③⑥
特にシュマイディト国王はホレスを見て、眉や目尻の下がったでれでれの顔を見せていた。
とにかくホレスがかわいいらしく彼を甘やかすのだが、あまりにもプレゼントを大量に買うため、よくホレスに怒られている。
「じーじ、めっ!」
「だってぇ…………」
「もったいない。めっ!」
「……はい」
買いすぎた分は、孤児院に配られたそうだ。
それに毎日、アデラールと魔法の訓練をしているためか、いつのまにかパパから父上呼びがすっかり定着していた。
今日もシルヴィーがレースを編んでいる横で、アデラールとホレスは魔法について学んでいる。
ホレスはまだ幼いため、今は適度に発散させて内部に魔力を溜めすぎないことも大切だそう。
昼間は外では一緒にお茶をしつつ噴水のある中庭で魔法の練習。
何かあれば、アデラールが魔法で助けてくれる。
『母上、できました!』
シルヴィーのことも母上と呼ぶのだが、少し寂しさを覚えた。
けれど王族としての立ち振る舞いを学んでいくのは大切なことだ。
それに関わる人が多いせいか、ホレスはどんどんと言葉を覚えている。
(ホレスは馴染むのが早いわ。わたしの方がこの状況を受け入れるのに時間がかかっているのに……)
母からも手紙が届き、レオナール公爵とはうまくやっているらしい。
次第に惚気のような内容に変わっていくため、シルヴィーは何度も瞬きを繰り返す。
(まさかレオナール公爵と? いや、まさか! 流行りの小説でもあるまいし……)
目まぐるしい日々ではあるが、確かな幸せを感じていると、ついにレースが完成した。
王妃とお茶の時間にレースを見せつつ、そのことを報告する。
「まぁ……! 見事だわ」
「ありがとうございます」
「さすがシルヴィーね。マリアも元気を出すかしら」
王妃が手を合わせながら笑みを浮かべる。
王女のマリアはシルヴィーとホレスに会えることに興奮しすぎてしまい、熱を出して寝込むということを繰り返しているそうだ。
早く会いたい気持ちはありつつも、なかなか会えない日々が続いている。
けれど侍女を通じて、シルヴィーにほぼ毎日手紙を書いてくれている。
シルヴィーも休憩中に返事をするのだが、噂で聞いていた彼女よりもずっと優しくてかわいらしい人物だ。
リサによればそれはシルヴィーに対してだけなのだという。
噂通りアデラールのことが大好きでホレスに会ったら気絶する自信があると手紙に書いてあった。
今日はマリアにレースが仕上がったと報告できそうだ。彼女は喜んでくれるだろうか。
コツコツと積み上げたものが形になり、達成感でいっぱいだった。
このレースが仕上がったことでシルヴィーはいよいよ現状に向き合わなければならなくなってくるだろう。
国王夫妻はシルヴィーを本当の子どものようにかわいがってくれている。
アデラールはシルヴィーに対して砂糖のように甘い。受け止められないほどの優しさと愛情をくれるのだ。
(幸せすぎて断る理由がないわ……わたしは結婚なんて絶対にしないと思っていたけれど)
こんな自分と向き合おうとしてくれている。
そんなまっすぐな想いがきちんと伝わるからこそ、シルヴィーも徐々に受け入れられたのかもしれない。
(本当の家族ってこんな感じなのかしら……)
とはいえ、王妃教育がどれほど大変なのかもシルヴィーは知識として知っていた。
そもそも貴族としての教育もろくに受けていないため心配が勝る。
考えている間に、顔に出てしまっていたようだ。王妃は困ったように笑っていた。
「不安よね。わたくしも最初はそうだったわ」
「王妃陛下もですか……?」
王妃は口元を抑えながら微笑んでいる。
「大丈夫よ。あなたはとても強いわ。大切なものを守り、劣悪な環境から抜け出して、ここまでホレスを育てた。それにこんなに素敵なレースを作り出すことができるもの!」
「王妃陛下……」
「アデラールの言う通りね。この国は素敵な才能を持つ人たちを排除しようとしていた。もっと早く動けたらよかったけど、アデラールのおかげで今、大きく国は動いているわ」
「…………はい」
「力の大きさではなく、国や領民への貢献度で爵位を決めるそうよ。今度の議会で話し合われるの」
彼女はシルヴィーの手を包み込むように握る。
「それにね、王国を救わなければという重圧ははかりしれないと思うの。だからわたくしたちで支えていきましょう」
「……はい!」
シルヴィーは覚悟を決めて頷いた。ホレスには今からさまざまな責任や重圧がかかるのだろう。
(それを支えてきた王妃陛下はすごいわ。いずれホレスも……)
ホレスのためならばシルヴィーもどんなことだってがんばれる気がした。
(王妃教育だって乗り越えてみせるわ)
急な環境の変化で弱気になりつつあったのはシルヴィーの方だったのかもしれない。
「戸惑うことばかりだと思うわ。焦りもプレッシャーもあると思うけれど、わたくしたちはシルヴィーの味方よ」
「ありがとうございます。ホレスのためにもがんばります」
優しい笑顔に胸が温かくなる。
王太子として輝かしい未来を歩むホレスのためにも、自分もがんばろうと思っていた。
そのためにもリーズの店にレースを届けて、今までのお礼を言わなければならない。
それと共に彼女たちと話ができればと思っていた。
「あの……このレースはわたしがお店に直接届けてもよろしいでしょうか。まだお世話になったお礼をしていなくて……」
「そうね。ホレスのこともちゃんと報告しないと。あっ、そうだわ! わたくしもシルヴィーと一緒に行ってもいいかしら?」
「は、はい……もちろんです」
「シルヴィーのためにドレスをたくさん仕立てたいと思っていたのよ! もちろんそのドレスも似合っていて素敵だけど、これからもっと必要になるでしょう?」




