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第101話 美しい子供たち

 ミレーヌは自分の意に反した騎士を粛清したのち、その従者たちに、一時金の支払いと、希望するなら自由兵として雇用する旨を通知した。従者たちは、今後の生活が立ち行かないと不安に思っている最中に、この通知は、願ってもないことであった。生活の保障の目途がたったことから、ほとんどの者が特に不満もいわずに従い、大きな反乱は起きなかった。


 一方で、ミレーヌが発行した新銀貨はカッツー王国の西域で標準通貨として流通していた。王都中心の経済が活発な都市でも徐々に浸透していく中、王家や有力貴族が発行する銀貨の価値の下落は止まらない状況にある。


 こうした中、カッツー王国の西に領地を持つ銀貨を発行していたピザン侯爵家の当主ジャコ・ピザンという貴族がいた。

 彼は自家の発行した銀貨に異常な愛着を持っていた。その愛着あるピザン侯爵家の銀貨が最近価値が暴落していることに対して苛立ちを募らせていた。


「みろ、この美しい子供たちを。他の銀貨などにはない素晴らしいレリーフ。それがこの子たち一枚一枚に刻まれているのだぞ! 銀髪の女の銀貨に比べたら、私の可愛い子たちのほうが数段美しいということを、なぜ理解しようともしない」


 財政悪化について報告にきた家令に対して、ピザン侯爵は、自分の銀貨を大事そうに掲げて家令を責める。


「確かに我がピザン侯爵家の銀貨は、国内随一の美しさを誇っておりますが、国内の商人や庶民たちは、グラッセ公爵家の新しい銀貨ばかり使用しておりまして……」

「何故だ!」

「はい、我が家の銀貨に比べて、三倍近い銀の含有量があるようでして……」


 それを聞いたピザン侯爵は苦々しい表情をして家令を睨んだ。家令のおびえた顔を見ながら、彼はふとあることを思いついた。


「それなら、簡単だろ。子供たちの銀の含有量を銀髪の小娘の銀貨よりも多くすればいい話だ! なぜ気が付かない!」

「ですが、手持ちの銀もあまりございません。グラッセ公爵家討伐令以降、市場での銀の供給量は多くありませんし、闇市場で手に入れるにしても割高になってしまいますし……」


 家令の回答にイラつきを隠せないピザン侯爵であったが、彼は素晴らしい案をひらめいた。


「それならば、我が子たちを回収すればいいではないか。そして新しく美しい子供たちを生み出せばよいのだ」

「しかし、回収と言いましても、領民や商人がおとなしく応じるとは……」

「では、今ある銀でとりあえず新しい子供たちを生み出せ。 銀髪の小娘のところよりも銀の含有量を多くするのだぞ。そして、その新たな子供たちと古い子供たちを、強制的に交換しろ。銀の含有量と同じ比率で交換すれば文句あるまい」

「かしこまりました。新銀貨一枚と旧銀貨三枚を強制的に交換いたします」


 こうしてピザン侯爵家の新たな銀貨の鋳造が始まった。新たな銀貨を鋳造するには、その形や彫刻を決める必要がある。そこで、有名な彫刻家に依頼してレリーフを作成するも、ピザン侯爵は、そのレリーフの些細な点の修正を幾度も命じた。ようやくレリーフが完成し、そのデザインを元に新たなピザン侯爵家の銀貨が五千枚出来上がった。そして、旧来の銀貨との強制交換と旧来のピザン侯爵家の銀貨の流通を禁じる布告を発令した。


 ピザン侯爵は、銀の含有量を増やすというミレーヌの政策を模倣したが、彼の最大の失策は、自身の銀の保有量が圧倒的に足りなかったことであった。領内には十万枚程度の旧銀貨が流通し、それが経済活動を支えていたが、侯爵が発行できた新銀貨はわずか五千枚にすぎない。


 侯爵は、強制交換によって一万五千枚を回収したものの、市場を支える通貨の総量は、従来のわずか五パーセント程度にまで激減した。侯爵家配下の者たちは、回収した旧銀貨をすべて改鋳し、新銀貨の発行を急いだ。しかし、改鋳作業には当然時間がかかったことなどもあって、元の市場流通量(十万枚)の一割にも満たない量しか供給できなかった。


 こうして、流通に必要な通貨の総量は全く足りず、商取引や生活に必要な少額決済は機能不全に陥った。やむなく物々交換する姿が日常的となり、人々の不満は指数関数的に溜まっていった。


 さらに、旧銀貨を使っただけでも刑罰を加えるという侯爵の命もあいまって、領民たちは、生活の糧すら手に入らないという絶望から、怨嗟の声を上げる。しかし、侯爵は自分の審美眼こそが絶対だと信じ、領内の反発を抑え込めと厳命した。


 ピザン侯爵家の新銀貨発行から数週間後、領民は一斉蜂起し、侯爵の館を包囲した。館を取り囲む領民を見ながら、ピザン侯爵は苦々しくつぶやいた。


「奴らは、なぜ館を取り囲むのか。あんなに美しい子供たちを世に放ったのだぞ。感謝されて当然なのに。反乱など企ておって……。馬鹿な連中だとは思わないか」


 振り返ると、誰もいなかった。彼は、自室を出て、家令や家臣、メイドたちの名前を叫んだが、返事をする者は誰もいない。すでに彼らは主君を捨てて逃げていたのであった。


 暴徒と化した領民たちが館に雪崩こみ、ピザン侯爵を探す。とある部屋に領民たちが入ると、ピザン侯爵は、自分が愛する銀貨が入った袋を大事そうに抱えていた。そして、血走った領民たちに銀貨を取り出し、その美しさを説明しようとした時に、彼の人生は終りを迎えた。領民たちにとっては、彼が人生をささげた美しさなどどうでもいいことであった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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