第121話 謁見の間の王
ブローリ公爵を粛清したミレーヌは、直ちに、ジャックにブローリ公爵領への侵攻を命じた。ジャックは二万の兵とフリントロック型銃二千丁をもって征討に赴いた。王都での殺戮から逃げ延びるなど難を逃れた北部の貴族六十家あまりの当主は、盟主であるブローリ公爵が死亡したことを知り、相次いでミレーヌの陣門に降った。ブローリ公爵の館に公爵の一族と数千の兵が立てこもったが、陥落は時間の問題であった。
それと前後して、レベッカやパトリスなどの文官も王都へ到着し、統治についてミレーヌと緻密に話し合った。今回の戦いで降伏した貴族たちは、以前に隷属した貴族と同様に年金を支給する代わりに領地はすべてミレーヌに差し出すこと。反意を示した貴族は見せしめとして殺すこと。さらに、貴族の領地を接収したあとは、騎士階級層も、下兵とし、反乱を起こした場合は圧倒的な軍事力で誅殺することなど、今後の統治方針が決まり、ミレーヌの指図により文官たちが実務を動かしていく。さらに、ミレーヌは夜に、レベッカを呼び出し、二人だけで密談する日が多くなった。
◇◆◇◆
そんな中、王宮の隠された部屋から、一人の男が助け出された。それはエドワード国王であった。レベッカから報告を受けたミレーヌは、素直に驚いた。
「生きてたか……」
「はい、王宮には、このような隠し部屋や隠し通路が数多くあるようで、今まで仕えていた王家の家臣たちも知らないようです。今回は、王宮の調査をリサに依頼し、先ほど、国王を発見しました」
「食事はどうしたの?」
「隠し部屋には、数名の使用人がおり、外の倉庫から食事を持ち出して与えていたようです。どうやらセリアの命によって生かされたようですが、なぜ監禁されていたのかは不明です。使用人たちも、『死なないように生かせ』と厳命されていただけで、詳しいことは誰も知りませんでした。あと、国王は、お嬢様に詫びたいと申しておりますが、いかがなさいますか?」
少し考え込んだミレーヌは、顔を上げてレベッカに言った。
「いいわ、謁見の間で会うわ」
◆◇◆◇
護衛に連れられ、エドワード国王が謁見の間に入室する。彼の視界に入ったのは、紺を基調としたドレス姿で、旧カッツー王国の玉座に静かに座すミレーヌだった。
彼は、一瞬呼吸を忘れた。玉座に座るミレーヌは、まるで自分を待ち受けていたかのように、冷たい瞳でエドワードを見下ろしている。エドワード国王は、かつて自らが座っていた玉座を見上げ、その冷たい椅子の前に立つことを強いられた。しかし、彼は憤懣する気持ちを抑える。そもそも、自分をあの牢獄から出してくれたのはミレーヌだ。思い直したエドワード国王は、王座に座る彼女に一途な目を向け、誠意を持って訴えた。
「悪かった、ミレーヌ。余は騙されていた。あのような女だとは思いもよらなかった。余を幽閉し、そしてカッツー王国をこのようにしてしまったのはあの女のせいだ。余は、本当に大変な過ちをしてしまった。あの時、ミレーヌとそのまま結婚していればこのようなことにはならかった。余の不明だ。詫びる。だから、余ともう一度……」
ミレーヌは、うんざりした表情で顔色悪く痩せこけていた男の話を遮った。
「何を言うかと思ったら、セリアのせいにして、よりを戻したいとはね。はっきり言うけど、すべて貴方のせい。セリアにつけこまれたのも、王都がこうなったのも、みすぼらしい姿で詫びているのも、すべて貴方のせいなの。それを理解せずに、他人に責任を押し付ける。本当に、最低な男」
ミレーヌの話を聞いたエドワードは、激高しながらミレーヌを指さした。
「余に向かって、その言は失礼すぎるぞ!」
面前で指さす男を無視したミレーヌは、レベッカに視線を向けた。
「レベッカ、この男をつれていきなさい。明日公開処刑するわ」
「まて、余はカッツー王国の国王だぞ! それを処刑するなど」
レベッカが、ミレーヌの脇に控えるフィデールに目線を向けると、フィデールは頷き、部下に向かって「連行しろ」と指示を出した。衛兵に連れていかれるエドワード国王は、「余は、国王であるぞ! それを、このように扱うとは、何を考えている……」とわめき叫んでいたが、周りにいた者たちは、ただ静かに、その無様な姿を見送った。
◆◆◆◆
翌日エドワード国王の公開処刑が、王都の広場で行われた。エドワード国王は、憂国の勇者が自分を助けてくれると信じて、広場に向かった。しかし、そんな都合良い者など存在せず、民衆は、連行される国王に憎悪の目を向けていた。
(余は、素晴らしい王国にするために日夜努力したはずなのに、なぜこうなった。正しい政をしたはずなのに、民草どもは、なぜこのような目を向けるのか。なぜ余を理解しようとしないのか)
人のことを理解しようとせずに、自分の理念のみ追求したカッツー王国の最後の国王は、死の直前まで、自分のことを客観的に見ることができなかった。
六百八十九年の治世を誇ったカッツー王国は、彼の死をもって正式に滅亡した。
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