③⑦
王妃は満面の笑みを浮かべて手を合わせている。
店が大混乱になるだろうと考えていると……。
「シルヴィー、街に行くなら僕が一緒に行くよ」
「アデラール殿下っ!?」
突然、アデラールが話に入ってきたことに驚きを隠せない。
「あらあら、アデラール。どこから話を聞いていたのかしら」
「二人の会話を邪魔したくなかったんだ」
「まぁ…… そろそろ怒ってもいいかしらね」
アデラールは王妃に注意されたことで困ったように笑っている。
彼が乱入してくるのは今回だけではない。毎回だ。
「今回はたまたまですよ」
「次やったら許しませんよ。シルヴィーに嫌われてもいいの!?」
「それは困りますねぇ……僕はシルヴィーのことを一番に考えているだけなんですが」
「シルヴィーを一番に考えるのは当たり前です。あなたがやり過ぎだと言っているのよ!」
「母上は手厳しいね。それにシルヴィーに少しでも僕のことを好きになってもらわないと」
「……え?」
「母上と父上のような関係に憧れているから、二人みたいに仲良くなれるように彼女と一緒に買い物できたらと思ったんだけど……だめかな?」
「まぁ……!」
シルヴィーはあざとすぎるアデラールを見て呆気にとられていた。
頭の回転が速いというのは、彼のような人のことを言うのだろう。
どんどんと話がずれていき、先ほどまでシルヴィーと買い物に行く気満々だった王妃も、アデラールの巧みな話術により「なんだかあの人の顔を見たくなったわ」と、言って部屋から出て行ってしまった。
二人きりの部屋の中、気まずい空気が流れる。
そう思っているのはシルヴィーだけかもしれないが。
(こうして二人きりになるのは久しぶりよね。意図的に避けていたのもあるけれど……)
いつもはホレスやリサが一緒にいるため、違和感を覚える。
「シルヴィー」
「ひっ……は、はい!」
大きく肩を揺らして返事をしたシルヴィーを見て、アデラールは困ったように笑みを浮かべて一歩後ろに下がる。
「紳士的に接しているつもりだったんだけど、シルヴィーへの気持ちが強く出過ぎていたのかな?」
「…………いえ」
「無理をしなくて大丈夫だよ。このままだと母上の言う通り、嫌われてしまうね」
誤魔化して答えても表情を見て察しているのだろうか。
少し距離を取るようなアデラールの行動になんとなく気まずかっただけなのだが、アデラールにはそう見えていたのかもしれない。
怖いというよりは、受け止めきれないというのが正直な気持ちだった。
今まで奪われ続けていたシルヴィーはこそばゆい気持ちに戸惑うばかりだ。
(わたしにそんなことをしてもらう価値なんてないんだけど……)
それにアデラールは必要以上にシルヴィーに触れようとしない。
いつも許可を取ってから触れたりすることがほとんどだ。
それはシルヴィーの態度のせいもあるのだろう。
「シルヴィーは僕が怖い?」
「いいえ、怖くありませんが……」
「…………そうか」
アデラールはそれだけで嬉しそうに微笑んでいる。
それにシルヴィーはアデラールに対して後ろめたい気持ちを抱えている。
それは三年前の夜会の日に本当は何があったかということだ。
シルヴィーの記憶がないことがそもそもの原因だ。
そうでなければアデラールのことを理解することができないだろう。
今も彼が遠慮していることがわかるが、シルヴィーがアデラールを襲ったことだけはわかる。
つまりアデラールがここまで下手に出る必要はないのだ。
「少しだけ二人で話しませんか?」
「君は……大丈夫なのかい?」
やはりアデラールはシルヴィーの心配ばかりしているように思う。
こうして距離があることは仕方のないことだが、前に進むと自分で決めた以上は向き合わなければならないだろう。
シルヴィーが頷くとアデラールは人払いをして、暫く二人きりにするように部屋の外に待機していたリサに頼む。
「アデラール殿下はあの日のことをどこまで覚えていますか!?」
「…………え?」
突然の質問はアデラールも目を見張っている。
「その……三年前の夜会の時のことですっ!」
「……!」
自分で言っておいて顔が赤くなってしまう。
何もないわけがないのはわかっているが、アデラールはシルヴィーが何も覚えていないことすら知らないのだ。
「わ、わたしはジャボを直した後のことをまったく覚えていないんです!」
「…………!」
「ところどころは記憶にあるようなないような……そんな感じなのですが、アデラール殿下はどこまで記憶にありますかっ!」
恥ずかしさを押し込めて問いかけた。
「全部……全部覚えているよ」
やはりアデラールは全部覚えているようだ。
居た堪れなくなり、シルヴィーは両手のひらで顔を覆う。
「そうか。シルヴィーは何も覚えていないんだね」
悲しげな声が耳に届く。
シルヴィーは指の隙間からアデラールの様子を覗き見る。
彼の歪んだ唇が微かに「……よかった」と動いたような気がしたのだが、気のせいだろうか。
いつのまにかアデラールの骨張ってゴツゴツした指がシルヴィーの腰を支えていた。
サラリと髪を撫でる指がくすぐったくて身を捩った。
「てっきり、あの日の僕を覚えていて怯えているのかと思ったんだ。でも覚えていないんだね」
「……はい」
「そういうことか。なら遠慮はいらないか」
そう呟いたアデラールは、逃さないとでも言うように反対側の手のひらで後頭部を掴まれてしまう。
耳元で囁くような低い声にゾクリと背筋が震える。
小さく体を跳ねさせるとアデラールの体が少しだけ離れた。
「……ッ、アデラール殿下?」
「シルヴィー……」
名前を呼ばれて、ライトブルーの瞳に見つめられると魅入られるようにして動けなくなる。
もう少しで唇が触れてしまう、そんな距離だった。
ハッとしたシルヴィーは彼を警戒するように距離をとる。
すぐに顔が赤くなっていくのがわかった。
「残念、もう少しだったのに」
「……っ」




