第97話 幕間(レーモンとホマン)
「よし、これで出来たぞ」
時計のような装置といくつもの歯車が組み合わさった機械細工を見ながら、満足そうに言ったのは元時計職人のレーモン。彼はいつの間にかミレーヌの配下となったが、その探求心はホマンに次ぐものであった。ミレーヌのアイデアを聞き、次々と実用化を成し遂げていた。なにより、ホマンと違って、彼は実験中に他人に迷惑をかけることがなかった。
昨年、彼が開発した金属活版印刷機は、それまで手書きで作成していた公爵領の布告書類の作成時間を大幅に短縮した。彼は、頼まれると断れない人柄もあって、書記官補やメイドに大いに感謝され、公爵家中でも信望が厚い。
ちなみに、ホマンの実験中の爆発は、ミレーヌの厳命により回数は減ったものの、今度は、開発中の試作品を人に試そうとするようになり、彼が領都を歩くと皆隠れる状態になっていた。
「ミレーヌ様に言われて作ってみたものも、これを何に使うつもりだろうか?」
彼が作ったのは、ゼンマイを巻くことで、予め決めた時間になるとバネによって小さなハンマーが落ちる仕組みの機械細工だった。試行錯誤の末、片手で持てる大きさにまで小型化できた。
レーモンは、その用途がまったく分からず、ミレーヌに直接確認しようかと悩んだ。しかし、事前にアポイントメントを取らなければ失礼にあたると思い、躊躇していると、ドアが突然開き、白衣を着た中年の男性が入ってきた。
「おお! いたいた! レーモン、私の開発の手伝をしてくれ!」
まともな挨拶もせずに話しかけたのは、ホマン・ナヴァール。彼は、ミレーヌから公爵家研究室長という幹部の肩書きを授かったが、誰も彼を幹部として扱っていなかった。
「またですか? 先日も小型銃の試射しろって言われて、怖かったので木に括り付けてロープで引き金引いたら暴発したじゃないですか!」
「ああ、ハンドガンのことか。そんなこと未だに言ってるのか?」
「そもまま撃ったら大けがするところですよ」
レーモンの抗議を無視して、ホマンは、身振りを交えて語り続けた。
「おかげでハンドガンは完成したぞ! おお、素晴らしい! 小型で持ち運びに便利な銃だ!」
「でも、その銃、射程三十メートルくらいでしょ? 何に使うんですか?」
「馬鹿なことを言うな! 射程は短くても服の中に入れても目立たないくらい小型化に成功したのは、そう、私の叡智の結晶! す、すばらしい! これこそが……」
「本題は手伝いでしたっけ?」
ホマンが話が逸れそうになったところで、扱いに慣れたレーモンは、遮って本題に戻した。
「そうそう、手伝いだ! 火薬を密閉する容器を開発したのだ! 湿気が激しい場所で保管してたのだが、湿気ていないか、お前が確かめてきてくれ」
「嫌ですよ。そんな危なそうなことは。サミールさんにお願いしてくださいよ」
「サミールの奴、さっき私の顔見たら、『筆頭書記官のところに行かないと』って言って逃げていきおった」
「じゃあ、自分でやってくださいよ」
「ミレーヌ様から、今度爆発したら研究室を取り上げると言われてしまってな。レーモン、私に協力してくれ。さあ、素晴らしい実験の成果を確認するために、いくぞ!」
こうしてホマンは、抵抗するレーモンを無理矢理引っ張り、意気揚々と井戸の近くにある日の当たらない倉庫へと向かった。
レーモンは、ホマンに手を引かれながら、行き交う人々に助けを求めるが、誰も彼に手を差し伸べなかった。
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