39 再会
その後、アーネストに関しては冒険者ギルドエーギル支部からの正式書面の到着を待って、冒険者ギルド本部および近隣の支部に注意喚起の情報が回されることになった。
知識のない田舎者が買い叩きに遭ったことはこの国の文化に基づくと『仕方ない』で済ませるしかないが、冒険者が間違った風評を流されるのはギルドとして看過できない──そんな判断だ。
冒険者ギルドはこの国だけの組織ではない。
そして何より、ハンスは──本人にまるで自覚はないが──近隣のギルド支部職員の間で、かなり評価が高い冒険者である。
端的に言えば、『真っ当な冒険者への誹謗中傷はギルドを敵に回すと思え』。そんな警告を発するために、アーネストはいいカモになったわけだ。
さらに商人側の対応として、ナターシャがユグドラの街の商人組合に訴えることになった。
商人組合は文字通り商人が所属する互助組織で、冒険者ギルドのような世界的な組織ではなく、各街の中で完結している。その分、街の中での影響力は非常に大きい。
同業者からの訴えがあると、組合の幹部が内容を精査して審議に掛け、対象の処分内容を決定する。幹部の身内は重い処分が下りにくいという難点はあるが、審議に掛けられた時点で商人としては大きな汚点になる。
アーネストの買い叩きは違法ではないが、取引の時に通常発行されるはずの書面、つまり証拠を残さないという点も含め、非常に悪質だ。
それを繰り返していたのだから、当然アーネスト側では事態が露見しないよう、小細工が──具体的には、取引記録の書類の偽造が行われているだろう。ナターシャはそう踏んだ。
ナターシャには『鑑定魔法』という裏技がある。そして、ナターシャ自身が商人組合の幹部でもある。
書類の真偽は鑑定魔法で見破ることが出来るし、既に一度問題を起こして爪弾きになっているアーネストに対しては他の幹部の目も厳しく、アーネストの実家も表立っては庇いにくい。
さらに、取引書類の『未発行』は合法でも、書類や帳簿の『偽造』は違法である。勝算は十分にあった。
加えて──あまり大声では言えないが──ナターシャはアーネストの実家であるブラウン商会のことが嫌いである。
その昔、新進気鋭の商会長であるナターシャを商会ごと取り込むため、アーネストの父親がアーネストとの見合いを勧めて来たことがあるのだ。
ただし、その誘い文句は『女ごときが他の商会と渡り合えるわけがない。悪いことは言わないからさっさとウチの嫁になり、息子の手助けをしろ』である。
アーネストもアーネストで、普段から『女は男に従っていればいい』と真顔で語っていた。
下積みに地道な売り込み、失敗と成功を山ほど積み上げて自分の商会を築き上げたナターシャがどう思ったかは察するに余りある。
結果、見合いをする前に交渉は破談。ナターシャたちの商会とブラウン商会は表向きこそ対立していないが、直接の商取引を一切行わなくなった。
その後アーネストが別の商会とトラブルを起こし、ナターシャは『万に一つも可能性は無かったが、あの誘いに乗らなくて本当に正解だった』と当時の自分を褒め称えた。
そのアーネストが、よりによってハンスの故郷で真っ当とは言えない取引を繰り返し、ことが露見したらハンスを陥れようと冒険者ギルドに虚偽の苦情を入れる──一連の行動は、ナターシャの逆鱗に触れるのに十分だったのだ。
ユグドラ支部での話し合いの翌日、ハンスは改めて街に繰り出した。
《なーなーなー、どこ行くんだ?》
肩の上にはモクレンが乗っている。
宿から出る時ハンスは『降りろ』と再三言ったのだが、モクレンは当然という顔で肩の上に居座り、降ろそうとすると思い切り爪を立てて抵抗したため、最終的にはハンスの方が折れた。
ケットシーを前に、人は無力である。
「とりあえず、食料品店だな…」
《おっ、肉買おうぜ肉!》
「買うのは肉じゃなくて調味料だ」
スージーから預かった買い物メモには、『塩、砂糖、水の魔石、火の魔石』と書かれている。
下エーギル村は内陸にあり、付近に岩塩が産出するような場所もない。一方で、保存食作りに塩は欠かせない。下エーギル村の人々が街に行く最大の目的は、塩である。
砂糖は、下エーギル村でも砂糖大根を栽培しているので、ある程度自給は出来ている。今回買うのは晩秋の果物を酒に漬け込む時に使う、氷砂糖だ。
水の魔石と火の魔石は給水装置と温水装置に使う消耗品。
使い切った魔石を持って行けば同数の新しい魔石を割引価格で買えるため、ハンスの圧縮バッグの中には今、空になった魔石が詰め込まれている。自宅で使った分と、下エーギル村の家々から集められた分である。
(完全に『おつかい』だな…)
ハンスが使うものでもあるし、ついでに買い付けるのはやぶさかではないが。
…などと思いながら、慣れ親しんだ道を歩いていると──
「ハンスさんっ!!」
《にょっ!?》
「いでっ!?」
背後から飛び付かれて、ハンスは思わず悲鳴を上げた。
何が痛いって、肩にめり込むモクレンの爪が痛い。ハンスは若干涙目になりながら振り向く。
「…リン、お前なあ…。いきなり抱きつくなよ」
「えっ? …あっ!」
背後からハンスに思い切り抱きついていた水色の髪の女性──ハンスの後輩、冒険者のリンが、はっと我に返って飛び退る。
「え、えっと、今のは違うんです! 違いますからね!?」
顔を真っ赤にして狼狽えるリンに、ハンスは首を傾げながら応じた。
「あー、うん…? 分かった、落ち着け」
誰がどう見ても分かってはいない。
モクレンが白々とした目でハンスを見下ろす。
《…なるほど、朴念仁か》
「おい今なんつった?」
《べっつにー》
尻尾をハンスの肩にパタンと打ち付けて、モクレンはそっぽを向いた。
ジト目になるハンスを、リンが驚きの表情で見上げる。
「…ハンスさんがケットシー連れてる…」
「いや、連れてるんじゃなくて勝手について来ただけだけどな」
「……これはこれで、アリ…!」
「オイ」
リンがグッと拳を握る。ハンスの言葉が全く耳に入っていない。
そもそも抱きつく前にケットシーが居ることに気付けという話だが、リンは一つのことに集中すると周りが見えなくなるタイプだった。興味を惹かれるものを前にすると特に。
キラキラした目を向けられて、モクレンがニヤリと笑った。
《ふふん、俺サマの魅力には勝てないだろ?》
「あーはいはい」
ハンスは極めてぞんざいに相槌を打ち、隙だらけのモクレンの首根っこを掴んでリンの前に差し出した。
「ほれ」
「えっ」
リンが反射的にモクレンを受け取る。ポスンとリンの腕に収まったモクレンが、不満そうにハンスを見上げた。
《なんだよ、勝手に降ろすなよ》
「勝手に乗ってたやつがなに文句言ってんだ」
《偉そうに闊歩してるやつらを見下ろすのが醍醐味だってのに》
前脚をくるんと丸めてそれはそれは可愛らしいポーズを取りながら、放つ台詞は不遜そのもの。リンは目を瞬いてモクレンを見下ろした。
「…なんか、私の知ってるケットシーと違う…」
《そりゃケットシーの『よそ行き』の顔だな。一皮剥けば、みーんなこんなもんだぜ?》
「え、そうなの?」
《おう》
「騙されるなリン。どう考えても口から出任せだし、ここまでちゃらんぽらんなケットシーはオレも見たことないぞ」
素直に信じそうになるリンに、ハンスは頭痛を堪える表情で待ったをかける。
モクレンがそれはそれは誇らしげに胸を張った。
《はっはー、『ちゃらんぽらん』は褒め言葉だな!》
「お前ちょっと黙れ」
何をどう解釈したら褒め言葉になるのか、ハンスには分からない。まあ大抵の人間には理解できないだろう。
ケットシーにとっては、『あらゆることを受け入れて、決して深刻にならない』ことこそが『強さ』なのだ。
その意味で、モクレンは間違いなく『最強』の一角と言える。




