第103話 摂政セリア
セリアが摂政に就任後、カッツー王国の国政を担うようになった。セリアは、無能な夫であるエドワード国王が判断に窮していた懸案事項を、次々と適切に処理していった。エドワード国王は、伯爵家の跡目争いや、子爵家の内紛などの貴族の係争に自ら介入することを避けていたが、彼女は積極的に介入し、当事者双方が納得せざるを得ない裁断を下した。
これにより、「エドワード国王はこのまま戻らない方が、王国のためになるのではないか」という風潮が、城内に広まっていた。さらに、セリアが係争に介入した貴族たちは、彼女を信奉し、着実にそのシンパを増やしていった。
しかし、セリアの気分は全く晴れなかった。彼女は、自分に公然と挑戦状を突き付けた銀髪の女のことばかり気になっていたからだ。
(ミレーヌが貴族百家程度従えたとしても、所詮弱小貴族などを取り込んだだけ。あの女の兵力は、未だに王家の兵力に劣る。まずは、旗色が鮮明でない貴族を取り込む。そして、ブローリ公爵を先兵して攻め滅ぼしてしまえばよい話)
そう思い立った彼女は、執務室に入ると、地図を広げた。
東側の貴族は既にミレーヌの支配下にあり、北側から北西部の貴族は、他国と接していることからブローリ公爵を信奉している。セリアは、その二大勢力を避けるように、西域から南域の地図に視線を移した。
この広大な地域には、大小合わせて百四十程度の貴族がおり、比較的彼女や父のシンパが多い。しかし、中立派の貴族も三十家ほど存在した。かつて馬鹿な男がミレーヌとの婚約を斡旋しようとしたバーソロミュー・サティ侯爵や、アシル・メシエ侯爵といった勢力が大きく旗色を鮮明にしていない貴族を、なんとしてでも取り込みたいとセリアは思った。
地図から目を離し、老執事のアルビンを見た。
「アルビン、すぐにサティ侯爵とメシエ侯爵のこと調べて」
「承知しました。お嬢様」
数日後アルビンが報告すると、サティ侯爵は少女趣味が行き着くとこまで行ってしまったようで、彼の好みとなるような少女を十名程度送れば懐柔可能とのことだった。一方、メシエ侯爵は、建築好きであり、土木工事や領民のための公共施設の建築など熱心に取り組んでいたが、財政は火の車であった。
「じゃあ、サティ侯爵には少女を十名ほど見繕って送って。メシエ侯爵はどの程度お金が必要なの?」
「おおよそ、金貨五万枚です」
「王庫から支給するよう、マルセルに伝えといて」
家令のジブリルが病死したと公表されたあと、筆頭書記官であるマルセルが王家の政治や事務などの統括を担っていた。
「承知しました」
アルビンが一礼して、退室する。セリアは、貴族を味方につけるためには、財や人といった資源を惜しまなかった。彼女は、人が欲で動くことを深く理解している。その強欲な知性で、他者の欲を見抜き、見合うものを提供する点にかけては天賦の才があった。
しかも、セリアは無償で金品を渡すお人好しではない。彼女は、ミレーヌを滅ぼしたあとに、邪魔な貴族を一つ一つ処分するつもりだった。要するに、先に投資し、貴族たちを思いのまま動かしたあとに、最終的に取り潰すことで回収する。この点において、彼女の思考はミレーヌの戦略と全く同じであった。
こうしてセリアがなりふり構わぬ懐柔政策を行った結果、西域の貴族はほとんどセリアを信奉することとなった。
しかし、セリアはミレーヌではなかった。強欲な彼女の戦略は、合理主義者のミレーヌのそれと同じ道筋をたどっているように見えた。だが、ミレーヌが持ち、セリアが持っていないものがあった。
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