第2話『映画デートをしたい』
「……それで、これが答えになるんだ」
「ああ、そういうことなんだね。理解できたよ。……よしっ、これで私も物理の課題終わった!」
午後6時過ぎ。
千弦は物理の課題を終わらせた。苦手意識がある科目の課題が終わったからか、千弦はとても嬉しそうだ。スッキリしているようにも見えて。可愛いな。応用問題では何度も千弦の分からないところを教えたのもあり、今の千弦の笑顔を見ていると嬉しい気持ちになる。
ちなみに、俺は千弦の3、40分ほど前に物理の課題が終わった。なので、その後は昨日までに途中までやっていた英語表現Ⅱの課題を進めていた。
「お疲れ様、千弦」
「ありがとう、洋平君! 私の分からないところを洋平君が教えてくれたおかげで、今日中に課題を終わらせることができました。本当にありがとう」
千弦はニッコリとした可愛い笑顔でそう言うと、俺のすぐ近くまでやってきて、その流れで俺にキスしてきた。分からないところを教えたことのお礼のキスかな。
途中で長めの休憩をとったとはいえ、物理の課題を一気に全部やって、英語表現Ⅱの課題も少し進めたから疲れがある。ただ、千弦のキスが気持ち良くて、その疲れが取れていくよ。
少しの間キスした後、千弦の方から唇を離した。目の前には先ほどと変わらずニッコリとした千弦の可愛い笑顔があった。頬がほんのりと紅潮しているけど。
「分からないところを教えてくれたお礼のキスです。物理の課題を終わらせられたのが嬉しいのもある」
「ははっ、そっか。……俺も物理の課題が終わらせられたし、千弦に教えたおかげでいい勉強になった。こちらこそありがとう」
千弦のことを見つめながらお礼を言い、千弦の頭を優しく撫でた。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、千弦の笑顔は柔らかいものに変わる。
「洋平君に頭撫でられるの好き。気持ちいいし、課題をやった疲れが取れていくよ」
「そっか。千弦らしい。……千弦の今の反応を見て、俺も疲れが取れていくよ」
「そうなんだね」
ふふっ、と千弦は声に出して笑う。
「……千弦も物理の課題が終わったし、6時を過ぎているから、もう少ししたら帰ろうかな」
「分かった。駅まで送っていくね」
「ああ。ありがとう」
「いえいえ。……ねえ、洋平君。今週末の金曜日から日曜日のどこかで、予定が空いている日ってあるかな?」
「1日は空いていると思うけど……ちょっと確認する」
いきなり今週末の予定を訊いてくるなんて。どこか俺と一緒に行きたいところがあるのかな。
ローテーブルに置いてある俺のスマホを手に取り、カレンダーアプリを開く。このアプリに千弦とのデートや喫茶店でのバイトなどの予定を書くようにしている。
「えっと、今週末は……土曜日は日中にバイトがあって、金曜日と日曜日はフリーだよ」
「そうなんだ! 良かった!」
千弦は明るい笑顔でそう言った。
「でも、どうしたんだ? 今週末の予定を訊いてきて」
「実は……今週の金曜日から、『王子様とのディスタンス』っていうアニメ映画が公開されるの」
「そうなんだ。『王子様とのディスタンス』……ああ、最近、ネットやテレビで何度かCMを観たな。もうすぐ公開だって」
「そうなんだね。私、その作品が好きで。2年前に発売された恋愛小説なんだけど、洋平君は読んだことある?」
「読んだことないな。……ただ、中3のとき、文芸部の女子部員が『王子様とのディスタンス』が凄く良かったって言っていたのを思い出した。まあ、当時は受験生だったし、他に読みたい本とか買ったけど読めていない本がたくさんあったから、その作品を読もうとはしなかったな」
「そうなんだね。私は受験勉強の合間に読んで気分転換してた。面白いから、たくさん読んじゃうときもあったけど」
そのときのことを懐かしんでいるのだろうか。千弦の顔には優しい笑みが浮かぶ。
「そうだったんだ。千弦がそうなるのも分かるな。俺も受験勉強の気分転換にラノベや漫画を読んだけど、面白くてたくさん読んじゃうときがあったから」
「そうだったんだね。……『王子様とのディスタンス』は女の子が主人公で、女性に人気の作品なんだけど、恋愛ものだから恋愛やラブコメの作品が好きな洋平君も楽しめそうかなと思って。それで、洋平君と一緒に映画を観たいなって思って。映画デートしたいです。どうかな?」
千弦は真剣な様子で俺のことを見つめながらそう言ってくる。
千弦が俺と一緒に観たいと思っている『王子様とのディスタンス』はタイトルくらいしか知らないけど、恋愛もののアニメなら楽しめそうな気がする。それに、千弦が面白いと言っている作品がどんな感じなのかも知りたい。あと、映画デートって響きもいいな。
「いいぞ。一緒に観に行こう。映画デートしよう」
千弦を見つめながら俺はそう答えた。
「ありがとう、洋平君!」
千弦は今日一番とも言えるような可愛い笑顔でお礼を言った。
「いえいえ。……今週末は金曜日と日曜日が空いているけど、どっちの日に行く?」
「金曜日がいいな! 公開初日に行きたい!」
「了解。ゴールデンウィークに行った洲中のシネコンで上映されるかな? あのシネコンは大きいし、大抵の作品は上映されるけど」
「上映されるよ。ホームページの上映劇場リストに名前があったし」
「おっ、そっか。じゃあ、ゴールデンウィークのときみたいに、俺が予約しようか。俺、あのシネコンの会員だし。金曜なら、3日前の今日から予約できるし」
「うんっ、お願いします!」
その後、俺はスマホで洲中駅の南口にあるシネコンのホームページにアクセスする。
金曜日の上映予定を観ると……『王子様とのディスタンス』がある。公開初日なだけあって、上映回数はたくさんあり、どれも空席がたくさんあることを示す『◎』マークになっている。また、本編の時間は130分と書かれている。ちょっと長めの作品だな。
「いっぱい上映されるし、どれも『◎』マークだから、今、予約すれば金曜日に観られるな」
「そうだね。良かった」
「ああ。どの時間がいいとかある?」
「そうだね……この午前10時の上映回がいいな。1番スクリーンで上映されるし」
そう言い、千弦は午前10時の上映回のところを指さす。ちなみに、その上映回の残席状況は『◎』だ。
「午前10時の回だな。了解。じゃあ、この上映回で予約しよう」
1番スクリーンで上映される予定の午前10時の回をタップする。
画面には1番スクリーンの座席表が表示される。白が空席、黒が既に予約されている席だ。スクリーンが観やすい正面や後方の座席、通路側の席を中心に所々埋まっている。
また、後方には数個ほどだけど幅広の座席のアイコンがある。これは2人用のペアシートだ。以前、結菜と一緒に座ったことがある。ソファーの形をしたシートで、2人で寄り添って観ることもできる。2人用のシートなのでちょっとしたプライベート感もあったな。……もしかして、千弦がこの上映回がいいって言ったのって。
「ここの席いいなって思っているんだけど……洋平君、どうかな?」
そう言って千弦が指さしたのは……スクリーンの正面の位置にあるペアシートを示す幅広の座席アイコンだ。
「ここって……ペアシートか」
「うん。彩葉ちゃんとか女の子の友達と一緒に、このシネコンにあるペアシートで映画を観たことが何度もあって。だから、洋平君とも一緒にペアシートで観たいなって」
「そういうことか。だから、千弦は1番スクリーンの午前10時の回がいいって言ったんだな」
「うんっ。上映予定のスクリーンの中でペアシートがあるのは1番スクリーンだけだから」
「なるほどな。……俺も結菜と一緒にペアシートを使ったことがあるけど、2人用だからプライベートな感じもあっていいよな。普通の座席とは違って寄り添うこともできるし」
「そうだねっ。お家デートとかお泊まりで洋平君とアニメを観るときは寄り添う体勢が多いから、ペアシートがいいなって思ったの。それに、洋平君とのデートだし、2人で映画を観るのは初めてだからね」
千弦は笑顔のままそう言うけど、その笑顔は頬を中心にほんのりと赤らんでいて。それがとても可愛くて。
「そうか。俺も千弦とのデートだし、2人で観るのは初めてだからペアシートがいいな。よし、ペアシートにしよう」
「うんっ!」
俺は千弦が希望したペアシートをタップして、予約の手続きをした。ペアシートは2人分の通常料金を支払えば利用でき、追加料金は特にかからない。とても有り難いサービスだ。
予約の手続きが終わり、予約確認のページでちゃんと予約できているかどうかを確かめる。
「……よし、ちゃんと予約できてる」
「そうだね! 洋平君、予約してくれてありがとう!」
「いえいえ。金曜日の映画デートが楽しみだ」
「私も楽しみだよ!」
千弦はニコニコとした笑顔でそう言ってくれる。千弦の笑顔を見ていると、映画デートが楽しみな気持ちがより膨らむ。
「洋平君。本棚に原作の小説があるから貸そうか? 読みたかったり、観る前に内容を知っておきたかったりするなら」
「……気持ちだけ受け取っておくよ。3日後だし、内容を知らない状態で観るよ。せっかくだから、新鮮な気持ちで観てみたいというか」
「なるほどね。内容を知らないからこそ味わえる感覚があるかもしれないもんね。分かったよ」
千弦は納得した笑顔でそう言ってくれた。
金曜日がとても待ち遠しい。そう思いながら、カレンダーアプリの金曜日のところに『千弦と映画デート』と予定を書き込んだ。




