第104話 小金貨
王妃セリアが、執務室で筆頭書記官マルセル・ルパープからの報告を受けている。銀貨の価値下落が止まらず、一部貴族の財政悪化が深刻化しているという内容だった。
「心配には及ばないわ、マルセル。私があれほど気前良く財宝を分け与えたのです。貴族たちの財政は持ち直し、彼らは忠誠を誓うでしょう」
セリアは、冷たい紅茶を一口含むと、優雅に言い放った。
「恐れながら、王妃様。その『気前の良さ』が、今、深刻な問題を引き起こしております」
マルセルは、顔を青ざめさせながら、セリアの前に一つの報告書を差し出した。
「グラッセ公爵家が新たに発行した銀貨により、王家や貴族が発行していた銀貨の価値は崩壊寸前です。その上、王妃様が貴族に分け与えた金貨と財宝の支出が響き、王家の国庫は現在、深刻な財政難に陥っております」
王家の富は尽きないものだと考えていたセリアの瞳から、一瞬、優雅さが消えた。彼女は報告書を乱暴に掴み、内容を確認する。貴族を懐柔した成功の裏で、王家の国庫が底をつきかけているという、信じられない事実だった。
(愚かにも、長年の放漫な政治で王家の金庫は空だというのか。そんな国に、私はすべてを賭けたのだ。しかし、今さら嘆いても仕方ない。計画を諦めるわけにはいかない)
セリアは、冷静さを取り戻し、窓の外、王都の煌びやかな光景を一瞥した。彼女の瞳には、ミレーヌへの憎悪と、この国全てを支配したいという強烈な欲望が燃えている。
(あの女は、銀で私たちを追い詰めてきた。ならば、私は、金で対抗すればいいじゃないの。なぜ誰も気が付かなかったのかしら。王家の権威と金を使えば、あの女の銀貨など無意味に等しい)
セリアは、頭の中で最善の策を導き出し、冷笑した。
「簡単よ。今の金貨の五分の一程度の大きさの金貨を発行すればいい。月明かりのようにくすぶった銀などより眩い太陽のような金ならば人々が殺到するはず。それがあの女の銀貨を駆逐するわ」
この大胆な発想に、同席していた財務担当の書記官であるヤスミンは、愕然として表情を曇らせた。一般的に、金貨は銀貨の十倍の価値があり、五分の一程度では銀貨に代用するには価値が高すぎるからだ。そこで彼は進言した。
「失礼ですが、従来の金貨の十分の一程度の小金貨を発行したらいかがでしょうか?」
聞かれたセリアは、思った。
(些細なことではないか。五分の一だろうが十分の一だろうが構わない)
「ヤスミンがそういうならそうしなさい」
セリアの命を受け、小金貨の発行準備が進められるが、早速問題が発生する。一週間後、ヤスミンが、セリアの元へ慌てて報告に来た。
「王妃様、小金貨の原資がありません。現在保有している金塊をすべて投入しても、必要な量には遠く及びません」
ヤスミンの顔は、事態の深刻さに青ざめていた。セリアは、その報告に眉一つ動かさない。
(保有している金塊もその程度しかないの。まったく、今までの王は何をやってきたのか)
「ヤスミン、十分の一の金貨にすると言ったわよね。なんとかしなさい」
「といましても……」
(まったく、この者は知恵が回らないのか……)
イラついたセリアは、ヤスミンを睨みつけた。
(……足りないのは金塊でしょ? だったら今ある金貨を使えばいいじゃない。なぜ、こんなに簡単なことが分からないのかしら)
急に笑い出したセリアは、ヤスミンに言い放った。
「まず、国庫にある金貨を潰して、金の量を三分の一に減らした新しい金貨を発行する。そして今ある金貨と強制的に交換すると布告しなさい」
その無理難題な命令に、ヤスミンは言葉を失った。今まで流通している金貨を、潰して、違う金貨を発行するという実務的な問題に彼は頭を悩ました。しかし、セリアの冷たい視線に、彼は従うしかなかった。
「新しい金貨と交換して、集めた古い金貨を潰していけば、金が得られるのよ。それを使って小金貨を発行すれば万事解決よ」
セリアは、金貨の金の含有量を下げるという決定を、まるで紅茶を飲むかのように淡々と命じた。こうして王家の小金貨は、セリアの強欲な野望を達成するために、新たに発行されることとなった。
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