②②
シルヴィーは目を見開いたまま固まっていた。
しかしすぐに守るようにしてホレスを抱きしめる。
アデラールはにっこりと微笑んでからシルヴィーの前へ。
まるでシルヴィーがここにいたことを知っていたような口ぶりだと思った。
「君たちを迎えに来たんだ」
「……っ!?」
まるで懇願するようにアデラールはまっすぐにシルヴィーを見ていた。
彼に見つかればシルヴィーは必ず罰を受ける。
あの日の責任を追及されてしまえば、今のシルヴィーに抵抗する術はない。
二度とホレスに会えなくなってしまうのではないだろうか。
「どうして、ここに……っ?」
「君が元レンログ伯爵家の令嬢だということはすぐにわかった。少し調べたら……すぐにね」
「……っ!」
あの状況で元レンログ伯爵家が降爵したことを考えれば、シルヴィーがいたことは簡単に特定できるだろう。
「今、レンログ子爵家になったんだよ。本当は全員処刑してやりたいって思ったんだけど……少しは苦しんでもらわないとね」
アデラールが何を言っているかよくわからなかった。
けれど今はそれどころではない。他に聞きたいことがたくさんあったからだ。
「どうして居場所を……?」
「僕には君たちを守る義務がある」
「そうじゃなくて……!」
どうしてシルヴィーを見つけることができたのか。
それが問題ではないだろうか。
「聞き込みをしていけば自然とね。魔法を使うとなれば尚更だ。それに君たちの髪色や瞳の色は平民にしては珍しいから……」
「……!」
「それと決定的なのは君と僕の子ども、ホレスの存在だ」
「──ッ!」
ホレスや母、シルヴィーの髪色や瞳の色はかなり目立つ。
けれど周りにはリサやリーズなど、元貴族の令嬢も多いためあまり気にしたことはなかった。
けれどホレスのホワイトゴールドの髪は珍しいといつも言われていた。
ただアデラールはそれだけではないような言い回しをしている。
「君が僕との子どもを身籠もっていた以上は、影から守らせてもらっていた。いつかはこうなってしまうことはわかっていたから……」
「…………え?」
シルヴィーはアデラールの言葉に目を見開いた。
そういえば街で暮らしていても一度も危ない目にあっていないことを思い出す。
アデラールが合図すると、見覚えのある顔が三人ほど現れる。
それは常にホレスやシルヴィーのそばにいるリサ。毎朝買いに行くパン屋のベン。毎朝挨拶を交わす新聞配達のレオンの姿だった。
どうやら彼らはホレスを守るために、アデラールから派遣された護衛だったようだ。
彼らは皆、街で暮らし始めた時からシルヴィーを支えてくれた人たちだ。
(アデラール殿下がわたしたちを守るために……?)
どこまで彼が知っているのかはわからない。いや、すべて知っているのだろう。
シルヴィーの居場所も、護衛を雇い見守るのも、彼が王族であるが故に権力や資金でどうにでもなってしまう。
毎日顔を合わせる三人は、最初からシルヴィーを監視するために送り込まれたのだろうか。
シルヴィーが顔を曇らせると、彼らも申し訳なさそうに眉を寄せた。
アデラールはシルヴィーからそっと手を離す。
彼はシルヴィーの気持ちを察してくれたのだろうか。
「ごめんね。本当はこんなことをしたくなかったんだけど仕方ないんだ」
「……っ」
だが、こうして目立つ容姿のホレスが人攫いに遭うこともなく育てられたのは彼らのおかげなのだろう。
いつもそばにいてくれたからこそ、シルヴィーたちがこうして平和に暮らすことができていた。
そこは彼らに感謝しなければならない。
「それに……僕が君のことを絶対に逃がしたくないと思ったから」
その言葉を聞いて、シルヴィーは彼の顔をまっすぐ見ることができなかった。
緊張からか、はたまた恐怖からか震えが止まらなくなる。
(やっぱりアデラール殿下はあの時のことを……っ)
アデラールは目の前に立ったままだ。気まずい沈黙が流れていく。
シルヴィーは拳を握り、覚悟を決める。
きっとこれからシルヴィーはホレスのそばにいることはできないだろう。
(覚悟を決めないといけないわ。わたしがどうなってもホレスだけは幸せに生きていてほしいっ)
シルヴィーは歯を食いしばり顔を上げる。
ホレスを守るためだったら、なんだってできるような気がした。
アデラールは困ったように笑っていた。
「シルヴィー、僕と一緒に来てくれるだろうか」
こう言われてしまえば、シルヴィーはついていくしかないのだろう。
シルヴィーが頷くと、アデラールは安心したように息を吐き出した。
「あの……っ、お願いしたいことがあるんです」
「何かな?」
「わたしはどうなっても構いません! だから母とホレスだけは助けてくださいっ」
今はホレスが高熱で苦しんでいる。王家ならばお抱えの医師がいるに違いない。
きっとホレスの熱の原因もわかり、適切な処置をしてくれるはずだ。
これでホレスは助かる。たとえ二度と会えなくてもホレスが笑って生きていてくれるのならそれでいい。
シルヴィーの目から涙がこぼれ落ちる。
するとアデラールはシルヴィーの頬に流れる涙をそっとすくう。優しい指に懐かしさすら覚える。
(……あの時と同じだわ)
今になってぼんやりと思い出すのは夜会の時の記憶。
ライトブルーの瞳は優しくシルヴィーを見つめている。
アデラールはあの時のことを怒っているわけではないのだろうか。
どうしてこんなにも穏やかに笑っているのか、その理由がわからない。
「僕はね、約束通り君を助けにきたんだ」
「…………約束?」
シルヴィーが何がなんだかわからずにいると苦しそうな呻き声が耳に届いた。
彼との会話に気を取られていたせいか、ホレスが先ほどよりも荒く息を吐き出していることに気づかなかった。
しかも先ほどより明らかに熱が上がっている。
「──ホレスッ! ホレス、しっかりして!」




