③⓪ ミリアムside1
──わたくしはあの日まで成功者だった。
ミリアムは伯爵令嬢としての地位、両親の愛情、婚約者もすべてミリアムのもの。
邪魔者はいなくなり、これから幸せな日々を過ごせると思っていた。
シルヴィーは父と前妻の子どもだった。純朴だが美しい容姿、何をしても動じない心の強さ。
だけどパーティーにも出られずにずっと部屋にこもっている根暗。
それなのにこちらを見て軽蔑するような視線を送ってくるところが気に入らない。
その視線がミリアムを苛立たせる。
それにミリアムよりもシルヴィーの方が屋敷の人間にも慕われていた。
(明らかにわたくしの方が〝上〟なのに……っ)
父と同じ火魔法を使えるミリアムに勝てるわけがないのだ。
今までもそうやって火魔法の力を見せつけてやった。
それで大人しくなったかと思いきや、父の代わりに何かをやり始めて領民や屋敷の人間たちに媚びている。
どうにかしてミリアムの上に立とうとしているのだろう。
そんなことをしてもミリアムを追い越せるはずはないのに。
母と一緒にシルヴィーに自分の立場を自覚させてあげているのに自分のことは自分でやりだすし、貴族としてのプライドもない。
ミリアムにはシルヴィーが恥を晒しながら平然と日々を過ごしている意味がわからなかった。
(こんな生活しているなら平民にでもなったらいいのに。貴族として生きている意味があるのかしら……)
シルヴィーの母親が事故死する前まで、母とミリアムは肩身の狭い思いをしていた。
ここの屋敷では暮らせなかったのだ。
父が本当に愛しているのは母だけだとわかっていたが、今の生活を知ってしまえば悔しくて惨めで二度とあんな生活に戻りたくはない。
だからこそシルヴィーの行動に苛立ちを感じるのだ。
(……何を考えているのかしら。もう諦めているだけかもしれないわね)
だけどロランがシルヴィーの婚約者になったことで危機感を覚える。
母と共にすぐに抗議しに向かった。
『お前はアデラール殿下の婚約者になるのだろう?』
そう言われて、何も言い返せなくなった。
何故ならミリアムは自分がアデラールを射止めてみせるからと、父にドレスやアクセサリーを強請っていたからだ。
(最初から伯爵家を継ぐと言っていれば、ここにあるものは全部わたくしのものだったのに……!)
ミリアムはそこの部分を後悔していた。
アデラールは誰に対しても平等で誰も特別扱いしない。
噂ではもう心に決めた人がいるらしいが、ミリアムは違うと思っていた。
(アデラール殿下はそろそろわたくしの魅力に気がつくべきよ! わたくしを選べば幸せになれるのにっ)
ミリアムはめげることなくアデラールに何度も何度もアピールしていた。
それなのにダンスにも誘われないし、手紙の返事もこない。
とっくに婚約者になってほしいと申し出がきてもおかしくないはずなのに。
もしかしたらやきもちを焼いて、ミリアムとの仲を引き裂こうとしている令嬢がいるのかもしれないと追い払ってみるものの何も変わらない。
だけどミリアムは自分が選ばれるはずだと確信していた。
(幼い頃からわたくしは注目の的だった。お父様がわたくしを愛してくれているんだもの……!)
ミリアムは誰がどう見ても王太子の婚約者の器だ。
この国の令嬢の中でもっとも美しく、父から継いだ火魔法だってある。母は魔法を使えない。本来なら魔法を使えないはずなのにミリアムはこの歳まで魔法が使えている。
これは前例がないことだそうで、ミリアムは定期的に王城である魔法研究所へ足を運んでいた。
研究員たちもミリアムの機嫌を窺いつつ、力について聞いてくる。
そうやって城を出入りするうちにアデラールと何度か顔を合わせる機会があった。
挨拶をすると優しく返してくれる。これはミリアムに惚れたということだろうとそう思った。
唯一、苦手なのは淑女としてのマナーはだった。
けれど完璧なアデラールならばフォローしてくれるはずだし、そんなところもかわいらしいと受け止めてくれるはずだ。
ミリアムを選ばないことは王家としての損失だろう。
あちらが後悔することになるはずだ。そう思っていた。
幸いなことにロランもすっかりミリアムの虜になった。
(やっぱりわたくしには魅力があるのね!)
貴族であれば社交界で地位を得れば好きなだけ贅沢をしていい、そういうものだとミリアムは母に教わっていた。実際、母は贅沢三昧。
屋敷のことは本来ならば母の仕事だが、母はできないからと執事に押し付けていた。
面倒なことは全部ぜんぶ人に任せていておけばいい。
だけどシルヴィーに婚約者ができてしまえば話は別。
ミリアムの上に立たれてしまうことに急激に焦りが襲う。
シルヴィーがロランと婚約した理由がわかってしまったからだ。
(あの女っ……今までの仕返しにレンログ伯爵家を乗っ取るつもりなのね!)
シルヴィーの嫌がらせだと思い怒り心頭に発する。
今まで邪険にしていたシルヴィーにミリアムの心地よい居場所を奪われてしまう。
(わたくしたちを追い出すつもりなのよ……許せないっ)
けれどロランはミリアムに気があるようだ。
ミリアムもいざという時のためにロランをキープしようとアピールしていた。
ロランもシルヴィーの奴隷のような立場をわかっているようで、ミリアムに擦り寄ってくるではないか。それがまた気持ちいい。
ロランとの婚約で金を得たからか、父は上機嫌でどこかにでかけた。
母は万が一にでもシルヴィーとロランが伯爵家を継ぐことを恐れていて、シルヴィーを追い出さなければと父を毎晩説得している。
それなのに屋敷の者たちや領民の話を出して誤魔化そうとしているではないか。
アデラールとの結婚を諦めて、ミリアムがロランと婚約者になるからと覚悟を決めたため父にお願いをする。
すると父はニヤリと笑ってから予想もしなかったことを話し出す。




