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第73話 ミレーヌの対応

 夏の日差しが差し込む執務室で、ミレーヌは書類にサインをしている。静かな室内に響くのは、ペンを走らせる音だけだった。その静寂を破るように、突然「ドン」という大きな音がした。彼女がため息をついたのと同時に、フィデールが慌ただしく入室してきた。


「お騒がせして申し訳ございません。すぐに確認します」

「どうせ、ホマンのところよ。生きてるかどうかだけ確認して」


 ミレーヌはホマンに火薬の性能強化の研究を指示していたが、正直なところ、芳しい成果は上がっていなかった。数カ月に一度の爆発事故はもはや風物詩だったが、幸いなことにホマン自身は軽傷で済んでいた。彼は、その度に満面の笑みで「貴重な実験成果です!」と叫び、研究を続けている。ミレーヌが、その奇行と成果のなさに、研究を続けるべきか迷い始めた矢先、レベッカが執務室に入ってきた。


「失礼いたします、ミレーヌ様。王都のオーブリー殿より、伝書鳩にて書簡が届きました」


 レベッカが差し出したメモ程度の紙を見るミレーヌ。


「そう、私とシリルの婚約ね。考えそうな手の一つだったけど、シリルがもう少し大きくなってからと思ってたわ」


 ミレーヌはセリアの策であることをすぐに理解した。


「それでどうされますか?」

「断るけど、こちらもまだ準備不足だから決定的な対立は避けたいわね。あまり好きではないけど、のらりくらりとかわすしかないわ。今すぐ幹部集められる?」

「確か、ラウール殿が昼過ぎに戻ると言ってましたので、それ以降であれば」


 ミレーヌは、金細工と宝石で飾られた豪華な置き時計をちらりと見てレベッカに言った。


「じゃあ、十五時に会議室に集めて」

「承知しました」



◇◆◇◆


 公爵家会議室には、ミレーヌと、レベッカなどの幹部が集まる。そして、リナも出席するのが当然という顔でミレーヌの左隣に定位置に座っている。

 集まった幹部にミレーヌはセリアの策を説明した。ジャックが確認するかのように問うた。


「となると、婚姻を断った場合は、王命を拒否した公爵だと宣伝するわけですな」

「私なら、当然そうするわ。それを聞いた貴族達は誰も私達を助けない。つまり孤立化を図る。そして……」


 少し、間をおいてミレーヌは言葉を発した。


「そして、公爵家内部が動揺するのを見て、調略などの次の一手を仕掛ける。そんなところよ」

「なるほど、抜け目ないな。その王太子妃は。それでどうすんだ?」


 ゲオルクが答える。


「相手の要求にすぐ乗るようなことはせずに、交渉を長引かせて時間稼ぎ。そして戦力を整えていつ戦いになっても負けない状況にする。いまのところはこれしかないわ」

「妥当な線だが、その時間を使って味方を増やしてはどうか?」

「味方を増やすことはもちろん考えたけど、逆に裏切られて密告されたらたまったもんじゃないわ」

「確かにな」


 ミレーヌは、ゲオルクの言葉に静かに頷いた。彼女は、味方を増やすことの危険性を正確に理解していた。信頼できる能力の高い駒は、この場にいる幹部だけ。彼女の心には、孤立を恐れる気持ちは微塵もなかった。


「いずれにしても時間が必要よ。一年後あたりなら楽に勝てるはずだけど、今すぐは銃配備が間に合ってないから。ジャック、そうでしょ?」

「はい、今配備完了した新型銃は約六百丁。戦力差を考えると多ければ多いほど良いですな」


 ミレーヌはジャックとゲオルクを見つめた。戦力差を覆すには、圧倒的な火力を揃えなければならない。しかし、銃の増産には時間がかかるので、事前の準備が必要不可欠だった。


「レベッカとラウール。二人は、サミールと相談して銃の生産がもっとできないか直ぐに検討して実施しなさい」

「パトリスは、自由兵の募集を。今は三百人程度だから千人くらいは欲しいわ」

「ジャックは、銃を利用した訓練の徹底」

「ゲオルクは、新たに募集する自由兵の訓練。それと貴方(あなた)が信頼できる傭兵団のスカウト」


 一年後の戦いを見据えたミレーヌは、矢継ぎ早に指示をしていく。その隣でリサが暇そうにあくびをしていた。


「リナはラウールと協力して、情報収集。王家はもちろん貴族の情報なんでも構わないわ」


 ゲオルクをチラッと見たミレーヌは言葉を続けた。


「それと、もしこちらの味方になりそうな貴族がいたら、その貴族を徹底的に調べて」


 彼女は、「あいよ」と気軽に答えた。こうしてミレーヌは王太子の使者が来る前に、彼女が思い描く完璧な対応策を指示した。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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