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「……リサ!」
「シルヴィー様、お目覚めですか?」
リサの喋り方がおかしくなってしまったと、シルヴィーは動きを止めて眉を寄せた。
彼女は何事もなかったかのように微笑むと、手際よく紅茶を用意していく。
おいしそうなサンドイッチが目の前に出されると自然とお腹が鳴る。
「軽食をお持ちいたしました」
昨日まで同僚兼友人として過ごしていたため違和感が拭えない。
「……リサ、その喋り方はどうにかならないの?」
「なりません」
シルヴィーが不満に思い黙ってリサを見つめていると、彼女の表情に焦りが滲んでいる。
暫く沈黙が流れたが、先に折れたのはリサの方だった。
「はぁ……二人きりの時だけよ?」
「ありがとう、リサ」
ため息を吐いたリサは手際よく食事の準備を終えた。
「ホレスは……?」
「今は私の子どもたちと遊んでるわ。それとミーシャさんも体調があまりよくなかったから医師の診察を受けてゆっくり休んでいるの」
「お母さんが!?」
シルヴィーが休んでいる間、母はシルヴィーの分まで働こうとかなり無理をしていたそうだ。
また病が再発したらどうしようと心配していることを察したのか、リサは「王家の主治医は優秀よ。大丈夫」と、安心させるようにそう言った。
「それと……シルヴィー、今までのこと本当にごめんなさい」
「…………リサ」
リサは深々と頭を下げた。
今まで騙すような形になってしまったことを謝罪してくれた。
「ベンとレオンも同じように思っているわ。あなたに謝りたいと言っていたからあとで聞いてあげて」
彼女たちはシルヴィーが街で安全に過ごせるようにと、アデラールが派遣した護衛だ。
やはりシルヴィーや母、ホレスの髪色や容姿に目をつけた人は山のようにいたらしい。
人攫いや盗賊など、三人でかなりの数を捕らえてきたそうだ。
「謝らないで。今まで、わたしたちを守ってくれていたんでしょう? 本当にありがとう」
「シルヴィー……」
「リサの子どもたちも巻き込まれなくてよかったわ」
「ああ、それは大丈夫よ。私たちがいない時は命に代えてもホレスを守るように伝えていたの」
リサの子どもはまだ七歳と五歳だ。
エマはしっかり者のお姉さんでジェームズも心優しい男の子だ。
あんなにも幼いのにホレスを守っていたと思うと驚きである。
「あんなに小さいのに!?」
「えぇ、私たちは代々王家の影なの。護衛として一番近くにいるのよ」
衝撃の事実にシルヴィーは驚いていた。
リサの母は王妃付き侍女長として、護衛兼侍女として今でも現役だそうだ。
「ジェームズは将来はホレスの護衛に。エマは彼の結婚相手の侍女兼護衛になるわ」
「将来って……本当に?」
「ホレスは王太子だもの。当然よ!」
「それにホレスの魔法の発現もエマとジェームズがいち早く報告してくれたの。すぐにアデラール殿下に連絡したわ。あなたに何かあったらアデラール殿下は……」
リサの言葉にシルヴィーは目を丸くする。
平和の裏にはアデラールやリサ、エマたちの尽力があったようだ。
こんなにも突然、環境が変わってしまうとは思わずにまだ気持ちが追いついていない。
「それに、あなたたち親子は本当に危なっかしいんだもの。大変だったわ」
「そ、そうなの?」
「ふふっ、そこがいいところなんだけどね。これからも私がそばにいるわ」
これからもリサやエマ、ジェームズがそばにいてくれるなら安心だと思っていた時だった。
(お母さんもわたしもここにいるということは……?)
シルヴィーの頭にあることが過ぎる。
「──仕事に行かなくちゃっ! あれから何時間経ったの!?」
慌てて部屋から出ようとするシルヴィーの肩を掴んだリサは大きく首を横に振る。
どうやらリーズだけには事実を伝えたそうで、少しの間は休みをもらえるようだ。
リーズもホレスがアデラールの子どもだと聞いて驚愕していたらしい。
他の従業員には『ホレスの熱が下がらないため、治療してもらうために母と共に医師に見せに行く』ということにしていると聞いた。
「しばらくはここにいて体を休めてちょうだい」
「でもマリア王女殿下の注文がっ!」
「マリア王女殿下は、あなたたちの体調を優先してと言っていたわ。それに今回のドレスも楽しみにしているからと」
「……今回も?」
マリアはこっそりとドレスやハンカチ、シャツや帽子などをシルヴィーが働く高級洋装店で頼んでいたようだ。
毎回、名前を変えて指名をしていたらしい。
「マリア王女殿下はあなたが好きすぎて……」
リサは額に手を当てて首を横に振る。
「わたしが作ったものが好きということ?」
「その……シルヴィーの作ったものも、もちろんなんだけど……あなた自身のことが大好きというか」
リサの歯切れの悪い言葉を聞きつつ、シルヴィーの頭にあることがよぎる。
「もしかして、それもアデラール殿下がマリア王女殿下に頼んでくれたということ?」
アデラールが生活に困らないようにと仕事を回してくれたのではないかと思い、複雑な心境でいると……。
「それはないわ。アデラール殿下もマリア王女殿下も……とにかくあなたのことが好きすぎるのよ!」
「…………え?」
「会えばわかるわ。マリア王女殿下が認めた女性はあなたしかいない。アデラール殿下もそうだけど……」
よく意味がわからずにシルヴィーが眉を寄せた。
シルヴィーの知らぬ間に王太子と王女から好かれているなんて信じられない。
するとリサは誤魔化すように手を合わせた。
「今は細かいことは気にしなくて大丈夫よ。それにシルヴィーとホレスに会ったら両陛下は泣いて喜ぶわね!」
予想もしないリサの発言にシルヴィーは言葉を失っていた。
ホレスならまだしもシルヴィーに会ったら泣いて喜ぶというのはとても信じられない。
とにかくホレスは王家に大切に受け入れられるということだろう。
シルヴィーにとって、それは何よりもありがたいことだった。
自分が母親以外から蔑ろにされ続けたからこそ、ホレスにはそんな寂しい思いをさせたくないのかもしれない。
「でも途中で仕事を投げ出すことはできないわ。ここまで面倒を見てくれたリーズさんに恩返しもしたいもの」
リーズはレンログ伯爵家を出る前からシルヴィーの事情を理解してくれて助けてくれた。
この仕事だけはやり遂げて、リーズや他の皆のために役に立ちたい。
そう思った。




