②⑧
「ふふっ、シルヴィーらしいわね。わかったわ。まずアデラール殿下に許可をいただきましょう」
「……アデラール殿下に許可を?」
シルヴィーはどうしてアデラールの許可が必要なのかと聞いたが、リサは複雑そうな表情で唇を開く。
「よく聞いて、シルヴィー。アデラール殿下はあなたを……」
リサがそう言いかけたのだが、再び聞こえるノックの音。
すぐにリサが扉を開けて、深々と頭を下げた。
シルバーホワイトの髪にライトブルーの瞳。ホレスと同じ位置にある泣きぼくろに自然と目がいってしまう。
正装して王太子としての圧倒的なオーラを放っているアデラールの姿がそこにはあった。
彼はシルヴィーと目が合うと満面の笑みを浮かべた。
その姿が仕事終わりに迎えに行った時に喜ぶホレスと同じ表情だと思った。
やはりアデラールとホレスは親子なのだ。
「シルヴィー、よく休めたかい?」
「こんなによくしていただいて、ありがとうございます。ホレスのことも助けてくださって……」
ホレスの熱が下がったのはアデラールのおかげだ。
なのにホレスと別れることが悲しくて、アデラールに感謝も伝えていなかった。
「当然のことをしたまでだよ」
「ホレスは大丈夫でしょうか? またあんなことに……」
「彼には適切な訓練を受けてもらわないといけないんだ。体に巡る膨大な魔力をコントロールしなければならないから」
再びあんなことにならないようにホレスは魔法の使い方を学ばなければならない。
大きな魔力を持つのは王族だけ。故に使い方も学べる場所もここだけというわけだ。
「それともう一度言わせてほしい。シルヴィー、僕と結婚してほしいんだ」
「……!」
「君の夫として、ホレスの父親として……君たちのそばにいることを許可してほしいんだ」
アデラールは膝を突いてベッドに座っているシルヴィーの手を優しくとる。
彼から懇願するような視線を感じていたが、シルヴィーは突然の恐ろしい申し出に震えることしかできなかった。
(わたしにはアデラール殿下にこんなことを言ってもらう資格はないのでは……?)
普通ならば泣いて喜ぶシーンなのだろうが、シルヴィーは困惑するばかりだ。
「ホ、ホレスはまだしもわたしはアデラール殿下に相応しくありません! それなのにわたしを選んで大丈夫なのですか!?」
「君以上に素晴らしい人はこの世界にいないと思っているよ」
「へ……?」
「僕は君以外と結婚するつもりはない。そう断言しているんだ」
アデラールと結婚するということはゆくゆくは王妃になるということ。
令嬢としての教育もほとんど受けておらず、この歳で王妃教育を受けるにしては遅すぎる。
アデラールが何故こんなにも自信満々で言いきれるのかシルヴィーには理解できない。
それに今、シルヴィーとアデラールの間には越えることができない壁がある。
「わたしはもう平民なのですよ? 絶対に無理ですから!」
「ああ、それなら安心してほしい。シルヴィーはレルナード公爵家の養子ということにするから問題ないよ」
「……!?」
「レルナード公爵も君たちを受け入れることを快く承諾してくれた」
シルヴィーは社交界について詳しくないが、レルナード公爵家とは国王の弟が爵位を賜ったと聞いた。
(どういうことなの……? レルナード公爵はそれでいいの!?)
レオナード公爵はかなり頭はいいが変わり者。
屋敷に引きこもりがちでさまざまな研究に没頭しているそう。
彼のおかげでアデラールも毒に対する耐性もできたと聞いて驚いた。
今まで王族は苦しい思いをして毒に慣らしていたが、彼のおかげで簡単に耐性をつけられるようになったらしい。
その他にも疫病の薬を開発したりと大活躍だった。
今回の件を受け入れる代わりにアデラールは潤沢な研究資金を提供する約束をしたそうだ。
彼は研究にしか興味がないようだが、シルヴィーの母が望むなら、結婚しても構わないと聞いてシルヴィーは驚愕していた。
もちろん社交は最低限でいいそうだ。
母のことまで考えてくれるのは嬉しいが、昨日まで平民として暮らしてきたため、すぐに受け入れることはできない。
アデラールはいつかこうなることがわかっていて受け入れる準備を進めてきたのだろうか。
だけど平民から、公爵令嬢や王太子妃になる可能性があるとは思いもしなかった。
(ま、まさかこんなことになるなんて……)
シルヴィーは無意識に首を横に振る。ホレスがアデラールとの子どもとわかってはいたものの、自分が王妃になる未来など一度も想像したことがなかったからだ。
「どんどんと外堀を埋められているような……」
心の中で思っていた本音がポロリと漏れ出る。
ハッとして口元を押さえたものの、アデラールにはしっかりと聞こえていたようだ。
「僕はシルヴィーとしか結婚しないと言っているから、周りも必死だろうね」
「……っ!?」
アデラールからの笑顔の圧に焦りを感じてしまう。
こんなことをしなくても王太子であるアデラールが命令すれば、シルヴィーは従わなければならない。
それなのにどうして彼はまわりくどいやり方を続けているのか不思議で仕方ない。
「王家にご迷惑をかけるのではないのでしょうか。ホレスはまだしもわたしは表に出ない方が……」
「……!」
「それにわたしの魔法は華やかでも強いわけでもありません。それが理由で伯爵家から追い出されました」
ホレスはまだまだ幼い。いくらでも今から学ぶチャンスがあるが、シルヴィーはとてもではないが王太子妃としては足りないことばかりだ。
「シルヴィーはやっぱり変わってないね。ますます好きになった」
「好きって……わたしをですか?」
「ああ、今すぐにドロドロに甘やかしてあげたいけれど、今は我慢するよ」
当たり前のことを当たり前のように言っているだけなのだが、恍惚とした表情で『好き』だと言うアデラールに驚愕していた。
(アデラール殿下は何か特殊な性癖がっ……!?)




