第28話『七夕祭りに行こう』
7月7日、日曜日。
いよいよ七夕祭り当日になった。恋人の千弦と一緒に初めて行く七夕祭りが七夕当日というのは運命を感じる。
今日の天気予報は一日中曇り。降水確率10%と雨が降る心配はほとんどない。まだ梅雨が明けていないので、雨が降る心配がないのはとても運がいい。
午後5時10分。
俺は結菜と一緒に、洲中駅に向けて家を出発する。
この後、午後5時半に洲中駅の改札口の前で千弦、星野さん、琢磨、山本先生と待ち合わせをする約束になっている。
また、神崎さんと吉岡さんは俺達とは最寄り駅が違い、調津駅までの間にある駅なので、乗っている電車で直接会うことになっている。
「雨が降る心配がなくて良かったね、お兄ちゃん」
「そうだな。嬉しいよ」
みんなで七夕祭りに行くだけでなく、千弦とのお祭りデートもするからな。天候が崩れてしまう心配がなくて良かった。
今も雲が広がっている。日差しはないし、今は紺色の浴衣を着ているのであまり暑さは感じず過ごしやすい。たまに吹く風も気持ちいいし。
「千弦にこの浴衣が似合っているって思ってもらえるといいな。気に入っているし」
「思ってもらえるよ、お兄ちゃん! 似合っているしかっこいいよ!」
「ありがとう、結菜。結菜も浴衣が似合っているし可愛いぞ」
「ありがとう!」
えへへっ、と結菜は嬉しそうに笑う。結菜の着ている浴衣はオレンジ色で、椿の花などがあしらわれている。髪はいつもと同じショートボブだけど、オレンジの花の髪飾りを付けている。なので、元気で明るく可愛らしい印象だ。結菜によく合っているし本当に可愛い。
ちなみに、千弦達女性陣は浴衣を着て、琢磨は甚平を着る予定とのこと。みんなの浴衣姿や甚平姿も楽しみだ。
今は普段履かない下駄を履いているので、いつもよりもゆっくりとした歩みで洲中駅に向かう。結菜とのお喋りや、カタ、カタ……という下駄の音を楽しみながら。
家を出発してから数分ほど。
洲中駅が見えてきた。日曜日の夕方なので駅周辺はたくさんの人が行き交っている。また、その中には俺のバイト先のゾソールに入っていく人の姿も。
南口に到着し、洲中駅の構内へ。
待ち合わせをしているのか、構内にはたたずんでいる人が何人もいる。また、俺達と同じく調津の七夕祭りに行くのか、浴衣姿や甚平姿の人もいる。
「あっ、千弦さん達だ!」
結菜はそう言い、改札口の方を指さす。
結菜が指さす方を見てみると……待ち合わせ場所の改札口の前に千弦と星野さんと山本先生がいる。3人とも浴衣姿だ。
千弦は水色の浴衣で、青や紺色の朝顔の花の模様が描かれている。普段はストレートのワンレングスボブの髪だけど、今はトップ部分を編み込み、水色の髪飾りを付けている。爽やかで可愛らしい雰囲気だ。
星野さんはピンク色の浴衣で、桜の花の模様が描かれている。普段はおさげの髪型だけど、今は後ろでお団子の形に纏めており、かんざしを挿している。星野さんらしい可愛らしさが出ていると思う。
山本先生は青い浴衣で、水色や紫の紫陽花の花模様が描かれている。普段はハーフアップの髪型だけど、今は後頭部で纏めており、青い花飾りを付けている。いつも以上に大人っぽい雰囲気を感じられる。
3人とも浴衣姿がよく似合っている。そう思う人は多いようで、3人のことを見ている人が多い。男性はもちろん、女性も多くの人が見ている。
「見つけた。いるな」
「千弦さーん! 彩葉さーん! 飛鳥さーん!」
結菜は大きめの声で3人の名前を呼ぶ。
結菜の声に気付いたようで、千弦達はこちらに振り向いて笑顔で手を振る。そんな3人に結菜と俺も手を振りながら3人のところへ向かう。
千弦達のところまで辿り着き、俺達は「こんにちは」と挨拶した。
「みなさん、浴衣姿素敵ですねっ!」
「3人とも浴衣姿がよく似合っています。特に千弦は。水色の浴衣や髪飾りも、編み込んだ髪も素敵だよ」
「2人ともありがとう。洋平君にそう言われて本当に嬉しいよ。この浴衣も髪飾りもお気に入りだし。お祭りだから、髪型も少しアレンジしたの」
千弦はニッコリとした笑顔で言う。笑顔なのもあって、より浴衣が似合っている印象に。
「洋平君も紺色の浴衣がよく似合ってるよ。大人っぽくてかっこいい」
依然として、千弦はニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。その瞬間にとても嬉しい気持ちになり、胸がとても温かくなる。千弦も浴衣や髪型を褒められたとき、こういう気持ちだったのだろうか。
「ありがとう、千弦。俺もこの浴衣は気に入っているから嬉しいよ」
千弦にお礼を言い、俺は千弦にキスをした。結菜達がいるけど、浴衣姿が褒められたのが嬉しくてキスしたくなったのだ。
2、3秒ほどして、俺から唇を離す。すると、目の前には千弦の明るい笑顔があった。
「2人ともラブラブですねっ。あと、千弦さんに浴衣姿が似合っているって言ってもらえて良かったね、お兄ちゃん」
「ああ。嬉しいよ」
「千弦ちゃんの言う通りかっこいいね、白石君」
「ええ。大人っぽさもあって素敵よ」
「ありがとうございます」
友達や担任の先生からも浴衣姿が似合っていると言ってもらえて嬉しい。恋人の俺が褒められたからなのか、千弦も嬉しそうな様子になっている。
「結菜ちゃんはオレンジの浴衣姿が可愛いね!」
「結菜ちゃんらしい明るい雰囲気が感じられるよね。可愛いよ」
「浴衣はもちろん、髪飾りも素敵よ、結菜ちゃん」
「ありがとうございます!」
千弦達に浴衣姿を褒められたのもあってか、結菜はとても嬉しそうな笑顔でお礼を言った。えへへっ、と声に出して笑うのが可愛い。本当に可愛いな、俺の妹は。浴衣姿だからいつも以上に可愛い。
「私も白石君と結菜ちゃんに浴衣姿を褒められて嬉しいよ。ありがとう」
「私も嬉しいわ。今の家に浴衣はなかったから、今日のためにこの浴衣と髪飾りを買ったの。だから、本当に嬉しい。ありがとう」
星野さんと山本先生は言葉通りの嬉しそうな笑顔でそう言った。
その後は5人で雑談しながら琢磨が来るのを待つ。琢磨は約束の時間直前に来ることが多いし、遅れる旨の連絡もないからちゃんと来るだろう。
5人で談笑していると、
「おっ、みんないた! どうもっす!」
約束の午後5時半の直前に琢磨がやってきた。去年と同じく黒い甚平姿だ。筋肉がしっかりと付いた手脚や胸元が見えているのもあり、まさに漢って感じだ。かっこいいぜ。
「今年も甚平だな。似合ってるぞ」
「かっこいいですよ、琢磨さん!」
「甚平かっこいいね。早希ちゃんもかっこいいって思ってくれるよ」
「そうだね、千弦ちゃん。かっこいいよ、坂井君」
「甚平もいいね、坂井君。素敵よ」
「ありがとうございます! 洋平達みんな浴衣似合ってるっすよ!」
琢磨は持ち前の明るい笑顔でそう言った。
「これで、洲中の6人は全員揃ったね。じゃあ、ホームに行こうか」
山本先生のその言葉に、俺達5人は頷き、洲中駅の改札を通る。
会場の最寄り駅である調津駅は上り方面にある。なので、上り方面の電車が止まるホームへと向かう。
ホームに行くと、これから停車する予定の電車の時刻と運行の種別が表示された電光掲示板がある。最初に来る電車は17時33分の急行電車で、その次が17時37分の各駅停車か。調津駅は急行でも止まるけど、吉岡さんの最寄り駅の武蔵原台駅と神崎さんの最寄り駅の藤田給駅は各駅停車しか止まらない。なので、17時37分の各駅停車に乗ることに。
席に座れる確率を少しでも上げるために、先頭車両の一番前の扉が開く場所まで移動した。
吉岡さんと神崎さんとは電車で直接会う約束なので、
『洲中駅17時37分発の各駅停車の電車に乗るよ。先頭車両の一番前の扉だよ』
千弦が一緒に行く8人がメンバーのグループトークに、乗る予定の電車と扉の場所についてメッセージをした。
すると、直後に吉岡さんと神崎さんから了解の旨のメッセージが届いた。これで2人と合うことができるだろう。
6人で雑談しながら最初に来た急行列車をホームで見送り、その後に定刻通りに来た各駅停車の電車に乗った。
4分前の急行列車に乗った人が多いのか、車内は空いている。座席は連続で空席となっているところもある。
乗った扉の近くに3席連続で空いている場所があったので、千弦と星野さんと結菜が座った。俺と琢磨と山本先生は千弦達3人の前に立つことに。
それから程なくして、俺達が乗る電車は定刻通りに洲中駅を発車する。
扉の上にはモニターが2つあり、そのうちの1つはこれから停車する駅とその駅に行くまでにかかる時間が表示されている。吉岡さんの最寄り駅の武蔵原台駅までは4分、神崎さんの最寄り駅の藤田給駅までは6分、目的地は調津駅までは10分だ。各駅停車でもそこまで時間はかからないな。みんなと一緒だしあっという間だろう。
「今はみんな浴衣姿や甚平姿ですけど、こうして6人で電車に乗るとゴールデンウィークにパークランドへ遊びに行ったときのことを思い出しますね」
そのときのことを思い出しているのか、千弦は楽しげな笑顔で言う。
「そうだな、千弦。6人で電車に乗るのはあのとき以来だし」
「早希ちゃんと玲央ちゃんと合流するために、あのとき乗った電車も各駅停車だったもんね」
「そうだったわね、星野さん」
「6人で乗ったのはあのとき以来か。ゴールデンウィークってことは2ヶ月前か。中間と期末があったから、パークランドに行ったのが結構前に感じるぜ」
「琢磨さんの言うこと分かります。ゴールデンウィークに行ったパークランドは楽しかったですねっ」
結菜はニコッとした笑顔で言う。そんな結菜に俺達は「そうだね」と言った。
東京パークランドではジェットコースターやフリーフォール、お化け屋敷、観覧車など王道のものを中心に色々なアトラクションをみんなで楽しんだな。とても楽しい一日だったことを覚えている。
その後もパークランドでのことを中心に雑談していき、
『まもなく、武蔵原台。武蔵原台。お出口は左側です』
気付けば、吉岡さんの最寄り駅である武蔵原台駅の近くになっていた。もうすぐ浴衣姿の吉岡さんに会えるからか、琢磨はワクワクとした様子になっている。
電車は減速して、武蔵原台駅に進入していく。
「おっ、いたぜ!」
電車が止まろうとしたとき、琢磨ホームに立っていく。浴衣姿の吉岡さんのことを見つけた。
吉岡さんも俺達のことを見つけたようで、こちらに向かって手を振ってくる。そんな吉岡さんに俺達も手を振った。
それから程なくして電車が停車し、扉が開く。
吉岡さんは明るい笑顔で乗車してきた。
吉岡さんは青と水色の水玉模様が可愛らしい白い浴衣だ。普段と同じくポニーテールだけど、今日は髪を途中まで編み落としており、小さな花の髪飾りを付けてアレンジしている。浴衣は去年と同じだけど、髪型は違うな。去年はお団子に纏めていた記憶がある。よく似合っている。
「みんな、こんにちは! 琢磨君の甚平姿すっごくかっこいいよ!」
「おう、ありがとな、早希! 早希も浴衣姿可愛いぞ! 去年も着てたよな! 髪型も似合ってるぜ!」
「ありがとう! 嬉しいよ!」
吉岡さんはとても嬉しそうにお礼を言うと、琢磨にキスをした。いい光景だな。
2、3秒ほどして、吉岡さんは琢磨から唇を離した。
「白石君や千弦ちゃん達の浴衣姿も素敵です! 似合ってます!」
「ありがとう、吉岡さん。吉岡さんも似合ってるよ」
「ありがとう。白くて爽やかで素敵な浴衣だね、早希ちゃん」
「ありがとう、早希ちゃん。明るさもあって涼しげな雰囲気もあっていいね」
「似合っていると言ってもらえて嬉しいです、早希さん! ありがとうございます! 早希さんも素敵です!」
「浴衣姿も普段と違ったアレンジのポニーテールも素敵よ、吉岡さん。吉岡さんにも似合っているって言ってもらえて嬉しいわ。ありがとう」
「いえいえ! ありがとうございますっ!」
俺達が浴衣姿や髪型を褒めると、吉岡さんはとても嬉しそうにお礼を言った。
運良く、千弦と星野さんと結菜が座っている席の両隣が空いた。なので、千弦の横に吉岡さん、結菜の隣に山本先生が座った。
俺達の乗る電車が定刻通りに武蔵原台駅を発車する。
次の駅は神崎さんの最寄り駅の藤田給駅だ。武蔵原駅からだと2分で到着するのもあり、
『まもなく、藤田給。藤田給。お出口は左側です』
少し走っただけで、藤田給駅がもうすぐであるとアナウンスされた。
電車は減速して、藤田給駅に進入していく。
「おっ、神崎さんいた」
電車が止まろうとしたとき、窓から浴衣姿の神崎さんの姿が見えた。
神崎さんは電車に乗っている俺達に気付いたようで、笑顔で俺に手を振ってきた。
それから程なくして、電車は藤田給駅に停車して、扉が開いた。
神崎さんは手を振りながら乗車してきた。
神崎さんは白い浴衣で、赤やピンクの朝顔の模様があしらわれている。普段はワンサイドアップにしている髪を、今は星野さんのように後頭部でお団子の形に纏めてかんざしをさしている。神崎さんらしい明るさはもちろん、大人っぽさも感じられる雰囲気だ。
「みんなこんにちは! みんなの浴衣姿や甚平姿が似合っていますね! 素敵です!」
神崎さんはニコニコとしながらそう言ってくる。
「あと、色が違うけど千弦の浴衣にも朝顔の花柄があったり、彩葉があたしと同じお団子ヘアーだったりするのが嬉しいわ」
「私も嬉しいよ、玲央ちゃん。似合っているって言ってくれてありがとう。玲央ちゃん可愛いよ」
「私もお団子ヘアーがお揃いで嬉しいよ。玲央ちゃんもお団子ヘアーと浴衣が似合ってる。あと、似合っているって言ってくれてありがとう」
「いえいえ。こちらこそありがとう。嬉しいわ」
神崎さんの笑顔が嬉しそうなものに変わる。友達と同じ部分があって、その友達から可愛いとか似合っているとか言ってもらえると嬉しいのだろう。
「2人の言う通り、神崎さん似合ってるよ。あと、似合ってるって言ってくれてありがとう」
「似合っているって言ってもらえて嬉しいです! 玲央さん可愛いです! 明るい玲央さんらしい浴衣だと思います!」
「可愛いよね、結菜ちゃん。あと、似合っているって言ってくれてありがとう!」
「ありがとな、神崎。似合ってるぞ」
「朝顔の花柄が素敵な浴衣ね。浴衣もお団子の髪型も素敵よ、神崎さん。あと、あなたにも似合っていると言ってもらえて良かったわ。ありがとう」
「いえいえ! ありがとうございます!」
神崎さんはとても嬉しそうな笑顔でお礼を言った。
吉岡さんの隣の席が空いたので、神崎さんはそこに座った。
「これで全員揃ったね。今回も全員無事に集まれて良かったわ」
山本先生は安堵の笑みでそう言った。そういえば、ゴールデンウィークに遊園地へ遊びに行ったときも、山本先生は神崎さんと会えた直後に全員集まれて良かったと安心していたな。8人いるし、吉岡さんと神崎さんは最寄り駅が違うから、先生の気持ちも分かるかな。
それからは、これまでに行ったお祭りのことなどで談笑しながら、調津駅までの電車内での時間を過ごしていった。




