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第115話 王都包囲

 ヴェルシーの戦いが終わった三日後、ブローリ公爵と対峙していたアイヤゴン将軍の元に、敗北の報が届いた。


「七万の軍が、三万の兵に敗れただと!」


 将軍は報告を信じたくはなかった。しかし、その衝撃的な敗戦の情報が、士気の低い自軍の兵士に知られた際の動揺と混乱を想像する。敗北の事実が広まれば、規律は瞬時に崩壊し、反乱に繋がるのは必至であった。彼は即座に、この件を他言しないよう幹部に厳命した。


 その衝撃的な敗北とモラン将軍の戦死の情報はアイヤゴン将軍だけのものではなかった。対陣するブローリ公爵も当然ミレーヌの元へ密偵を放っており、ほぼ同時刻に入手していた。公爵は冷静にその内容を精査する


(勝利に乗じたミレーヌが先に王都を落とすと分割統治の話もご破算になるな。かといって無理攻めしても損害が大きい。ここは策を弄するか)


 公爵は密偵数名を呼び寄せ、アイヤゴン将軍の兵士たちが待機する陣営に向けてある指示を出した。

 ブローリ公爵の兵たちは、対陣するアイヤゴン軍が急に騒ぎ始めたことに訝しげな視線を向けていた。騒ぎというよりも、それは明らかに勝利を喜ぶ歓声であった。


(敵が喜ぶようなことは何か? 援軍か? それとも味方の敗北か? その両方か?)


 アイヤゴン軍の兵士たちは、その歓声の真意を探り、ざわめき始めた。そこへ、「モラン将軍の七万が、ミレーヌに大敗した。ミレーヌの軍はこちらに向かっているそうだ」という噂が、瞬く間に駆け巡った。

 ブローリ公爵の密偵たちは、アイヤゴン将軍が隠蔽しようとした事実を、広めるように指示を受けたのであった。


 この戦いは、もはや勝てないと誰もが思った。


 一人の兵が武器を捨てて逃げ始めると、その恐怖に感染したかのように、数名の兵も我先にと逃げだした。その恐怖は全軍に広がっていき、アイヤゴン将軍の指揮する兵士たちの半分以上が、戦わずして逃げていった。


 これを見たブローリ公爵は、勝利を確信し、総攻撃を命じた。すでに、アイヤゴン将軍率いる二万のカッツー王国軍は軍の体裁をなさず、戦うことができなかった。アイヤゴン将軍はブローリ公爵に投降した。

 こうして、ミレーヌ公爵軍とブローリ公爵軍は、それぞれ王国軍を打ち破り、二週間後、王都を包囲した。王都は、ジュノイー侯爵と数家の貴族の兵五千、それにヴェルシーの戦いで生き残った一万あまりの敗残兵が籠って、徹底交戦の構えを見せていた。

◇◆◇◆

 王都を包囲するミレーヌの本陣に、一人の貴族が降伏を申し出にやってきた。パスカル・アシャール子爵であった。彼は、王家とミレーヌとの戦争のきっかけとなった張本人であったが、そんなこと知らないとばかりに、自分をミレーヌに売り込む。


「私は、騙されていたのです。これからミレーヌ様のお役にたってみせますので、なにとぞ配下に加えてください」


 本陣のテントでパスカル子爵の言葉を聞いたミレーヌは、冷笑しながら言った。


「役に立つといったわね?」

「はい、何でもお命じください」

「じゃあ、今から王都に行ってセリアに降伏するよう説き伏せなさい」

「そ、それは難しゅうございます。セリアは、ミレーヌ様に降伏するような女人ではありません」


 その言葉を聞いたミレーヌは、静かに笑み浮かべながらパスカルに話しかけた。


「知らないかもしれないけど貴方のおかげで計画が狂ったの」

「け、計画とは……」


 ミレーヌは冷ややかな視線でその問いを一蹴し、傍らに控えるジャックに命じた。


「知る必要はないわ。ジャック、この嘘つきな役立たずを処分して」

「承知しました」


 ジャックは部下数名に命じ、パスカル子爵を拘束した。子爵は、必死に声を振り絞った。


「お、お待ち下さい、ミレーヌ様! ほかの任務を! この話術で、きっとお役に立てます! ミレーヌ様に取りつぎを!」


 彼の声は、もはや悲鳴と懇願が混ざり合った、醜い響きだった。


「これから、こういう輩が多くなるでしょうね。使えないものは始末してかまわないわ」


 ミレーヌは、静かにジャックに言う。ジャックは恭しく一礼し、命令を受諾した。


 パスカル子爵のその声は、野外の静寂に吸い込まれ、二度と届くことはなかった。彼の唯一の武器であった「舌」は、銀髪の女性公爵の前では全く無力であり、その日以降、何の言葉も残せずに沈黙し続けることとなった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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