③③
シルヴィーは今、天国にいるような生活を送っている。
アデラールの言葉通り、母とシルヴィーとホレスは王家から大歓迎されていた。
今は主にレースを編んだり、アデラールの相手をしている。
用意しなくても食事が出てくる毎日を噛み締めていた。
先日は母と共にレルナード公爵に挨拶に行ったのだが、彼は一見、冷たいように見えたがただ自身の研究や実験にしか興味がないようだ。
見た目も熊のように大きく、髪や髭は伸びっぱなし。
かなりの威圧感があったが、母とシルヴィーはまったく動じることはなかったことにレルナード公爵は驚いていた。
母はこのまま洋装店の裏方で働くわけにもいかず、かといって王城にいるわけにもいかず、アデラールの根回しによりレオナール公爵邸でお世話になっていた。
今は草木をまとめたり、網を大量に作り植物を乾燥させたりと、レルナード公爵を手伝いながら忙しい日々を過ごしているそうだ。
人をあまり寄せつけないレルナード公爵だが、不器用で口下手なだけでとても優しいらしい。
また二人で王城にホレスとシルヴィーに会いにいくと言っているため、仲は悪くないのだろう。
国王も「彼奴を屋敷から出すとは……!」と、心底驚いていた。
(もしレルナード公爵がお母様と結婚したら本当の娘に……って、そんなわけないわよね)
王子としてホレスだけ迎え入れるのならまだわかるのだが、シルヴィーにも母にも温かい対応をしてくれている。
(今までの生活が嘘みたい……幸せすぎて怖いくらいだわ)
少し前まではホレスと母と三人で慎ましい生活をしていたのに、まるで物語の世界に入り込んでしまったのかと思うほどに贅沢な暮らしをしている。
今ではシルヴィー付き侍女がリサを含めて三人。
ホレス専用の侍女や家庭教師も決まり、目まぐるしいほどに環境が動いていく。
シルヴィーはマリアのドレスに使用するレースを編み終え次第、今後のことを考えようと思っていた。
王妃教育はその後でいいそうで、シルヴィーには十分なほどに時間が与えられていた。
周囲のことを気にするシルヴィーにアデラールは『気にしなくていい』と、言ってくれている。
(アデラール殿下は本当にわたしでいいのかしら……)
そこまで大きな範囲ではないのと、ホレスの面倒や家事をする必要もないので驚くほどに作業が進む。
(でも両陛下があそこまでするなんて……)
これはシルヴィーが城に滞在して一週間経った日のこと。
レースを編んでいるとシュマイディト国王と王妃、アデラールがシルヴィーの部屋を訪ねてきたことで驚き肩を跳ねさせた。
すぐに挨拶をしようとしたが、ここは公の場ではなくプライベートだから普段通りでいいと制す手のひら。
人払いを行い、静まり返った部屋の中。険しい顔でこちらに近づいてきた王妃はシルヴィーを抱きしめる。
『アデラールにあなたとの話は聞いているわ』
シルヴィーの心臓がドクリと跳ねる。
アデラールが夜会の状況をどう話しているのかわからないためだ。
(アデラール殿下はなんて説明したのかしら……酔っ払って王太子を襲ったことがバレていたら)
ほんのりと冷や汗が滲む。シルヴィーはゴクリと唾を飲み込んだ。
関係を持たなければ、アデラールの子どもが産まれることはない。
アデラールも酔っぱらったシルヴィーに襲われたとなれば説明しづらいだろう。
(ど、どうしましょう……)
シルヴィーはへらりと笑いつつ誤魔化すことしかできない。
『アデラールから聞いたわ。毒で判断力は鈍っていたとはいえ、あなたを傷つけてしまった。だから逃げたのよね……本当にごめんなさい』
『…………え?』
『申し訳なかった』
深々と頭を下げる国王夫妻にシルヴィーは必死に頭を上げるように説得する。
どうやらアデラールはすべて自分のせいだと説明しているようだ。
『アデラールはあなたを大切にして償いたいと思っているの。わたくしたちも同じ気持ちよ』
『こんなことを我々が言うべきではないだろうが謝らせてくれ』
心苦しくなったシルヴィーは胸元に手を当てつつ考えていた。
こう言わなければシルヴィーが逃げ出した説明がつかないということだろう。
(アデラール殿下は何も悪くないのにどうしてこんなことを……!)
ここで真実を言えば、二人にはしたないと罵られるかもしれない。
けれどシルヴィーは一方的にアデラールが責められるのを今後も聞かなければならないのだろうか。
シルヴィーはゆっくりと首を横に振る。
(このままじゃダメよ……!)
何よりシルヴィーはあの夜会の後、平民になろうと準備をしていた。
それにほとんどあの時のことは覚えていないのだ。
だけどシルヴィーが大暴走したという事実だけはわかっている。
謝る二人をまっすぐに見たシルヴィーは真実を告げるために口を開く。
『いえ、わたしが悪いのです。アデラール殿下は何もっ……』
『父上や母上にそう言われたら、シルヴィーが許さざるを得なくなってしまいますよ』
いつのまにか部屋に入っていたアデラールは素早くシルヴィーの前へ。
両陛下に背を向けて自身の唇に人差し指を当てた。
シルヴィーはわずかに首を横に振るが、ウインクをするだけで何も答えてはくれない。
『そ、そうよね……ごめんなさい。配慮が足りなかったわ』
『僕は彼女の意思を何よりも優先したいのです』
『ああ、わかっている』
『それにどんなことがあっても僕が手を出した事実は変わらない。シルヴィーには僕の一生をかけて償うつもりだよ』
『……!』
アデラールの〝一生〟という含みのある言葉にシルヴィーは彼を見つめたまま固まっていた。
すると彼は笑みを浮かべながらゆっくりと手を離す。
『これ以上、余計なことを言ってシルヴィーを不安にさせないでくださいね』




