②⑤
長年、罪悪感を抱いていたが彼の気持ちを知って、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。
そこでアデラールはホレスとシルヴィーに城に来てほしいということを改めて告げられた。
『結婚してほしい』と、アデラールにそう言われたことを思い出す。
だけどアデラールと結婚するということは、王太子と結婚するということにならないだろうか。
(今更、わたしが王太子妃になれるわけないわ。それに結婚なんて……!)
それに誰が考えたってわかることだ。シルヴィーは王太子妃として相応しくない。
「わたしは結婚するつもりはありません。それに……」
けれどホレスは王国を守れるほどの力を持っている。
シルヴィーも代々、王家が国を守れるほどの強大な力を女神から授かっていることは知っている。
ホレスとは絶対に離れたくないと複雑な心境だが、王太子妃になる覚悟もない。
そもそも周囲の貴族たちどころか国王や王妃、王女のマリアだってシルヴィーの存在を認めないのではないだろうか。
シルヴィーが断ろうとした時だった。
アデラールがシルヴィーの腰を抱いて、ぐっと近づいてくる。
まるで逃がさないと全身で訴えかけているようだ。
「申し訳ないけど、僕は君にものすごーーーく執着しているんだ」
「…………へ?」
「シルヴィー以外と結婚するつもりはないし、君以外は愛せない」
まるで当然だと言いたげな言い方に唖然としてしまう。
(なんでそんなふうに言いきれるの? 初めて会ったのに……)
触れてはいけないものに触れてしまった……そんな気分だ。
ホレスに執着するならまだしも、シルヴィーに執着する意味がわからない。
アデラールは王太子なのに、この発言が正気だとは思えなかった。
戸惑いから言葉が出てこない。
「えっと……」
「十三年前のあの日から君のことが好きだった」
「じゅ、十三年前っ!?」
まさかアデラールがシルヴィーに対してこんな気持ちを抱いていたなんて思いもしなかった。
それにアデラールに会った記憶はまったくない。
「そう、十三年前も三年前も同じだ。君は僕の服に見惚れつつ、こうして魔法でレースを編んでくれたね」
「……魔法で?」
「それからずっと君を探していた。お礼も言えなかったからね。だから夜会で会えた時には運命だと思った。元侯爵の件がなければ、すぐにプロポーズしていたのに」
「あっ……!」
「思い出してくれた?」
「マリアも君に会いたいと言っていたよ。今でも蝶が刺繍されたハンカチを大切に飾っているんだ」
「…………!」
シルヴィーは十三年前の記憶を辿る。
(あの時の令嬢と令息はマリア王女殿下とアデラール王子殿下だったの?)
父がいない時にパーティーの招待状が届いた。
シュマイディト王国の貴族の令嬢や令息が一同に集まる大きなパーティーだ。
七歳になると、全貴族に招待状が届くというもの。
シルヴィーが貴族らしいことをしたのは、そのパーティーに参加したことくらいだろうか。
たった一度しかない特別なパーティーだが、シルヴィーは招待状をそっとテーブルに置いた。
どうせ自分がそのような華やかな場所に行けないとはわかっていたからだ。
マナーは母に教わった程度だし、ドレスも持っていなかったためシルヴィーはパーティーやお茶会に行くことは諦めていた。
けれど母が唯一自分が持っていたドレスをリメイクしてシルヴィーのためにドレスを作ってくれたのだ。
レースが美しい上品なワインレッドのドレスだ。
『シルヴィー、いってらっしゃい! 楽しんでね』
『ありがとう、お母様』
父には内緒で参加する初めてのパーティー。
シルヴィーは馬車の中で緊張していた。粗相をして父の耳に入れば恐ろしいことになってしまう。
(今日は王女様も参加するのよね。王子様にも会えるのかしら)
シルヴィーは蝶の刺繍が施されたハンカチを取り出して胸元で握った。
このハンカチは母とお揃いで、シルヴィーが母の誕生日にプレゼントしたものだ。
母から教わったマナーをひたすら頭の中で繰り返す。
会場につくと、そこは本で読んだ夢のような世界が広がっていた。
中庭で開かれた煌びやかなパーティー会場。
同じ年の令嬢たちが煌びやかなドレスを着て、楽しげに談笑している。
人形のように美しい令嬢たちや最新のドレスに目を奪われていた。
しかし次第に人目が気になり始めて端に移動し、こっそりと様子を見ていた。
夢のような世界を見ているだけでシルヴィーは幸せだった。
(今からパーティーが始まるのよね。楽しみだわ!)
すると、どこかで誰かの泣き声がしたためシルヴィーは気になって声のする方へと進んでいく。
そこには泣いている令嬢とそれを宥める令息の姿があった。
けれどシルヴィーは二人が着ているドレスや、一際豪華な刺繍に釘付けになっていた。
(金色や銀色の綺麗な刺繍……なんて繊細な柄なのかしら。よく作り込まれているわ。ドレスの刺繍やレースの柄も本当に素晴らしいのね。わたしもこんなふうに作れたらいいのに)
シルヴィーには彼らが誰かはわからない。
けれど二人の服装からして高貴な身分なことだけは確かだ。
髪色や瞳の色は覚えていないが、美しい刺繍だけは今でもハッキリと覚えている。
(うわぁ……素敵すぎる。どうしたらわたしもこうなれるかしら)
令嬢の手には穴の開いたジャボがあった。
主にレースで出来ており袖口と共に装飾の役割を果たしている。
令息の首元には何もないため、彼のものなのだろう。
『このあと、お兄さま挨拶があるのにっ、わたくしのせいでぇ……!』
『大丈夫だから落ち着いて』
『……もう嫌! 今日を楽しみにしていたのにっ』
『どうしよう……困ったな』




