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第69話 夫婦の会話

 王太子エドワードが摂政となった日が公表されてから三日後。政務の重圧に疲れ切った表情のエドワードは、自室で着替えを済ませると、重い足取りで妻が待つ寝室へと向かった。彼の心を癒す唯一の場所だった。


 ドアを開ける前に、妻に心配をかけまいと無理に笑顔を作った。部屋のベッドにはセリアが腰かけていた。


「まだ起きていたのか」

「もちろんでございます。エドワード様。それよりお顔がすぐれない様子。大丈夫でしょうか?」


 ナイトドレスを着たセリアは、心配そうに語りかけてきた。エドワードは自分の心の中を察するセリアに対し更なる信頼を深めた。


「大丈夫だ。と言いたいところだが、思い通りにいかないな」

「といいますと?」

「思ったことをやろうとすると、家令たちがすぐに反対する。『貴族たちの賛同が得られません』ばかり言いおって」


 エドワードは、額に手を当て、疲れたようにため息をついた。父の言う通りに、貴族たちを尊重しようとすれば、自分の考えはことごとく否定される。政務は、彼が想像していたよりも遥かに複雑で、負担は日に日に増していった。


「エドワード様……。いえ、何でもありません」


 セリアは、一瞬だけ悲しげな表情を見せ、言葉を濁した。そのわずかな変化に、エドワードの心は揺さぶられた。彼は、妻が自分を思い、何かを遠慮しているのだと思い込み、優しく彼女に語りかけた。


「どうした、セリア。何か言いたいことあったら遠慮なく言ってくれないか?」

「差し出がましいことでございますので……」

「ぜひ聞かせてくれないか?」


 エドワードは、セリアの言葉の続きを、まるで救いの手のように待ち望んでいた。


「それでしたら、申し上げます。大貴族をエドワード様のお味方になるようにすればよろしいのではないでしょうか?」


「大貴族となると、ブローリ公爵かグラッセ公爵しかおるまい。ブローリ公爵は何を考えてるか分からず、説得するのも苦労しそうだが……」


 エドワードは、ブローリ公爵の顔を思い浮かべ、頭を振った。あの老獪な人物を説得するのは、自分には不可能だと直感した。


「ですから、グラッセ公爵がよろしいかと思います」

「ミレーヌと手を組むのか……。彼女を捨てた私の味方になるとは思えないが」


 エドワードは、かつての婚約者だったミレーヌの、底の見えない瞳を思い出した。セリアを選ぶためにとはいえ、彼女を捨てたという経験が、彼の心を覆い、一歩踏み出せないでいた。


「いえ、ミレーヌ様ではありません。公爵家当主はシリル様です」

「たしかにシリルは公爵位を継いだが、まだ十四歳だ。友達にでもなれというのか?」

「ですから、シリル様と殿下が親戚になればよろしいかと」


 エドワードは、セリアの提案に、まるで闇の中に光が差したかのような希望を感じた。ミレーヌとの対立を避け、公爵家を味方につける。これほど都合の良い策はないと思った。しかし、彼には一点懸念があった。


「シリルに私の縁者を嫁がせるのか。しかし、私には姉妹はいないし、従姉妹もみな結婚しているが……」

「差し出がましいのですが、私の妹アントワーヌはいかがでしょうか? シリル様と結婚すれば、エドワード様の縁者となります」

「おお! アントワーヌなら良いな。しかし、ミレーヌが素直に了承するだろうか?」


 良案を聞いたエドワードは、ミレーヌの顔を思い浮かべ、不安に駆られた。


「そうですね……ミレーヌ様は、公爵家を一人で切り盛りされていらっしゃいます。女性としての幸せを捨ていらっしゃるのかもしれません」

「確かにな」

「ですから、ミレーヌ様に素晴らしい男性をエドワード様が紹介してはいかがでしょうか? その方とミレーヌ様が結婚すれば、エドワード様に恩を感じ、殿下の(まつりごと)に協力すると思います」

「つまり、私がミレーヌとシリルの二人の結婚相手を紹介してやれば、公爵家とミレーヌが結婚する貴族、この二つの貴族が、私に恩義に感じ、協力するということか」


 セリアの言葉が、エドワードの不安を打ち消すかのように、心に響いたゆえに、彼は感嘆の言葉を発した。


「ご明察のとおりです。殿下。女性として結婚するのはなによりも幸せな事ですから、ミレーヌ様は、殿下のご配慮に感謝するに違いありません」

「しかし、摂政であるミレーヌが他家に嫁ぐとなると、年若いシリルで公爵家を治めることはできるだろうか?」

「それは大丈夫です。妹が嫁ぐのであれば、父が必ず公爵家が安泰になるように援助することでしょう」


 エドワードの顔に、希望の光が差した。セリアの提言は、彼の頭の中では、すべての問題を解決する、完璧な策のように思えた。


「うむ、私もミレーヌに対して、負い目があったが、セリアの提言は素晴らしいと思う。明日にでも家令たちと相談するとしよう」


 エドワードの表情は、ようやく重荷から解放されたかのように晴れやかになった。彼は、セリアを優しく抱き寄せ、その頬にキスをした。そして、彼女の体を求めるように、熱い吐息を漏らした。


 エドワードに抱かれながら、セリアは喘ぎ声を発する。しかし、彼女の目は冷静に遠くを見ていた。そして口元はなぜか笑っていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
エドワード。。。 それは単に公爵家の乗っ取り。。。ゲフンゲフン。
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