第13話『冷やし中華つくってくれました』
6月13日、木曜日。
今日は午後4時から千弦が、4時20分から星野さんがそれぞれ三者面談を受ける予定になっている。
また、今日は放課後に千弦の家にお邪魔して、千弦と果穂さん、星野さんと星野さんの母親の詩織さん、俺と母さんの6人でお昼ご飯を食べ、千弦の三者面談の時間の近くになるまでゆっくりとお茶をする予定だ。
ちなみに、お昼ご飯は冷やし中華だ。果穂さんが作ってくれるとのこと。また、具材の錦糸卵を千弦が今朝作ったそうだ。とても楽しみだ。
今日もお昼で学校が終わり、俺は廊下で千弦と星野さんの掃除当番が終わるのを待った。
「お待たせ、洋平君」
「白石君、お待たせ」
「2人とも掃除お疲れ様」
「ありがとう。あと、詩織さんがうちに来たってお母さんからメッセージ来てた」
「私もお母さんから、千弦ちゃんの家にいるよってメッセージ来てたよ」
「そうなんだ。じゃあ、あとは俺達と母さんだけだな。じゃあ、駅に行くか」
俺がそう言ったのは、洲中駅の改札前で母さんと待ち合わせをする約束をしているからだ。
校舎を出て、俺達は洲中駅に向かい始める。今も雨が降っているので、千弦と俺は相合い傘をして。
3人で雑談しながら歩き、数分ほどで洲中駅に到着する。南口から駅の構内に入る。平日の昼間だけど、人の数がそれなりに多い。また、洲中高校だけでなく、他の学校の制服姿の人もいる。うちの高校と同じく、三者面談とかでお昼に学校が終わったのだろうか。
待ち合わせ場所の改札前に行くと……スラックスに襟付きの半袖のブラウス姿の母さんがいた。
母さん、と俺が大きめの声で呼ぶと、母さんはこちらを向いて、笑顔で手を振ってきた。
「みんな学校お疲れ様」
「ありがとう、母さん」
「ありがとうございます。由美さん、こんにちは」
「ありがとうございます。こんにちは、由美さん」
「2人ともこんにちは。3人とちゃんと会えて良かった」
「私もです。それに、由美さんと待ち合わせするのは初めてですし。では、私の家に行きましょうか」
俺達は千弦の家に向かって歩き始める。
北口から駅を出た際、俺は再び千弦と相合い傘をする。
「千弦ちゃんと相合い傘をするって洋平が言っていたけど、こんな感じなのね。いいわね~」
うふふっ、と母さんは千弦と俺のことを見ながら笑う。
「ああ、こんな感じだ。千弦との相合い傘はいいぞ」
「そう言ってくれて嬉しいよ、洋平君。洋平君と相合い傘をしているので、梅雨が好きになりました」
「去年までとは違って、梅雨に入ってもご機嫌だもんね、千弦ちゃん」
「ふふっ、そうなのね。私もお父さんと付き合っている頃や新婚の頃は、雨が降っていると相合い傘をよくしたわぁ。千弦ちゃんみたいに、柄を持つお父さんの手を握ってね」
そのときのことを思い出しているのか、母さんは恍惚とした笑顔になる。
「由美さん、可愛いです」
「可愛いよね、千弦ちゃん。和彦さんのことが好きなのが伝わってきます」
「ふふっ、大好きよ。最近は相合い傘をしていなかったけど、お買い物やデートのときにしようかしら」
そう言うと、母さんの笑顔はニコニコとしたものに変わって。息子から見ても、千弦と星野さんの言う通り、母さんは可愛いなって思う。
母さんから相合い傘をしようと誘われたら父さんは……「うん、しようか」って快諾しそう。
相合い傘の話や、千弦の家や星野さんの家がある駅の北側の話をしながら、千弦の家に向かっていった。
「ここです」
洲中駅の北口を出てから数分ほど歩いて、千弦の家に到着した。
「クリーム色の素敵な外観ね」
「ありがとうございます。では、入りましょう」
俺達は藤原家の敷地に入る。玄関前で傘を閉じて、傘立てに入れた。
「ただいま」
千弦は玄関を開けると、いつもよりも少し大きめの声でそう言った。
『お邪魔します』
千弦の後に、俺と星野さんと母さんは声を揃えてそう言った。
これまでに千弦の家には何度も来たことがあるけど、母さんも一緒なのは初めてだからちょっと新鮮な感覚だ。
『おかえり~』
リビングの方から女性達の声が聞こえてきた。おそらく、果穂さんと詩織さんだろう。
それからすぐに、リビングから果穂さんと詩織さんが出てきた。果穂さんはスラックスに半袖のVネックシャツ、詩織さんはロングスカートに半袖のブラウス姿と涼しげな装いだ。果穂さんと会うのは先週末に千弦とお付き合いし始めたことを挨拶したとき以来で、詩織さんはいつもの6人と結菜で中間試験対策の勉強会をするために星野さんの家にお邪魔したとき以来だ。
「ただいま、お母さん。詩織さん、こんにちは」
「ただいま、お母さん。果穂さん、こんにちは。お邪魔します」
「お邪魔します。果穂さん、詩織さん、こんにちは。それで、俺の隣に立っているのが俺の母の由美といいます」
「由美さん。Tシャツ姿の黒髪の方が私の母の果穂です」
「セミロングの茶髪の方が私の母の詩織です」
「初めまして。白石洋平の母の由美と申します。洋平がいつもお世話になっております」
「初めまして。藤原千弦の母の果穂と申します。千弦がいつもお世話になっております」
「星野彩葉の母の詩織と申します。初めまして。彩葉がいつもお世話になっております」
初対面である母さんと果穂さんと詩織さんはそう挨拶して、恭しくお辞儀をする。落ち着いた雰囲気なのもあり、大人同士の挨拶って感じがする。
「果穂さんも詩織さんも、千弦ちゃんと彩葉ちゃんのお母さんだけあってとても可愛いですね! ちょっと歳の離れたお姉さんかと思うくらいに若々しくて! 素敵です!」
「ふふっ、嬉しいですっ」
「嬉しいですね、果穂さん」
「ええ。由美さんも可愛くて素敵ですよ! 若々しいですし」
「私も同じことを思いました。あと、白石君と結菜ちゃんのお母さんだけあって、金色の髪が素敵です!」
「詩織さんの言うこと分かりますっ」
「ふふっ、ありがとうございます!」
母さんと果穂さんと詩織さんはきゃいきゃいとお互いのことを褒める。さっきまでとは打って変わって砕けた雰囲気で。さっそくママ友になったかな。
あと、母さんの言う通り、果穂さんと詩織さんは可愛らしくて若々しい。母さんも……息子から見ても、お二人に引けを取らない可愛らしさと若々しさがあると思う。
「みなさん、どうぞ上がってください。私はさっそく冷やし中華を作りますね」
その後、俺は母さんと星野さんと一緒に千弦の家に上がった。
千弦の提案で、俺と星野さんはスクールバッグを2階にある千弦の部屋に置かせてもらった。
1階に降りて、洗面所で手を洗ってからキッチンへ向かう。
キッチンへ行くと、母さんと詩織さんは食卓の周りにある椅子に座って麦茶を飲みながら、果穂さんは麺を茹でながら談笑していた。果穂さん曰く、具材は全て用意できているので、麺を茹でて盛り付ければ完成とのこと。
千弦が麦茶を用意してくれ、俺達3人も椅子に座る。ちなみに、座り方は俺から時計回りに詩織さん、母さん、星野さん、千弦だ。俺の隣が千弦で、正面に母さん。母さんの隣は空席で、そこに果穂さんが座るという。
また、千弦の座っている椅子と、果穂さんが座る予定の椅子は他の椅子と違う。食卓の椅子は4つしかないので、千弦の部屋と寝室から椅子を運んだとのこと。
その後は6人で談笑していく。
談笑し始めてから10分ほどで、
「はい、冷やし中華完成です! 千弦、運ぶのを手伝ってくれる?」
「うん、分かった」
冷やし中華が完成し、千弦と果穂さんによって食卓に運ばれる。俺の冷やし中華は千弦が運んでくれた。
「はい、洋平君」
「ありがとう」
中華麺の上には細切りされた千弦特製の錦糸卵、ハム、キュウリ、カニカマが乗っている。酢醤油と思われるタレがかかっていてとても美味しそうだ。お昼まで授業を受けて、お腹が空いているから食欲がそそられる。
「美味しそうな冷やし中華だ。千弦特製の錦糸卵は特に美味しそうだ」
「ふふっ、ありがとう」
千弦は笑顔でお礼を言うと、俺の隣の椅子に座った。
「では、食べましょう。いただきます」
『いただきます』
果穂さんの号令により、俺達は冷やし中華を食べ始める。
麺と具材を混ぜて、タレを絡ませる。その後、『ズズッ』と冷やし中華を食べる。
中華麺と錦糸卵をはじめとした具材が、酢醤油のタレの味とよく合っていて美味しい。千弦特製の錦糸卵はほんのりと甘くて特に美味しい。麺の茹で加減もちょうどいいし、色々な具材が入っているので食感が楽しいな。外が蒸し暑かったので、麺も具材もタレも冷たいのがまたいい。
「美味しいです。錦糸卵は特に美味しいよ、千弦」
「ふふっ、良かった。嬉しい」
千弦はニコッと笑いながらそう言った。
「今日は蒸し暑いから、冷たい冷やし中華が美味しいよ、お母さん」
「美味しいです。あと、白石君の言う通り、千弦ちゃん特製の錦糸卵がとても美味しいよ」
「酢醤油のさっぱりさがいいですね。美味しいです、果穂さん。錦糸卵も美味しくできてるよ、千弦ちゃん」
「とても美味しいです。蒸し暑い中歩いてきたので、冷たいのがとてもいいですね。あと、錦糸卵も美味しいよ、千弦ちゃん」
千弦、星野さん、詩織さん、母さんは笑顔で冷やし中華の感想を言う。
「ありがとうございます。みなさんに好評で嬉しいです。良かったです。あと、錦糸卵を美味しく作れたね、千弦」
「うんっ。ありがとう、お母さん。みなさんにも錦糸卵も美味しいと言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
果穂さんと千弦が嬉しそうな笑顔でお礼を言った。親子なだけあって、2人の笑顔はよく似ている。果穂さんが若々しいので親子ではなく姉妹に見えてくるよ。
冷やし中華をもう一口食べる。……本当に美味しいな。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「一口ずつ食べさせ合わない? 同じものを食べているけど、私の家でお昼を食べるのは初めてだから……何だかしたくなって。どうかな?」
千弦は俺を見つめながらそんな提案をしてきた。
千弦と同じ冷やし中華を食べているけど、千弦に一口ずつ食べさせ合うのは魅力的だ。千弦の家で初めての食事だからその記念にも。すぐ近くから母親3人衆が興味津々そうな様子で見ているけど、千弦とは以前から学校などで食べさせ合うことはしているし……するか。
「ああ、いいぞ」
「ありがとう!」
ニッコリとした笑顔でお礼を言う千弦。果穂さんから「良かったわね」と言われ、千弦は「うんっ」と頷いて。本当に可愛いな。
「じゃあ、私から食べさせるね」
「ああ、分かった」
千弦は箸で冷やし中華を一口分持ち上げる。
「はい、洋平君。あ~ん」
「あーん」
千弦に冷やし中華を食べさせてもらう。
同じ冷やし中華だけど……自分で食べた冷やし中華よりも美味しいな。千弦に食べさせてもらって、目の前に楽しそうにしている千弦がいるからかな。
「凄く美味しいよ、千弦。ありがとう」
「いえいえ」
「じゃあ、今度は俺が」
俺は箸で冷やし中華を一口分持ち上げる。
「はい、千弦。あーん」
「あ~ん」
千弦に冷やし中華を食べさせる。
千弦は美味しそうに冷やし中華を食べている。食事やスイーツを食べるときの千弦は可愛いけど、今は俺が食べさせたから特に可愛い。見ていて癒やされる。
「とても美味しいよ、洋平君。ありがとう!」
「いえいえ。可愛い千弦を見られて良かった」
「そっか。提案してみて良かったよ」
ふふっ、と千弦は声に出して楽しそうに笑った。
「千弦……白石君とラブラブね」
「楽しそうに一口交換していましたから、千弦ちゃんと洋平がラブラブなのが伝わってきますよね」
「千弦ちゃんと白石君、ラブラブですよね。見ていてちょっとドキドキしちゃいました」
俺達が食べさせ合う様子を見た果穂さん、母さん、詩織さんがそんなことを言う。3人とも俺達のことをラブラブと言うからちょっと照れくさい。千弦も同じ気持ちなのかはにかんでいて。
「千弦ちゃんと白石君、ラブラブですよね。これまでにも食べさせ合うところを見たことあります。学校でも、2人は一緒にいると本当に楽しそうにしています。今みたいにお昼を食べているときはもちろん、2人が一緒に登校してきたときや休み時間に話しているときも。2人がキスしているところを見たこともありますし。2人はラブラブだなって何度も思っています」
星野さんは母さん達3人を見ながら、いつもの優しい笑顔でそう言ってくれる。
千弦と付き合い始めてからは特に、千弦と一緒にいる時間がとても楽しくて。千弦も楽しそうにしていて。だから、千弦の親友で、俺の友人でもある星野さんから、俺達のことを「一緒にいて楽しそうにしている」「ラブラブだなって思う」って言ってもらえることがとても嬉しい。
「そうなのね、彩葉ちゃん」
「学校でもラブラブなのね」
果穂さんと母さんが嬉しそうな笑顔でそう言う。星野さんが「一緒にいて楽しそうにしている」「ラブラブだなって思う」と言うほどに、千弦と俺が楽しそうに学校生活を送っていると分かって親として嬉しいのかもしれない。
その後も、俺と千弦の交際や学校のことなどで雑談しながら、冷やし中華を食べていった。美味しかったので難なく完食できた。ごちそうさまでした。




