第100話 実験
それから一週間後、公爵家領都の野外演習場に、新たに隷属した貴族の騎士たち三千二百名あまりが集められた。
名目は、公爵家の騎士団の統一行事ということであり、防衛や治安維持の観点から従者たちの参加は見送られた。
集まった騎士たちは、出自が異なり、集まると摩擦が生まれた。例えば、侯爵家の騎士は男爵家の騎士に対して横柄な態度を取るものがおり、男爵家の騎士たちは歯ぎしりをしながら我慢していた。
野外演習場の左右には大型のテントがそれぞれ四十貼ほど立ち並んでいた。それが何を意味するのか、集まった者は分からなかった。
すると、ダークグレーのジャケットの軍服を着こんだ銀髪の女性が、警護隊長のフィデールをはじめとする二十名程度の屈強な男たちを連れて、指揮台に立ち並んだ。集まった騎士たちは思った。彼女こそが、新しい主人、ミレーヌ・グラッセであることを。
ミレーヌは、ゆっくりと騎士たちを見渡した。三千を超える兵士の視線と、張り詰めた静寂が彼女に集中する。彼女は、その場を完全に支配したことを確認すると、冷たい声で宣言した。
「集まってもらったのは他でもない。今後のお前たちの職位に関することである」
騎士たちは銀髪の女性の次の言葉を待った。
「今までの出自や職位は全て忘れてもらう。皆同じであり、今後功があったものを新たに階級を授ける。階級は、将官、佐官、尉官、兵卒の四種類であり、それぞれ、大中少の三階級ある。つまり十二階級に分ける。お前たちはまずは少兵として私に仕えよ。もちろん、戦い以外に、訓練や軍務などで功があったものはすぐに昇進させ、給金も増額する。出自など関係なく、お前たちの働き次第で、最高位を手にすることもできる。以上である」
騎士たちの間でざわめきが起った。この中で、ベネディクトという騎士が声を上げた。彼はペロー侯爵配下の騎士団長である。
「ミレーヌ様にお伺いしたい。出自や職位を忘れるということは、今私は騎士団長ですが、その地位ではなくなるということか?」
ベネディクトは、声こそ敬語であったが、その瞳には屈辱と憤りが燃えていた。彼は、ミレーヌにこの不条理な決定を撤回させることを決意していた。彼の想いは、他の騎士団長クラスの者たちにも共鳴し、一様に不満の表情をミレーヌに向けていた。さらに、血筋を重んじる侯爵家や伯爵家の騎士からも、階級に関わらず、一斉に不満の声が上がった。
すると、ミレーヌは静かに手を上げて言った。
「お前たちの不満は十分理解できる。だからこそ、個別に話し合うこととしたい。今私が言ったことに対して、不満や意見があるものは、左手のテントに入り待機しろ。責任有るものがお前たちの意見を聞こう。不満が無いものはこの場にとどまるがよい」
すると、ベネディクトがまずテントに向かった。それに追随する騎士たちがテントに向かう。概ね千人あまりの騎士たちがそれぞれテントに入った。
「もうよいか?」
促すも、誰も動こうとしない。
(テントに向かったのは三割程度。二割程度かと思ったけど意外と多い。残りの三割は私の目を見つめているけど、四割は不安そうに周りを見てる。まあ、本当に必要なのは全体の三割ってところかしら)
「残ったものは後方に下がって集合せよ。そう、あそこで手を上げている者たちのところに集まるように」
騎士たちが後方を振り返ると、見るからに傭兵のいで立ちと思われる男たちが手を上げてこちらに来るように手招きしていた。
騎士たちが後方に移ったのを確認して、ミレーヌは手を上げる。すると、右手のテントから、銃をもった軽装の騎士たちが次々と現れ、整列する。
振り上げた手をミレーヌが下すと同時に、騎士たちは、左手のテントに向けて一斉射撃を開始した。密集したテントの布地が、瞬く間に無数の銃弾に引き裂かれる。凄まじい轟音と、布を突き破る甲高い金属音が響き渡り、テントの表面には、内側から噴き出す鮮血の影が、無数のシミとなって広がった。その光景は、地獄絵図そのものであり、悲鳴は数度の斉射で途絶えた。
ミレーヌは、残った騎士たちに視線を向けた。後方に控えた二千二百名あまりの騎士たちは、呆然としてその光景を見つめていた。その姿は、彼らの過去の身分や誇りが完全に否定され、自分が描く改革に意を反した者の末路であることを悟っているに違いないと彼女は、確信した。
幾度目かの斉射のあと、血の匂いが立ち込める中、人の気配が消えた鮮血のテントを見たミレーヌは、満足げに口元を吊り上げた。彼女は、静かに右手を上げ、銃撃を止めた。
銃声が止み、時が止まったような静寂が訪れる。ミレーヌは、その沈黙の中、生き残った騎士たちに向かって話しかけた。
「私のやり方に異を唱えるものは他にいるか!」
呆然とその光景を見ていた騎士たちは、ミレーヌの声に我に返る。一人が跪いて騎士の誓いをすると、他の騎士も相次いで同じ所作をした。こうして残ったもの全てがミレーヌに対して騎士の誓いをする。
その姿を見た銀髪の公爵家摂政は、口元を吊り上げた。こうしてミレーヌは新たな戦力を得た。多くの血を流して。
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