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第105話 欠けていた物

「何度書き換えればいいのだろうか? 正直、こんなことではやってられないな」


 王都の商会街。穀物問屋の店主ベールは、夕方に値札を張り替えながら、独り言を言った。

 彼は、三日間の間で二度も値札を書き換え、疲労の色を濃くしていた。四日前、新しい金貨と古い金貨を強制的に交換する布告が発せられたのが原因であった。

 ベールの穀物問屋は、先週、小麦五袋を旧金貨一枚で売っていた。しかし一昨日の朝、同量の小麦の仕入れ価格は新金貨三枚に跳ね上がっていた。これは、王家が発行した新金貨の純度が大幅に低下したため、商人が旧金貨と同じ価値と見なしていないことを意味する。彼はやむを得ず、小麦二袋を新金貨一枚で売ることにした。

 ベールは、今日の午後に小麦を仕入れようとしたときには、その小麦の価格が新金貨四枚に値上がりしていた。商人が新金貨の価値をさらに疑い始めたためだ

 それからというもの、彼は店を開けるたびに、値札を書き換えることが日課となったが、王家の金貨を使うものたちは、貨幣の価値が崩れ、財産が目減りしていく現実に直面していた。


 王妃セリアが強引に推し進めた改鋳の策は、王都に悪性の熱を発生させた。金の純度が三分の一に引き下げられ、しかも強制的に流通量が膨らんだことで、王家の貨幣に対する信用は音を立てて崩壊する。物価は上昇し、王都の通りには、怨嗟の声が渦巻いていた。

 セリアは、旧金貨を回収し新金貨を発行することで、王庫を潤しミレーヌの銀貨を駆逐する小金貨を発行する算段だったが、人々は新金貨の金の含有量が従来の三分の一であると悟ると、手持ちの良質な旧金貨を隠し、交換に応じなかった。これにより、王家が集める金は想定を遥かに下回り、小金貨の発行量も極端に少なくなってしまう。

 そもそも、このカッツー王国では、銀の総量に比べて金の総量は二十分の一程度に過ぎない。市場での少額決済には銀貨が不可欠だったが、その銀貨はミレーヌによって価値を失った。そのため、金の含有量が従来の三分の一に減った「悪金貨」と、その小金貨が発行されたところで、経済活動に必要な流通量を満たすことは不可能だった。

 物価上昇というインフレを誘発する失策を重ねて実施した結果、王都の商品などの価格は時がたつにつれて上昇する。王都はもちろん、王家が領有する都市などにおいて、混乱が生じ、経済活動は完全に停滞していった。

 王妃の執務室でも、マルセル・ルパープ筆頭書記官が頭を抱えていた。


「王妃様、王家が発行する金貨は市場で価値を失い、もはや通貨の機能をなしてません。我々の施策は逆効果であったと言わざるを得ません」


 セリアは、叫んだ。


「黙りなさい! そもそもこんなことを言い出したヤスミンはどうしたの!」


 財務担当のヤスミンが居ないことに気が付いたセリアは、マルセルに詰問する。


「彼は、庶民の混乱を見て、徹夜で対応している最中、倒れてしまいまして……」

「だったら、それをなんとかするのが貴方の役目でしょ! 今すぐどうにかしなさい!」


 セリアの叫びが部屋に木霊する。


 セリアは、金という実物価値を過信した。しかし、貨幣の本質は、裏付けとなる資産ではなく、発行者への「信用」にある。さらに、金の絶対量も不足している。そして今、セリアにはその二つともない。

 セリアがヒステリーを起こしても今更どうしようもない事態となっていた。しかしながら、これは致し方ないのかもしれない。この世界において、貨幣の持つ信用という概念を正確に理解し、それを利用して相手を追い詰めることができる立場にいたのは、たった一人。そう異世界人であるミレーヌだけだから。


 翌日、セリアは金貨の改鋳を直ちに取りやめ、従来の金貨の純度に戻すよう命じた。同時に小金貨の発行も停止され回収することとなった。これにより、物価高騰の狂乱は一旦収束に向かったが、既に空となった国庫を埋めるため、彼女は領民と商人への税率を大幅に引き上げた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ミレーヌが先見の明を持って対策してきた金銀がここで真価を見せ始めましたね! この事実が未来に何を物語るのか。 続きも楽しみにしています。
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