第120話 覇権を手にする者
王都が陥落し、カッツー王国の最後の抵抗は鎮圧された。発見されたセリアの遺体は激しく炭化しており判別不能だったが、現場にいたゲオルクらの証言により、死亡したと公表された。 当初、その報を受けたミレーヌは、静かに目を閉じ、考え込むように呟いた。
「自殺、それも焼身自殺を選ぶとは……」
ミレーヌの脳裏に、死への違和感がよぎる。遺体は炭化し、誰のものか判別できない。顔を焼くことで身元を隠し、死を偽装して逃亡する。それは、古来より使われる常套手段だ。
(あの強欲な女が、自ら命を絶つとも思えない。……前世のDNA鑑定でもあれば別だけど、この世界でそれを証明するのは不可能ね)
確認しようがない以上、これ以上思考を巡らせるのは非効率だ。
彼女はすぐにその考えを打ち切った。仮に生きていたとしても、権力基盤と財産を失った女一人に何ができるというのか。今は、姿の見えない亡霊を追うことよりも、国の統治を盤石にすることの方が、遥かに重要で合理的だ。
ミレーヌは静かに目を開き、ひとり頷いた。
◇◆◇◆
王都の治安が回復したことから、両公爵の兵士は王都の外の練兵場で天幕を張り野営している。戦争も終わったにもかかわらず、ミレーヌの軍は日中から訓練に勇んでおり、ブローリ公爵の兵たちはその勤勉さに舌を巻いた。
こうしたなか、ミレーヌとブローリ公爵は、ともに護衛を引き連れて王宮の廊下をともに歩いていた。二人が向かうのは、王家の執務室。そこで二人だけの会談をするために向かっていたのであった。
執務室前に到着すると、ブローリ公爵は七名の護衛隊に控えるように目で合図し、ミレーヌも、警護隊長のフィデールと、紅の髪を持つリナに向かって待機するように指示を出した。ミレーヌが扉を開けると、執務室から漂う古風な家具の匂いが漂ってきた。ブローリ公爵は、改めて歴史の重みを感じ取った。
「さあ、入りましょう。ブローリ公爵」
ミレーヌは、公爵に優雅な笑みを向けた。彼女は、廊下にいるフィデールに振り返って言った。
「もう剣は不要ね」
ミレーヌの差し出した剣をフィデールは恭しく一礼して受け取った。その動きを見た公爵は、自らの護衛兵に目を向けた。
「私も見習うとしよう。末長い友好のためにも」
ブローリ公爵が護衛兵に剣を渡す。そして、二人が執務室に入り、扉が閉められた。王都陥落という最大の危機を乗り越え、いよいよ平和的な「分割統治」の会談が始まると誰もが思った。
◆◆◆◆
執務室は、国王の威厳を示す豪華な装飾と、重厚なオーク材の香りに満ちている。ミレーヌは、部屋の奥、歴代の国王が座っていた椅子に迷いなく歩み寄ると、静かに腰を下ろした。
ブローリ公爵は、ミレーヌの唐突な行動に内心で驚いたが、その自然すぎる動作を許容し、彼女に背を向け見事な調度品を眺める。彼の脳裏には、ミレーヌと分割統治した後の、広大な王国の未来図が鮮やかに広がっていた。
「見事な部屋だな。歴史の重みを感じる。それで、ミレーヌ嬢。分割については、どのあたりで線を引くかだな」
公爵は、王都を挟んで東西に分けるか、それとも南北に分けるかという、具体的な国境の案を話し合うため、ミレーヌに向き直った。しかし、彼女は何も言葉を発せず、ただ、懐から手のひらサイズの、見慣れない小型の銃を取り出し、公爵の胸元に向けていた。
「おい、それは銃か……じょ、冗談はよせ」
公爵は、その銃がホマンの開発した「ハンドガン」であることを知らない。彼は、ミレーヌの行動を、まだ冗談の範疇だと考えていた。
「冗談ではありませんわ。ブローリ公爵」
ミレーヌは、優雅な笑みを浮かべながら、落ちきはらった声で彼に答えた。
「この国の全ては、私が統治します。全てを壊してね」
その言葉が響くと同時に、ミレーヌは引き金を引いた。轟音とともに、弾丸がブローリ公爵の胸を貫通する。公爵は、自らの胸に熱い衝撃を受けた直後、この若き女性を直前まで信用していたことを悔いた。彼は、血を吐き出して床に倒れ込んだ。
それを見たミレーヌは大声で叫んだ。
「リナ! 走って!」
◆◆◆◆
銃声は、執務室の外の静寂を切り裂いた。
「何事だ!」
ブローリ公爵の護衛兵が剣に手をかける。だが、護衛の動作はあまりにも遅すぎた。扉の横にいたリナは、銃声が聞こえた瞬間に動き出した。彼女は、目にも留まらぬ速さで、近くにいた護衛兵二人の下腹部と顔面に、矢継ぎ早に蹴りを叩き込み、彼らを瞬時に無力化する。直後、執務室の中からミレーヌの叫び声が響いた。彼女は「わかったよ」と小声で応じたのち、フィデールに後の始末を任せ、計画どおり、王宮の外へ向かって走り出した。
フィデールも、銃声と同時に、剣を抜き放ち、他の五人の護衛兵に斬りかかった。ブローリ公爵に仕える護衛兵は優秀であったが、フィデールの圧倒的な剣技の前では、敵ではなかった。切られた兵の断末魔と、血の匂いが、執務室の外に満ちる。
◆◆◆◆
王都の外の練兵場。ブローリ公爵の腹心ラクール子爵は、公爵軍と北部貴族軍の統括という重要な役目を任されていた。彼は、両公爵の重要な会談に参加できなかったことから、気だるそうに王宮の方角を見ていた。彼の弛緩は、兵士たちにも伝わっていて、いつ、その会談が終わるのかわからず、地面に座っていた。
ブローリ公爵が倒れてから十五分後、リナが練兵場にいるジャックの元へ走りこんだ。彼女は、ジャックに、ブローリ公爵がミレーヌに射殺されたことを、簡潔に告げた。頷いたジャックを見たリナは、満足げな笑みを浮かべ、音もなく走り去った。
ジャックは、訓練している兵に向かって号令をかけた。
「ブローリ公爵謀反! 公爵はミレーヌ様が成敗した! 公爵の兵を、一兵たりとも生かすなというミレーヌ様のご命令である! 総員、銃撃用意!」
ラクール子爵はもちろん、兵士たちは、ミレーヌの兵士たちの銃口が自分たちに向けられていることに、気づかなかった。
そこに、二千以上の銃から轟音が鳴り響いた。味方からの突然の一斉射撃により、多くの兵が倒れる。ラクール子爵も最初に斉射でこめかみを撃ち抜かれ即死した。彼らは、何が起こったのか理解できないまま、顔色を失い、混乱状態に陥った。
「ブローリ公爵は、ミレーヌを暗殺しようとしたが、逆にミレーヌに殺された! もうおしまいだ!」
後方で、大声で叫んでいる兵がいた。注意深く聞いていれば、その兵の声は女の声だと気がつくものもいたかもしれないが、突然の銃撃により混乱した兵士たちは声ではなく、その言葉を信じ恐慌状態に陥った。ミレーヌの軍は、容赦なく銃撃を続けた。混乱したブローリ公爵の兵士たちは、逃げる者も、抵抗する者も、その区別なく、次々と虐殺されていった。
この日、ミレーヌは、最も危険な同盟者を、一つの銃声と、完璧な策謀によって完全に排除した。
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