールがシルヴィーと面識があったなんて信じられない。
母とシルヴィーを社交界に出さないように徹底していたし、父もシルヴィーの力を恥じていた。
だからアデラールと会うことなんて不可能だし、ずっと自室に引きこもっていた。
屋敷から出ることはなかったではないか。それはそばにいたミリアムが一番よくわかっている。
(ありえない。どうしてそんな嘘をつくの!? シルヴィーはあの豚に襲われたんでしょう? それなのに……それなのにっ!)
夜会にアデラールがいたことは確かだ。けれどミリアムは真実を知っている。
(あの女はアデラール殿下を騙したの! 本当はアデラール殿下の子どもなんかじゃない。あの豚の子なのに嘘をついているんだわ。絶対にそう! そうに違いないわっ)
ミリアムは全力で屋敷に走って行った。その後ろには火の粉が舞っている。轟々と燃える怒りの炎。
父の部屋に行くと、今日も飽きずに罵り合っている両親の姿。
ミリアムは肩を揺らしながら、訴えかけるように叫んだ。
「──あの女を許しちゃだめっ! 絶対にダメよ! あの嘘つきはわたくしたちを嘲笑う気なんだわ」
「ミ、ミリアム?」
「その火は……? まさか魔法の力が強くなっているのか?」
両親の言葉なんて耳に入らない。
今、一番大切なのはシルヴィーを地獄に突き落とすこと。それだけではないだろうか。
二人にシルヴィーとアデラールのことを話していく。
すると母の眉間には深く皺が刻まれていった。歯が割れてしまいそうなほど重い歯軋りの音がここまで響く。
父は最初こそシルヴィーとアデラールの関係について、大きく喜んではいたものの、レオナール公爵家の養女になったという話を聞いた瞬間……膝から崩れ落ちてしまった。
もうレンログ子爵家の人間ではないため、恩恵を受けられないからだろう。
「あの女の子どもは間違いなく元ラディング侯爵との子どもよね!? アデラール殿下と接点なんてないでしょう!? パーティーにも行ったことないのにおかしいわ!」
「……」
「お優しいアデラール殿下を騙しているに違いないわ。わたくしが救ってあげないとっ! あの豚の子どもを王太子にするわけにはいかない。燃やしてやるっ、何もかも燃やしてやるんだから!」




