①⑤
アデラールはマリアの言葉の意味をすぐに理解することができた。
胸が熱くなり、彼女のことが欲しくて欲しくてたまらなくなる。
(やはり彼女が僕の特別……運命なのではないだろうか)
徐々にはっきりとしていく感覚。
つまりアデラールの結婚相手として相応しいのは彼女という意味だろう。そしてマリアの救世主となり得る人物だ。
だが、パーティー会場を探しても彼女は見つからない。
パーティーが終わり、この件を父と母に話してみるとすぐにその令嬢に感謝を伝えたいと言った。
その後も名前を知らない令嬢の捜索は、なぜか難航していた。
糸を操る魔法。その力を持つ令嬢は王家に報告されておらず見つからない。
そこから代表的な魔法属性を持たない令嬢や令息たちがどんな扱いを受けるのかを詳しく知ることになる。
それからどんな魔法属性を持っていても平等であり、珍しい属性は価値が高く国の役に立つのだと必死に広めてきたのだが、根づいた文化や思想は簡単に消えはしない。
それを変えたいと思うものの、大きな壁があることを知る。
ラディング侯爵や大臣たちの反対に阻まれ続けていた。
必死に彼女を探しているのに誰もその令嬢のことを知らない。
どうやら社交界に出ていないようだ。
これだけ隠されているのに、どうしてあのパーティーにだけ参加できたのか。
意外なことにマリアも積極的に情報を集めているらしいが、糸を操る令嬢は見つからない。
(……僕はまだ彼女にお礼すら言えていない)
マリアが持っている唯一の手がかりである蝶が描かれたハンカチを見て、アデラールはため息を吐く。
十一年経っても見つからないのは平民の可能性もあるかもしれないと、魔法を使える少女を探していた。
その間も彼女への想いはどんどんと積もっていく。
ついにラディング侯爵の夜会に忍び込む日。
アデラールはラディング侯爵に警戒されないように髪色を暗く変えていた。
全顔を隠す仮面をつけて目立たないように潜入したつもりだったが、何故かすぐに女性たちに囲まれてしまう。
このまま派手に動くわけにはいかないと、丁寧に彼女たちを躱していく。
むせ返るような薔薇が香り、派手なドレスと媚びるような甘い声。
仮面をつけていたとしても、その中身が透けて見えるのだ。
アデラールは今日までずっと彼女を思い続けていた。
強制的に気持ちを切り替えてすぐに情報を集めようとした時だった。
現れた目元が隠れる紅椿と金の模様が描かれている真っ白な仮面をつけた令嬢が現れた。
イエローゴールドの髪は少し癖があるのだろうか。ラベンダー色の瞳と目が合ったような気がした。
一瞬ではあったが、呼び起こされる昔の記憶。
(もしかして……彼女は。いや……まさかそんな)
全身の血液が沸き立つ感覚、心臓がこれでもかと高鳴っていた。
久しぶりだった。彼女に触れたら自分はどうなってしまうだろう。
流行りとは違うドレス、清廉な雰囲気。明らかにこの場に慣れていないのがわかる。
「あーあ、今夜ラディング侯爵の毒牙にかかるのはあのお花ちゃんなのね」
「ふふ、可哀想に……」
「今回のお花は元気ねぇ。いつもはもっと暗い顔をしているのに」
「侯爵はどれだけ可哀想な妻を増やせば気が済むのかしら」
近くにいる令嬢やご婦人たちは馬鹿にするように笑っている。
それを聞いてアデラールは目を細めた。
(…………彼女は絶対に渡さない)
アデラールは情報収集に勤しんでいた。
パーティーの頻度はどのくらい開かれているのか。ここで何が行われているのか。
チラリと仮面を半分だけ取り『あなただけ特別だ』と耳元で囁けば、面白いほどにペラペラとよく喋る。
自分の容姿が役立ち、こうして簡単に情報を引き出せるのは悪くない。
まさかこんなところにアデラールが潜入しているとは思ってはいないのだろう。
今回の令嬢は父親に売られるようにしてここに来たのだが、そのことにまったく気づいていないらしい。
家から追い出されたらパーティーで助けてくれる相手を探そうとするのは安易に想像できる。
彼女から悲壮感が見えないため不思議なのだろう。
(なんて最悪なやり方なんだ……ここにいる者たちはどうして笑っていられる?)
ここにいる女性たちも場所までは知らないらしいが、屋敷の中にラディング侯爵が令嬢を連れ込む最初の部屋があるらしい。
その前に甘くて飲みやすい飲みものに度数が高い酒を混ぜ込む。
たった二杯ほどで令嬢たちを酔わせて連れ込むそうだ。
当たり前だがウェイターもラディング侯爵の息のかかった者なのだろう。
(胸糞悪くて吐き気がする。シュマイディト王国をこれ以上、穢されるわけにはいかない。絶対に現場を押さえて二度とこのような悲劇が起こらないようにしなければ……)
令嬢たちの言った通り、椿の仮面をつけた令嬢はラディング侯爵の指示を受けたウェイターに酒を勧められている。
それがおかしいことだということも彼女はわかっていない様子だ。
(今すぐに彼女に駆け寄り助けたいのに……クソッ)
アデラールは拳を握る。
今すぐに捕らえてやりたいのに、それができないことがもどかしい。
証拠を押さえるためとはいえ、彼女には怖い思いをさせてしまうだろう。
そう思うと罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。
(……必ず君を助けるから)
彼女を守りたい、あの笑顔をもう一度見たいと強く思う。
アデラールはそっと視線を逸らして悔しさを噛み締めた。
そして彼女の動きを見守っていると、ついにその時は訪れた。
椿の仮面をつけた令嬢とラディング侯爵とが接触したのだ。
アデラールも女性たちをいなして、ラディング侯爵にバレないように後をつけていく。




