第3話『体を拭いてほしい。』
お昼ご飯のそうめんを食べ終わったので、俺は千弦の部屋に戻った。
千弦は依然としてぐっすりと眠っている。なので、俺は午前中と同じように窓側の明るい場所で『王子様とのディスタンス』の続きを読んでいく。
後半部分になったけど、変わらず面白い。映画化されたエピソードを読むと、千弦と一緒に映画館で観た映像を思い出す。
午前中と同じく、千弦の様子をたまに見るけど……本当に良く眠っているな。
そして、終盤まで読み進めたとき、
「ふああっ……」
ベッドの方から千弦の可愛らしいあくびが聞こえてきた。起きたのかな。
ベッドに視線を向けると……千弦は上体を起こしており、右手で目を擦っている。そんな千弦と目が合うと、千弦はニコッと笑った。
「洋平君、おはよう」
「おはよう、千弦。体を起こしているけど、だるさはどうだ?」
そう問いかけながら、俺は千弦のところへ向かう。
「もう全然ないよ」
「全然ないか。良かった。熱とか頭痛はどうだ?」
「熱っぽさもほとんどないし、頭痛もなくなってる」
「おぉ、良かった。処方された薬がよく効いたんだろうな。それに、ぐっすりと眠っていたし」
「うん、結構眠れた感じがするよ。スッキリしてる」
そう言う千弦の笑顔は言葉通りのスッキリとしたものになっている。普段、元気なときの千弦とさほど変わらない感じだ。
「そっか。体調が良くなってきていて良かったよ」
「うんっ。……起きたし、おはようのキスをしてもいい?」
「もちろんさ」
「ありがとう」
千弦は嬉しそうな笑顔でお礼を言うと、俺におはようのキスをしてきた。
今日、これまでしてきたキスは俺からしたものだけど……こうして千弦からされるキスもいいものだ。あと、これまでのキスで千弦の唇から伝わってきた温もりはいつもよりかなり強かったけど、今はいつもよりもちょっと強いくらいの温もりだ。熱が平熱近くまで下がったんじゃないだろうか。
あと、今朝とは違って、汗の匂いがちょっと感じられる。寝ている間に汗を掻いたのかな。
数秒ほどして千弦から唇を離す。すると、目の前には千弦のニコニコと可愛らしい笑顔があった。
「とてもいいキスでした」
「そうだな」
「うんっ。……体温を測りたいから、テーブルにある体温計を取ってくれるかな。あと、部屋の電気を点けてほしいな」
「了解」
俺はローテーブルに置いてある体温計を千弦に渡して、部屋の照明を点ける。
あと、照明を点けた後に、部屋の時計で今の時刻を確認すると……今は午後3時過ぎか。この家に来たのは午前10時過ぎで、その直後に玉子粥を食べ、薬を飲んで寝たから……千弦は4時間半くらい眠ったことになるな。
ベッドの近くに戻ると、千弦は今、体温を計測しているところだ。
「そういえば、私が寝ている間、洋平君は何をしていたの? 寝始めてから4時間以上経っているけど」
「『王子様のディスタンス』の原作を読んでた。昨日の夜から読み始めたから、ここに来たときはまだ序盤だったけど、凄く面白いからもう終盤まで読み進めたよ」
「そうなんだね! 映画も面白かったけど、原作も面白いよね」
「ああ。あと、お昼ご飯は千弦のお見舞いに来てくれたお礼にって、果穂さんがそうめんを作ってくれて。果穂さんと一緒にそうめんを食べたよ」
「そうだったんだね」
「ああ。果穂さんと2人で食べるのは初めてだったから新鮮だったし、こういうときが来るとは思わなかったら不思議な感じもしたな。千弦の話をたくさんしたから楽しかったけど」
「そっか」
ふふっ、と千弦は声に出して笑った。
その直後、「ピピッ」と体温計が鳴る。さて、千弦の体温はどのくらいだろうか。
「36度8分」
そう言って、千弦は体温計の液晶画面を見せてくれる。画面には『36.8℃』と表示されている。
「平熱よりちょっと高いけど、今朝は38度を超えていたから結構下がったよ」
「そうだな。だいぶ良くなってきていて良かった。安心した」
この後もゆっくりと過ごしていれば、すぐに普段通りの体調に戻るだろう。あと、今の体調を果穂さんに伝えたら、果穂さんも安心できるんじゃないだろうか。
「ねえ、洋平君。お願いがあるんだけど……いい?」
「もちろんだ」
「ありがとう。……テーブルにあるタオルで体を拭いてもらっていいかな? ずっと寝ていて汗掻いちゃったから」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう!」
千弦は嬉しそうにお礼を言った。
どんなお願いをされるかと思ったけど、やっぱり体を拭くことだったか。さっき、キスしたときに汗の匂いを感じたし。あとは……1学期に俺が体調を崩したとき、お見舞いに来てくれた千弦が俺の上半身を拭いてくれたから。
「寝間着も下着も替えたいから、全部脱いじゃおっと。今は洋平君と2人きりだし」
「そうか」
千弦はピンク色の寝間着を脱いでいく。すると、水色の下着姿になって。その下着は3日前の映画デートの後に俺が選んだものだ。
「その下着、この間のデートで俺が選んだ下着だよな」
「うん、そうだよ。洋平君が選んでくれたし、凄く気に入ってる」
「それは嬉しいな。可愛いし似合ってるよ」
「ありがとう」
千弦はニコニコとした笑顔でお礼を言い、水色の下着を外した。下着を外すことにも、そのことで千弦が全裸になることにもドキッとする。肌が露わになったのもあり、先ほどよりも千弦の汗の匂いが香ってくるし。
あと、千弦の左胸に微かに赤い斑点が。それは1週間ほど前のお家デートで付けたキスマークだ。キスマークを付けたときにははっきりしていたけど、1週間経つと薄くなっている。俺の左胸にある千弦に付けてもらったキスマークも薄くなっていたな。
「ふふっ。洋平君、私の胸をじっと見てる。洋平君は本当に胸が好きだね」
「千弦の胸は大好きだぞ。ただ、この前のお家デートで付けた左胸のキスマークがうっすら残ってるなって思って」
「それでじっと見ていたんだね。確かに、付けてもらったときよりも薄くなってるね」
「ああ。俺も薄くなってた」
「そうなんだね。……下着も脱げたし、汗拭きをお願いします」
「分かった。どこから拭いてほしいとかある?」
「じゃあ……まずは体の前面を。胸とかお腹から」
「了解だ」
俺はローテーブルにあるバスタオルを手に取って、ベッドに腰を下ろしている千弦の胸のあたりから拭き始める。千弦に気持ち良く思ってもらえるように、優しく拭くことを心がけて。
「千弦、どうだ?」
「気持ちいいよ。バスタオルがふわふわだし、洋平君が優しく拭いてくれるから」
「良かった。じゃあ、こんな感じで拭いていくからな」
「はーい」
笑顔で返事をする千弦。物凄く可愛いな。
「こうして洋平君に拭いてもらうと、1学期に洋平君のお見舞いに行ったときに洋平君の体を拭いたことを思い出すよ」
「そうか。あのときは上半身を拭いてくれたよな。千弦が優しく拭いてくれたから、拭いてもらって気持ち良かったな」
「ふふっ、そっか」
「あのときのこともあったし、こうして千弦のお願いで体を拭けるのが嬉しいよ」
「そうなんだね。その気持ちを知ると、もっと気持ち良く思えてくるよ」
「ははっ、そうか」
どういう理由であれ、千弦が気持ち良く思ってもらえるのは嬉しいものだ。
「……確か、洋平君が体調を崩したのはゴールデンウィーク明けだったよね」
「そうだな」
「ということは、だいたい3ヶ月前か。何だかもっと前のことのように感じるよ。あの日以降、素を明かしたり、洋平君と付き合い始めたりしたからかな。7月には17歳になったし」
「色々なことがあったもんなぁ。体調を崩して学校を休んだあの日が遠い昔のことのように思えてくる」
あの日はまだ千弦とは友人関係だったし、千弦が王子様のように振る舞っていた頃で、素がこんなにも可愛いとは知らなかった。それもあって、本当に昔のことのように思える。
「あの頃はまだ友達だったから上半身だけ拭いたけど、今度体調を崩したときは全身を拭くからね!」
千弦は弾んだ声でそう言ってくれる。そんな千弦の顔には明るい笑みが浮かんでいて。あと、頬がほんの少し赤い。全裸になった俺を想像しているのかな。
「ああ。そのときは頼む」
「うんっ」
千弦は笑顔で首肯した。
それからも、俺はタオルで千弦の体を拭いていく。
拭いてもらうのが気持ちいいようで、千弦は常に笑顔で何度も「気持ちいい」と言ってくれて。その姿がとても可愛くて。そして、嬉しくも思うのであった。




