第89話 補給線
東方面軍を指揮するジュノイー侯爵と城塞都市ロサークに篭るジャックのにらみ合いが続いていた。この間、ジュノイー侯爵は、迂回して比較的土塁の高さが低い西側から攻め込もうと軍を動かすも、城塞からの激しい銃撃にあった。軍を動かしただけで百名近くの死傷者を出したことを憂慮した侯爵は元の布陣に戻す。先の見えない戦いが東方面軍の兵士たちの疲労を加速させていった。
東方面軍が当初運んだ兵士の食料は当然食べ尽くされ、近隣の街や商人から調達していた。しかしながら、戦争特需を見込んだ商人たちは、貴族たちの足元を見てか、見て法外な値段を吹きかける。そういう商人から買わずに、近隣の街から手配しようにも、需要は供給能力を遥かに超えており物価は高くなる一方であった。こうして、貴族たちの懐事情は悪化していった。
領地が近い貴族たちは、商人から高値で手配するのを避け、自領から物資を運ぶ道を選んだが、最近それが相次いで襲撃される事件が発生した。
「山賊か……しかし、物資は全て焼き払われてしまっているのだろ?」
「慌てて逃げたという報告もありますから、運べないなら燃やしてしまえと思ったのかもしれません」
補給物資の襲撃の報告を聞いたジュノイー侯爵の疑問に、腹心のマクレ子爵が答えた。
「それにしても後詰のドガ将軍は何をしているのか。山賊などに好き勝手にさせて」
ジュノイー侯爵は、ドガの顔を思い浮かべ、忌々しげにつぶやいた。将軍は、王の直属兵という立場に胡坐をかき、自らの責任を避けようとしているだけだと侯爵は看破していた。その無責任さに、侯爵の苛立ちは募る。
「でしたら、護衛の依頼をしてみてはいかがでしょうか?」
「そうだな。卿が出向いて頼んでくれ」
マクレ子爵は、余計なことを言ったと内心舌打ちした。ドガ将軍の説得など面倒この上ないからだ。その後、彼はドガ将軍の陣に出向いた。予想通り、ドガ将軍は補給部隊の警護ごとき任務に大切な王軍を割けないと冷たく拒否した。ジュノイー侯爵にこの失敗を報告することを考えると、帰りの足取りは鉛のように重かった。
そんな最中、ピーター・アベラール子爵が、仲の良い男爵家数家と共同で、補給物資を運ぶ手配をしていた。単独で行動するリスクを避け、複数の貴族が共同で護衛を固めることが最も安全だと判断したからだ。
数多の物資を運ぶその補給部隊は、後詰の本軍の検問を終え、東へと向かっていた。翌日には東方面軍に合流できるという安堵感から、兵士たちの警戒心は緩んでいた。日も暮れてきたため、彼らは街道脇で野営を決める。すぐに火がくべられ、食事の準備が始まった。周囲の森は、夜の帳が降りるにつれて、闇の深さを増していく。
「警戒を怠るな、いつ何時襲ってくるかもしれんぞ」
指揮官が声を掛けた瞬間、闇の中から現れた男に口を塞がれ、単剣で喉を掻っ切られた。それを見た兵が剣を抜こうとすると、指揮官を葬った男は、手元の短剣を投げつけた。その短剣は、別の兵士の眉間に音もなく突き刺さり、その兵も絶命した。
「警戒を怠ってはならないというのは良い心がけだが、お前さんが一番警戒してなかったな」
単剣を投げた男が、すでに絶命した補給部隊の指揮官に言葉を投げかける。すると、体格の良い中年男性がやってきた。
「団長、全て片付けました」
その言葉の主は、レジス副団長であった。ゲオルクは、単身で指揮官を抹殺している間に、レジス以下五十名余のゲオルク傭兵団は、既に残りの補給部隊の兵士たちを皆殺しにしていた。
「火をつけて退散するぞ」
「前回も思いましたが、いささかもったいないですな」
「レジス、お前持って帰ってもいいぞ。その代わり置いていくからな」
「いやですよ。お前ら笑ってないで火を付けろ!」
レジスが苛立たしげに指示を出すと、笑っていた団員たちは、松明を投げ入れた。ゲオルクは、燃え盛る補給物資から立ち上る炎を静かに見つめる。そして、彼らは徐に暗闇に消えていった。
翌日の朝、襲撃の知らせを受けたジュノイー侯爵は、その深刻さに後詰の本軍までの街道の要所要所に兵を配備し、警戒することを決めた。しかしながら、東方面軍の補給物資の不足は明らかであり、士気の低下は著しい。彼は連日、貴族たちの愚痴を聞きながら、安全に撤退するためにはどうすればよいのかと思案するのであった。
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